淡色の空

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

web拍手←管理人の心の栄養剤。気軽にどうぞ
PageTop

バレンタインSSまとめ【第一弾】

先日、公開いたしました、バレンタインSSのまとめになります。
今回は第一弾の方々のまとめになりますので、
携帯で見れなかった方、拍手を押すのに疲れた方はこちらをどうぞ!


【目次】
ナズーリン

アリス
ルナチャイルド
???(シークレット1:てゐ)








【ナズーリン】

「……ん?」

如月も半ばを過ぎようとしていた時分、霖之助は久しぶりに霧雨邸を訪れていた。
何の事はない、霧雨の旦那から遣いを出され、呼ばれたのだ。
普段からそう頻繁に顔を出しているわけでもなく、かつての恩師に呼ばれたのなら、霖之助としても断るのは吝かではない。
故に、外の道具である『携帯カイロ』という携帯暖房を使い、寒さに対する万全の装備をして、人里まで足を向けたのだ。
そしてその目的地である、人里で最も大きな道具屋は、もう既に目と鼻の先にその看板を出している。
――霖之助がふと足を止め、何かに気付いたように声を上げたのは、他でもない。
その道具屋の軒先に、見知った後姿を認めたからだ。

「……あれは、ナズーリンか?」

後ろからでも分かる、籠を持った鼠の尾と耳、そして灰色の衣服を纏った、小さな後姿。
そんな特徴的な容姿をしている輩は、この幻想郷でもそうはいない。
まして霖之助の記憶の中で、そのような特徴に該当する人物は、ナズーリン一人しか今のところはいない。
そのナズーリンが、何の用があってか、店先で霧雨の奥方と何やら話し込んでいるようだった。

「……?」

物珍しさに、霖之助は暫し後ろからその様子を眺めていた。
――少し遠巻きで詳細は不明だが、奥方が紙のようなものを手に取りながら、ナズーリンに何かを教えているように、霖之助には見えた。
言葉は悪いが、奥方は既に老齢に差し掛かっていることに加え、ナズーリンが子供のように見えるせいで、まるで稚児と祖母のような微笑ましい光景だが、無論年齢を考えれば全く逆ではある。
あくまで見た目の話だが、それが何故か実によく似合って見える。
まぁ、本人の前で言ったら怒るのは目に見えているので、決して言うことはないだろうが。

「……意外だな」

霖之助がそう呟いたのは、二通りの意味でだ。
一つは、ナズーリンが霧雨道具店と繋がりがあったことである。
とは言え、命蓮寺は寺の主の思想上、人里とも交流がある方なので、余りにも不自然かと言えばそうでもない。
寧ろ、人里で一番大きな道具屋である霧雨と繋がりがない方が不自然と考えるのが妥当だろう。
そしてもう一つが、永い時を生きてきたナズーリンが、人間である霧雨の奥方に教えを受けていることだ。
あのナズーリンが誰かに物を教わっている時点で、まず珍しい。
その内容は、実に霖之助の好奇心を煽るものではあった。

「……」

好奇心に誘われて、霖之助は様子を窺うために止めていた足の動きを再び進める。
ナズーリンは、ニコニコと微笑んでいる奥方の目の前で、熱心に何かを貼り付けるような仕草をしている。
それに夢中だったのか、ナズーリンは霖之助の接近には全く気付いていないようであった。
――とりあえず、霖之助は軒先の暖簾を潜りながら、やんわりと奥方へと声をかけた。

「こんにちは。お久しぶりです、奥方」
「っ!!?」
「あら、霖之助さん。いらっしゃい、お久しぶりですね」

特に驚くでもなく、霖之助の記憶の中と同じように、にこやかに微笑む奥方と。
まるで捕食動物に狙われている事にたった今気付いたかのように、背筋と尻尾を見事に硬直させ、瞬時に振り向いたナズーリンの表情が、いやに対極的であった。

「や、やぁ、霖之助君じゃあないか。奇遇だね、君も人里に足を運ぶことがあるんだな」

ナズーリンにしては珍しくどもりながら、素早くポケットに今まで弄っていた何かをねじ込んだ。
――そんな動作は、明らかに何かを隠していますと、自分から宣言しているようなものである。
だがそれには触れず、霖之助はいつもと変わらずにナズーリンへ言葉を返す。

「ああ、ここは僕が奉公していた店だからね。奥方とも親父さんとも、懇意にさせてもらってるんだ。寧ろ君こそ珍しいじゃないか。少し様子を見させてもらったんだが、奥方に何か教わっていたのかい?」
「……ふん。覗き見とは感心しないな。別に、私だって誰かに教わることくらいあるさ」
「それ自体が君としては珍しいと思うんだがね。……まぁ、僕としても別に深く詮索はしないさ。君には君の考えがあるんだろう。それに、僕に隠すようなものなら尚更だろうからね。関係ないことまで聞くつもりはないさ」
「む……」

特に何かを思うわけでもなく、霖之助は淡々と告げる。
だが、ナズーリンは寧ろ、それにどこか不満そうに目を細めた。
――まるで、淡々と言い切られたことが不満だとでも言いたげに。

「……ほら」
「ん? ……これは?」

不意に、霖之助はナズーリンから、ついさっきポケットに捻じ込んでいた箱のような包みを押し付けられた。
赤い包装紙で包まれ、その表面に、少しばかり歪ではあるが赤いチューリップの折り紙が貼られている。
名前は、『バレンタインのチョコレート』であると、霖之助には見えた。
加えて、箱に貼り付けられた折り紙の痕跡が真新しい。
どうやらナズーリンが何かを貼り付けているように見えた仕草は、この箱に折り紙の花を貼り付けていたようである。

「君にやる。有り難く受け取りたまえ」
「ああ、そう言えば今日はそんな日だったか。君に貰えるのは少々意外だったが……とりあえず礼を言うよ」
「……ふん。君はいちいち一言余計だよ。それじゃあね、霖之助君。霧雨の奥方」

霖之助の言葉に鼻を鳴らし、足早にナズーリンは霧雨道具店を後にしていく。
霖之助や奥方を一瞥すらせず、ただ真っ直ぐに、である。

――随分と機嫌が悪いようだな。さすがに間が悪かったか?

後ろでこっそりと様子を窺っていたことが、それほど気に食わなかったのだろうか。
霖之助は首を傾げるが、かと言って何をしていたかは全く見えなかったのも事実だ。
この箱にチューリップの折り紙を貼り付けていたようだ、というのも、突き詰めれば霖之助の推測でしかない。
だがナズーリンからしてみれば、霖之助の言っていることがどこまで本当か分からないのも事実だ。
あの反応を見るに、ナズーリンは一部始終を見られていたのだと、そう霖之助は解釈する。

――断りもなく見られて怒ったのなら、少しばかり弁解した方がよかったかもしれないな。

そう考えながら視線を店内へ戻すと、何故かいつもよりもにこにこと微笑んでいる霧雨の奥方と目が合った。

「……妙にいつもより機嫌が良さそうですね、奥方」
「そうかしら? そんなつもりはないですけど……もしそう見えたとしても、別に深い意味はありませんよ」
「……そういうことにしておきましょう。奥方がそう言う時は、どんなに聞いても暖簾に腕押しですからね」

諦めたように、霖之助は溜息を吐く。いや、実際諦めているのだが。
人間の女性は年を重ねるにつれて、肝心な部分だけは異様に隠すのが上手くなっていくものである。
その割に表情には薄っすらと片鱗を出してくるから、なお性質が悪い。
変に考えてこじらせるくらいなら、考えない方が楽ではある。
考察を以って知識を昇華させる、というスタンスを取ってはいる霖之助だが、それも時と場合によるものだ。
――そんな霖之助の思考を感じ取ったのかは分からないが、奥方は悪戯っぽく笑いながら、人差し指を立てて口の前へと置く。
所謂、『内緒』のポーズだ。

「あなたは昔から考えるのが好きでしたからね。少しくらい謎を残しておいた方が、気付いた時にたくさん喜べるというのも分かるでしょう? それは、あの鼠の子も一緒なんですよ。――あの子が渡した、小さな謎かけ。考えてあげて下さいね」
「……深い意味はなかったんじゃないんですか?」
「あら、そうでした。最近、忘れっぽくて」

にこにこと笑う奥方に、毒気を抜かれたかのように霖之助も笑う。
――ナズーリンが霖之助へと残したなぞなぞとは、何か。
押し付けるように渡された、赤い箱を眺めながら、それを探すのも悪くないか、と霖之助は思う。
見方によれば、あの賢将であるナズーリンから挑戦状を渡されたようなものなのだ。
奥方からの後押しもある。受けて立ってみるのも、たまにはいいかもしれない。

――かさり、と、箱に貼り付けられた赤いチューリップが、自らの存在を示すように、揺れた。








【星】

「こんにちは店主さん!」

ばぁん、と、まるで親の仇の家に仇討ちに来たかのように、星は勢いよく店のドアを開いた。
ドアの上の方では、カウベルが悲鳴のような高い音を連発している。
――とりあえず、ドアもベルも壊れることはなかったので、霖之助は溜息一つを吐きながら、その様子を流し見た。

「……赤穂の討ち入りなら、もう日が過ぎてるよ。何より、僕は毘沙門天を手にかけるほどの力量なんかないさ」
「え? ど、どうしていきなりそんな話になるんですか?」
「いや、まるで仇の家に来たような勢いだったからね。言ってみただけさ」
「あ、仇!? そ、その、私、そんなつもりじゃ……」

これが魔理沙や霊夢だったなら、勢いそのままに『そんな事より』とカウンターに詰め寄ってくるのだろうが、星は真面目に霖之助の言葉を受け取ったばかりか、当初の勢いが完全に消失し、申し訳なさそうに肩身を狭くしてしまった。
如何にも真面目な星らしい仕草だな、と、相好を崩しながら霖之助は思う。
馬鹿正直なのは宜しくないが、何を言っても正直さや素直は美徳なのだ。
――とにかく、香霖堂にとって数少ない上客をからかって機嫌を悪くされても、困るのは霖之助の方である。
星の反応は面白いが、この辺にしておくべきだろう。

「冗談だよ。君の勢いが良かったから言ってみただけさ。気にすることはないよ」
「……冗談だったんですか? はぁ……あんまり心臓に悪いことを言わないで下さい……」
「それは済まなかったね。……それで、今日はあんな勢いで、どういった御用かな?」
「え、ええ。その、今日はこれを店主さんに渡しに……」

おずおず、といった様子で星は可愛らしいリボンで包装された箱を差し出した。
そこでようやく、霖之助は今日がどういった日であるかを思い出した。
如月の十四日――道理で、数日前から店に来ていた霊夢や魔理沙が落ち着かないそぶりだったのだと、合点がいった。

「ああ、今日はバレンタインか。わざわざありがとう、星君」
「い、いえ。店主さんには普段からお世話になっていますから。……その、色々と」

一般には取り留めのない挨拶に使われるはずの言葉だが、星が言うとどうしてか実感を持って頷きたくなる言葉に聞こえてしまう。
まぁ、本人の名誉のために、その点について霖之助は目を瞑ることにした。
誰しも欠点はあるし、あった方が完璧であるよりも随分と親しみやすく感じるものである。
それは決して悪いことではない。
寧ろ、その人なりの性格ですらあるのだ。
――大事なところでさえ出なければ、ではあるが。

「……む。店主さん、何か失礼なことを考えてますね。顔に出てますよ」
「さて、何の事かな。……それより、早速だが開けてもいいかい?」
「あ、はい。どうぞ」

星が頷いたのを見て、霖之助は包装紙へと手をかける。
丁寧にかけられたリボンや包装紙を取っていき、箱を開ける。
――中には、綺麗なハート型をし、表面に『店主さんへ』と書かれたチョコレートが収まっていた。
明らかに霖之助個人に向けて作られたものであったので、買ったものを持ってきたわけではないことは一目瞭然だった。

「ほう。もしかして、このチョコレートは星君が作ったのかい?」
「は、はい。天狗に材料を譲ってもらって、山の巫女に教わりながら作ってみたんです。……その、不恰好でしたか?」
「いや、見事だと正直に思うよ。チョコレートは湯煎にかける際に綺麗に溶かすのが意外と難しいし、冷やし方が上手くいかないと白い色が付くからね。ブルーミング現象と言うらしいが、一見しただけでそれがないことが分かる。十分に誇っていい出来だと思うが」
「そ、そうでしたか。良かったです」

ほ、と星は安堵の溜息を吐く。
その様子を眺めながら、チョコレートを手に取ろうとして――ふと、霖之助は思った。

「……そう言えば、星君。君はチョコレートを食べても平気なのかい?」
「はい?」
「以前、外の書物だったと思うが、チョコレートは人間以外の動物には有毒だという記述を見た事があってね。特に酷いのが犬らしいんだが、猫にも量によっては被害が出るらしい。星君は元は虎の妖怪だから、影響がありそうだと思ってね。……君のことだ。しっかり味見をしながら作ったんだろう?」
「え、ええ。……ああ、だからちょっとだけ、作ってる間は気分が優れなかったんですね。てっきり気のせいだとばかり……」
「……どうやら、知らなかったというのだけは本当のようだね」

さらりと星は言い放つが、量によっては比喩ではなく、本当に毒を飲んでいるようなものである。
妖怪であり、身体への損傷は簡単に治癒するとは言え、決して負担にならないはずがないのだが、妖怪の意識というのはそんなものなのだろう。
いずれにせよ、余り無理をされても、寧ろ貰う側としては困りものであるのに違いはない。

「……まぁ、その程度で済んだのなら、今更僕があれこれ言うべきではないのかもしれないがね。だが、いくら死にはしないとは言え、仮に無理をして倒れでもしたらどうするんだい? 迷惑とまでは言わないが、僕としても余り気持ちいいことではないね」
「う。……そう、ですよね。すみません」

しゅん、と、まるで叱られた猫のように星は項垂れる。
もし星に虎耳が生えていたとしたら、まるで叱られた猫のように、ぺたりと寝てしまっているのが見えたことだろう。
あくまで霖之助は星の身を案じたが故に注意したため、別に罪悪感を覚える必要はないのだが、やはりどこか苦笑を浮かべてしまうような所作ではある。
だが、反省してくれる分、まだマシなのかもしれない。経験は、次に活かすためにあるのだから。

「……でも、ですね」

――ふと、落ち込んだように俯いていた星が、ゆるゆるとその視線を上げた。
だが、そんな弱々しい動きとは真逆に、その目線は決して揺らいだものではなく。
むしろ、どこか確固たる決意があるような、意志の宿った目をしていた。

「……やっぱり、味見をしないで店主さんに渡すわけにはいかなかったんです。それだけは、理解してください」

揺れることのない、芯の通った声だった。
まるで、それだけは分かっていて欲しいとでも言いたげな、ある種懇願にも似たような言葉を、星は紡ぐ。
――そんな星の言葉に、霖之助はいつも通りの溜息を吐いた。
決して呆れたわけではない。
呆れたわけではないが――星が懇願するように言葉を紡いだように、霖之助も、別に勘違いして欲しくて注意したわけではないのだ。

「……星君は、何か勘違いしているな」
「え? ……な、何を、ですか?」
「僕が言いたいのは、『自身を犠牲にしてまで親切をされても困る』ということだよ。商人だから、そういった大きすぎる親切には特に用心しているだけさ。……だが、きちんと確認や吟味をしていないものを渡せなかったという気持ちは、僕にも理解出来る。こういう『バレンタインのチョコレート』のようなものなら尚更だ。だから、その気持ちについて文句を言うつもりは毛頭ないよ。あくまで方法が悪かった、ということだけさ」
「……そう、ですか」

方法が悪かった、と霖之助は言う。
確かにそうかもしれない、とは、星も思う。
元獣であるのがいけないのなら、聖でも一輪でも、味見をしてくれそうな誰かなら他にいたのだ。
単純に考えるなら、出来る人に頼めばよかったのは明白である。
しかし、それでも、だ。

「……でも、全部、自分だけで作りたかったんですよ……」

ぽつりと呟かれた、誰の耳にも届かないような小さな小さな言葉が、全てだった。
――せっかくあげるのだから、全て自分の力で作成したいと、そう思ったのだ。
星だけでなく、もし星と同じような女性だったなら、きっと同じような行動をとったことだろう。
だって、その贈り物は。

「――まぁ、こういう『用途』の贈り物だったなら、多少無理するのも仕方ないかとは、理解は出来るがね」
「へ? ……あ」

そう言った霖之助の表情は、どこか困ったような、でも決して迷惑がってはいないような、そんなものだった。
その言葉と、そして霖之助の表情を見て、星はあることを思い出し、間の抜けたような声を上げた。
同時に、その頬が瞬時に紅へと染まる。
――普段は余り目立たないが、霖之助はこういう時に異様に便利な能力を持っていたのだ。
道具の持つ名前と、そして、その道具の『名前』を口にすることにより、道具の持つ『用途』を知ることが出来る能力を。
そして、星が渡した『バレンタインのチョコレート』の用途は――。







【アリス】

からん、と、随分と聞いていないような気がする軽い音が、霖之助に来客を告げた。
その静かなドアの開け方と、開けてもなお喧しくない様子に『客』と判断した霖之助は、今まで目を落としていた本から香霖堂唯一の出入り口へと目を向けた。
――そこにいたのは、霖之助の期待したとおり、この香霖堂の数少ない来客の中でも上位に位置する人形使いだった。

「ああ、君か、アリス。いらっしゃい」
「ええ、こんにちは」

外は霖之助の知らぬうちに雪がちらついていたのだろう、羽織っていたコートについた雪を出入り口で払いながら、アリスはそう挨拶を返した。
ドアは静かに開ける。店の中で無闇に騒がない。店の中を散らかさない。
その動作の殆どが、この店にやってくる客でない常連に教え込みたいくらいの所作である。
客を迎える側である店主も、気持ちよく迎えることが出来るというものだろう。

「おや、外は雪だったのかい?」
「そうね。でもちょっとちらついてるくらいだから、そんなに酷いわけではないわ」
「そうか。……まぁ、そんな中来てくれた上客に、何もしないのは流石の僕も気分が悪いな。何か温かいものでも淹れよう」
「あら、霖之助さんにしては珍しい心がけね。いつもそんな感じだと、きっとお店も流行ると思うのだけれど」
「僕はいつも誠心誠意、お客を迎える心積もりではいるさ。客でない連中が多いだけだ」
「ふふ。まぁ、そういう事にしておくわ」

いつも通りのやり取りを交わしながら、霖之助はストーブに載せていた薬缶をどかし、小さな手鍋にミルクを入れ、ストーブに載せた。
ミルクは沸騰させると一気に風味が落ちるため、鍋の様子に気をつけながら、他の材料をカウンターから持ち出す。
用いる『他の材料』とは、チョコレートと砂糖である。
ストーブに載せたミルクが温まってきたら、チョコレートを削りながら適量加え、更に甘味として砂糖を加えれば、完成である。

「ほら、ホットチョコレートだ。君なら緑茶よりもこちらの方が口に合うだろう?」
「……まぁ、そうね。割と好きよ」

ことり、と、カウンターの前に座るアリスに湯気の立つカップを置く。
――だが、『好き』だと言った割に、アリスはカップに口をつけようとしない。
どういうわけか、じっとそのカップに目を落としている。

「……? どうしたんだい、アリス。冷めるだろうに」
「え、ええ。……ねぇ、霖之助さん。つかぬ事を聞くんだけど、どうしてこれを出したの?」

『これ』とは、間違いなく今、アリスの手元にあるホットチョコのことを言っているのだろう。
確かに普段、霖之助は飲むのは緑茶で、アリスやレミリアと言った洋風を好む相手に出すのは紅茶だ。
奇を衒ったわけではないが、確かに少々驚くのは納得するところである。

「いや、特にこれといった意図はないんだ。先日、文がうちに来てね。バレンタインという行事を広めるために、僕の店でチョコレートを扱ってくれないかと相談されたんだ。まあ、僕としてもそれほど損はなかったから引き受けたんだが……」
「……そういうこと」

霖之助の言葉は最後まで綴られることはなかったが、それだけでアリスは大体を察した。

――引き受けたのはいいけど、実際お客さんは多くなかった、ってところかしら。

ゆっくりとホットチョコを含みながら、アリスはそう思う。
こうしてチョコレートを消費しているところを見ると、きっと大きくは外れていないことだろう。
だが、二月の十四日の今日という日を考えれば、今のこの状況はまるっきり逆だと思うのが自然だろう。
何だか機先を制されたようで、少しだけ、アリスはやりづらかった。
――しかし、そんな事を露ほども感知していない霖之助は、いつも通りに話を切り出した。

「……さて。一息ついたところで本題に入ろうか。今日はどういった用だったんだい? 天気が崩れそうな中来たところを見ると、もしかして急ぎの用件なんじゃないのかい?」
「え? ……いえ、別に急ぎと言うわけではないのだけれど……」

僅かに目を逸らしながら、アリスは呟く。
――そう、別に急ぎの用事ではない。
今日という一日の間に済ませればいい、それだけの用件だ。
それが『今』だっただけで、雪が降ってきたのも、アリスが店に来た時に言ったように家を出てからだ。
それはただの偶然で、アリスの意志など微塵も介在はしない。
なのに、どうしてそんなにハードルを上げるようなことを、目の前の男は口にするのだろうか。

――このホットチョコといい、今の物言いといい、わざとやってるのかしら……?

少しばかり首を傾げたくなったアリスだが、時間が経てば経つほど分が悪くなるのは自分の方である。
踏ん切りがつかなくなる前に、と、アリスはコートのポケットから白い箱を取り出した。
この香霖堂に果たしに来た、用件の鍵となる箱を。

「はい、これ。もう霖之助さんは見慣れたものになってるかもしれないけど、ご近所さんだし、ね」
「ん? ……はは、なるほどね。確かにある意味、見慣れたものになったものだね」

箱を受け取った瞬間に、霖之助はその箱が如何なるものかを理解した。
――アリスの言葉通り、確かに見慣れたものではある。
そのままでは誤解を招く可能性があるので、補足するならば『売り物として』、とつけた方がいいかもしれないが。

「……見慣れてはしまったが、今日という日にこうして贈られたなら、素直に礼を言うのが筋か。ありがとう、アリス」
「えぇ、どういたしまして。……でも、チョコをあげるはずだった相手から、あげる前にこうしてチョコを貰うなんて思ってもみなかったから、何だか変な感じだったわ」

少しばかり意地悪く、アリスは霖之助を睨んだ。
そんなアリスの言外の抗議に、霖之助は苦笑を浮かべながら肩を竦めた。

「確かに、そう言えばそうだったな。……しかし、外の世界では一時期、男性から女性へチョコを送ることがあったそうだ。それ自体は根付いていないらしいが、そういう前例がある以上、違和感はあれどおかしい事でもないはずさ」
「へえ、そんなものもあったのね。……でも、まぁ、悪くはないと思うわ」

こくり、ともう一口カップを傾けて、アリスは思う。
口の中に広がる独特の苦味と、まろやかで上品な甘さが混ざるこれは、確かに貰って悪いものではない。
それが『今日』という日に差し出されたものなら、尚更だろう。
今日以外にこれを貰っても何の意味もないが、今日という日なら、そこには実に多くの意味が含まれるからだ。
親愛、友情、愛情――程度や深さの差異はあれ、決して嫌いな相手には贈らない意味ばかりだ。
尤も、当の本人はそういうことなど全く意識してはいないのだろうが。

「……でも、女性から贈るチョコには本命とか義理とかあるけど、男性から贈るチョコにはそういう区別ってあるのかしら?」
「さてね。しかし、本来なら女性が贈るものとされている日に贈るチョコだ。ある意味、付き合いで渡す女性より覚悟が必要だとは思うがね」
「あら。それじゃあ霖之助さんも、ちょっとは覚悟して渡してくれたと期待してもいいのかしら?」
「……まぁ、君のご想像に任せるよ」

ぎしり、と椅子に背を預け、霖之助はいつものように静かに言葉を吐いた。
それをちらり、とカップ越しに眺めて――アリスは、呟いた。

「……そ。じゃあ、私が霖之助さんにあげたチョコと同じ、と思っておくわ」
「ああ、それで構わないさ」
「……ふふ」

事も無げに返した霖之助に、アリスは満足げに微笑んだ。
――きっと、アリスが『ご近所さんだから』と口にした事を踏まえて、霖之助はそのような事を言ったのだろう。
その言葉を考えれば、確かにアリスの贈ったチョコが『近所付き合いの延長線上』にあるものだと判断するのも無理はない。
それ自体は、理論肌である霖之助ならば無理からぬ思考だった。
――だが、霖之助は確かにアリスの言葉に了承したのだ。
軽率、といっても過言ではなかっただろう。
ここには霖之助とアリスしかいないが、十分な証拠になるようなことを言ってしまったのだから。

――霖之助が箱を開け、中身を見て、珍しく『しまった』というような表情を浮かべる、ほんの数分前の出来事だった。







【ルナチャイルド】

「――」

本来は開閉するたびに来客を告げるはずのカウベルが、今はその役割を果たさずにドアが開かれた。
少しずつ少しずつ開いていく扉。
その隙間がある程度開くと、ひょこり、と金髪の頭がその隙間から現れた。
この幻想郷に金髪の少女は多くいるが、そこに『縦ロールの髪型』という条件が加われば、恐らくこのルナチャイルドを除いて他にはそうそういないだろう。

「――」

きょろきょろ、と、まるで泥棒を思わせるような所作で、ルナチャイルドは店内を注意深く見渡す。
――いつもはまるで置物のようにカウンターに座っている店主の姿が、今はない。
それは既に窓から確認済みである。
今確かめているのは、店内の何処にも店主の姿がないことだ。
出来れば見つかりたくないからこそ、ルナチャイルドはこうして音を消し、その上で用心深く店内を目で探っていた。

「――」

そして、店のどこにも人の姿がないことを再三確認し、ルナチャイルドは頭だけだった店内への侵入を、漸く全身で行った。
音は能力で消したままなので、ドアを閉めてもカウベルの音どころか、軋む音一つしない。
泥棒だったら完璧なまでの侵入を、ルナチャイルドは完遂していた。

「――」

あくまで用心を忘れず、カウンターまで歩み寄る。
――本来なら、常時気難しい事を考えているような顔をした店主が、ここにはいる。
主のいないカウンターは物も言わないが、それで結構、とでも言うかのように、ルナチャイルドはカウンターへ白い箱を置いた。
やや細長い直方体をした、白い包装紙と小さなリボンで飾り付けられた箱である。
ルナチャイルドの侵入は、これのために行われたものであった。

「――」

これで、ルナチャイルドの達成しようとしていた任務は完璧に遂行された。。
後は音を立てないよう、一目散に駆け抜けるだけである。
音を消す能力を持つルナチャイルドからすれば、欠伸が出るくらい簡単なことだ。
振り向きざま、店の入り口へと駆け抜けようとして――。

「――きゃっ」

ぽすん、と、いつの間にかルナチャイルドの後ろに聳え立っていた『青い』壁に、正面から突っ込んだ。
突っ込んだ際に驚いたせいで消音能力が解除され、小さな声が漏れた。
――ルナチャイルドがぶつかったのは、壁と言うよりは柱のような障害物だったので、それに咄嗟に抱きついたお陰で、尻餅をつくようなことはなかったのが幸いであった。
香霖堂の床はどちらかと言えば埃で汚れているので、白い服を着たルナチャイルドが尻餅をつけば、浅黒く汚れるのは必至だ。
それにほっと安堵して――ようやくルナチャイルドは、今抱きつくように掴んでいるのが、ただの柱でないことに気が付いた。
――と言うか、その柱の色に、ルナチャイルドは余りにも見覚えがあった。
例えば、ルナチャイルドが用心に用心を重ね、その存在の有無を確かめていた人物の着ている衣服の色に、『それ』は余りにも酷似していた。
それに気付けば、後は芋づる式の連鎖だった。
よくよく観察すると、それが柱ではなく、誰かの足であることが分かり。
柱の先を目で追いかけていくと、やはりルナチャイルドの嫌な予感どおり、いつもの無愛想に呆れが混じった顔が、ルナチャイルドをしっかりと見下ろしていた。

「……また君か」
「っ!?」
「おっと」

咄嗟に逃げようとしたルナチャイルドの首根っこを、素早く霖之助は掴まえた。
ぶらん、と、子猫よろしくルナチャイルドは宙ぶらりんに吊り下げられる。

「あ、ちょっと、服が伸びるでしょ! 放しなさいよ!」
「家の主の顔を見て逃げ出すような子を放すわけにはいかないな。……全く、ちょっと外に出た隙にこれか。ほとほと君たち妖精は悪戯が好きらしいね」
「……ふんだ。別に今日は悪戯しにきたわけじゃないわよ」

呆れたように放った霖之助に、不貞腐れたようにルナチャイルドは言葉を返す。
しかし、主のいない家の中に侵入していた妖精の言葉を真に受ける相手など、恐らくこの幻想郷には存在しない。
無論、霖之助もその一人である。

「そうは言うが、悪戯するに格好の場所にいた妖精の言う事を信じられると思うかい?」
「……ん」

そっぽを向きながら、ルナチャイルドはカウンターを指差した。
その先には、店を出た時には確かに存在していなかった、白い包装紙に包まれた箱が一つ、置かれていた。
ルナチャイルドを掴んだまま、霖之助はカウンターへ歩み寄ると、その箱を手に取った。
霖之助なら、開けなくともその中身が何であるかを察するのは容易かった。

「……チョコレート? 君はこれを届けに来たのかい?」
「そう。今日はバレンタインって言う日だって、巫女と魔法使いが話してるのを聞いたから。……どうせ疑ってるだろうから言うけど、今日はそれを届けに来ただけよ。他には何にもしてないわ」
「君が、僕に? ……こんな事を言うのも何だが、君はバレンタインがどういう日か知っているのかい?」
「……ふん。私が妖精だからって馬鹿にしてるんでしょ。そのくらい知ってるわよ。……別にいいじゃない。妖精が誰かに贈り物したって」
「……ふむ」

ぷっくりと不満そうに頬を膨らませながら、ルナチャイルドはぶちぶちと呟く。
――その言葉を聞いて、霖之助はさり気なく、店内を見渡した。
目に付く範囲での話だが、確かに何か商品が減っていたり、置き場所が変わっているというような変化はない。
霖之助が店を空けていたのはほんの数分程度なので、実際何か悪戯をしようとしても時間的に足りていなかったのは頷ける事である。
加えて、カウンターに置かれていた『物証』と、この演技臭さを全く感じないルナチャイルドの態度。
状況証拠として物語っているのは、ルナチャイルドの証言の正しさである。
疑いが全て晴れたわけではないが、かと言って有無を言わさずに首根っこを掴んでいるのは、霖之助に分が悪かった。

「……分かった。とりあえず君の言う事は信じようか。ほら」
「っと」

すとん、と、襟首を掴んでいた手を放し、ルナチャイルドを降ろす。
そしてその頭に、ぽすんと霖之助は手のひらを置いた。
なでり、と、帽子越しに載せられた手が、普段の仏頂面と結びつかないくらい意外なほど、器用で優しく動いた。

「それと、別に君が妖精だからって馬鹿にしたわけじゃない。贈り物をしてくれた事に関しては、素直に礼を言う事にするよ。ありがとう、ルナチャイルド」
「……ふんだ」

やはりそっぽを向きながら、ルナチャイルドは鼻を鳴らす。
しかし、さっきの『そっぽ向き』とは違って、甘んじて霖之助の手のひらを受けているところを見る限り、単純に不満で鼻を鳴らしているわけではなさそうだ。
寧ろ、薄く頬を赤く染めている辺り、照れていると断じるのが妥当だろう。
妖精の実年齢を論じるのは馬鹿馬鹿しいが、見た目上、このくらいの年頃の子の反応としては別に不自然ではない。
――そして暫く、霖之助の手のひらを受け入れていたルナチャイルドだが、不意にするりと、その手のひらから抜け出した。

「……じゃあ、今日はそれだけだから。もう帰るわ」
「ああ、そうかい? 少し雲行きが怪しくなってきたから、気をつけて帰るといい」
「分かった」

言葉短く返事を返し、ルナチャイルドは店のドアを開く。
店に入った時とは違い、今度はきちんと、カウベルは来客の帰りを告げる。
その音と一緒に、ルナチャイルドはもう一度、霖之助を振り返った。
そして、実に満足したような、目を細めた笑顔で、告げた。

「――受け取ったんだから、来月のお返し、忘れないでよね。給料三ヶ月分だって、天狗から聞いたんだから」
「……いや、ちょっと待つんだ、ルナチャイルド」

――しかし、やはり何を言っていても、ルナチャイルドもやはり妖精なのだと、霖之助は認識し直したのだった。







【???】(シークレット1:てゐ)

「あ。あの箱、どっかで見覚えがあると思ったら、鈴仙が今朝持ってたやつだ。……ふーん。くしし。やっぱり何だかんだ言いながら、貰うものは貰ってるじゃないの。店主も」

カウンターに両肘を突き、顎を両手で支えながら、にやにやとてゐは笑った。
その目線の先、霖之助の背中側にある棚には、綺麗にラッピングされた箱がいくつか置かれている。
てゐが見覚えがある、と言った箱は、恐らく橙色のリボンで包装されている、鈴仙から貰った箱の事だろう。
では、てゐがにやにやと笑いながら眺めているその箱は、一体何なのか。
――それは、今日が如月の十四日であること、そしてこの香霖堂の店主である森近霖之助が青年とも言えるくらいの容姿の男性であることを考えれば、自ずと導かれよう。
そしてその導かれた結論で霖之助が貰った箱は、鈴仙のものを含め、五、六個ほどが棚の上に置かれていた。
鈴仙ほか、霊夢や魔理沙やアリス、文、妖夢といった、香霖堂にちょくちょく顔を出す面々から貰ったものだ

「……君が一体何を邪推しているのかは知らないが、どれも『普段世話になっているから』と言われて渡されたものだよ。そう言われたのなら、僕としては受け取りを断る理由は何一つない。それどころか、受け取りを断ったら酷い事になる。そうだろう?」
「まぁ、あんたならそう言うと思ってたけどね。……で?」
「……何が『で?』なんだい?」
「分かってる癖にはぐらかすのは、店主の悪い癖だよね」

相変わらず意地の悪そうな笑みを浮かべ続け、てゐは言う。
――無論、霖之助としても、てゐの尋ねている事など察しがついている。
問題なのは、その内容がどう転んでも面倒な事にしか発展しなさそうなことである。
特に、このとてつもない程頭の回る、性質の悪い悪戯兎が相手ならば。

「んじゃ、そんな物分りの悪い店主だから、仕方なく言葉にしてあげるさね。……その中、何個本命があった?」
「……さてね。まだ開けていないから分からないな」

それは半分本当で、半分嘘だった。
開けて中を確認すれば、霖之助は確実にそのチョコレートがどちらなのかを判別出来る。
貰ったチョコレートのうち、開けないとどちらとも判別出来ないものがあったのも確かだ。
これが、たった今霖之助が言った、『半分本当』の方である。
――しかし、無論、開けずしてどちらか判別できたものもあったわけで。
そちらは、『半分嘘』に該当する方だ。
とは言え、例え貰ったものが全部判別出来たとしても、てゐ相手に絶対に教えるつもりはなかったのだが。
そんな要領を得ない霖之助の言葉に、てゐは実に不満そうに頬を膨らませた。

「むぅ。何だつまんないの。……まぁ、今日はいいや。明らかに店主の言ってる事は嘘くさいけど、追求しないでおいてあげるよ」
「嘘くさいとは何だい。嘘は面倒だから吐かないと言っているだろうに」
「何かもう、そこからして嘘臭いんだよねぇ」
「……」

くしし、と、小馬鹿にしたようにてゐは笑う。
その言葉に思うところがないわけではないが、霖之助は特に何かを言い返すわけでもなく、無言で抵抗する。
この手の輩は、反応を返してやるだけ、ちょっかいを出すための手がかりを自分からくれてやるようなものだからだ。
沈黙は金、とも言う。
本来の意味とは違うが、この場合は間違いなく金に値するだろう。
――そしてそれは、やはり効果は確かだったようだ。

「あら、だんまり? それが一番つまんないんだけどな。……じゃあ、店主にこれあげて、今日は帰るよ」

そう言いながら、てゐはどこから取り出したのか、手のひらに乗るくらいの立方体に近い黒い箱を取り出し、カウンターへと置いた。
――相手が相手なので、霖之助は静かに、その箱の名称を探る。
そうして浮かび上がってきた、ある意味想像通りの名前に、霖之助は盛大な溜息を吐いた。

「……はぁ。てゐ。悪戯なら、たまに店に来る妖精たちで間に合っているんだ。お帰りは君の後ろのドアを潜れば問題ないから、すぐに帰途に着くといい」
「……ちぇ。そういえば店主、そんな能力あったんだっけ。普段は役に立ちそうにないのに、こんな時ばっかり役に立つんだ、それ」

まるで肩透かしを喰らったように、てゐは口先を尖らせた。
――てゐが渡してきた箱の名称は、『びっくり箱』。用途はまだ確かめていないが、確かめる必要もないだろう。
らしいと言えば実にらしい贈り物ではあるが、だからと言って悪戯を容認するような態度を取ってはならない。
隙を見せれば、この悪戯兎がそれを見逃すはずは無いからだ。
警戒するに越したことはないだろう。
――それにしても、使用者が気に入っている能力を『役立たず』呼ばわりするとは、中々無視できない言い草である。

「役に立たないとは随分だね。君の能力だって似たようなものじゃないか」

てゐの能力――人間を幸福にする程度の能力であるが、半分は人間であるはずの霖之助がそれを実感した事は今までない。
半分でも妖怪が混じっているからダメなのか、それとも半分だけでは然程効果はないのか。
その辺りは不明だが、結果が見られない以上、『役に立っていない』と断言しても構わないだろう。
――だが、やはりと言うか、てゐはその言葉に不満そうだった。

「む。店主と一緒にしないで欲しいね。ちゃんと幸福にしてるじゃない。ただ半分だから、効果が薄いだけさね」
「その本来あるべき半分の分も、これまで実感したことがないから言っているんだがね。結果として表れないのなら、過程は無いも同じさ」
「……むぅ」

霖之助の言葉に、てゐは実に不満そうに頬を膨らませた。
――まぁ、確かに実感できない幸福ならその通りなのだろうが。
論破するのは不可能ではないが――てゐがここに来た理由とは真逆なので、とりあえず保留することにした。

「……ぶー。全く、ああ言えばこう言う偏屈店主には辟易するね。つまんないから帰る。じゃあね」
「ふむ。次はお客として来てくれよ、てゐ」
「気が向いたらねー。……あ、その箱を開けないうちに捨てたら、お師匠様に言いつけるからね」

それじゃ、と最後に付け加えて、てゐは素直に店を後にする。
からんからん、とカウベルが来客の帰りを告げ、香霖堂店内はてゐが来る前と同じ静謐が戻った。
ただ一つ、てゐが来る前と違うのは、彼女が置いていった黒い箱が、ちょこんとカウンターに乗っていることくらいだ。
――問題は、この箱の処遇をどうするか、である。
この箱はてゐが置いていったという事実に加え、名称が『びっくり箱』である。
何か悪戯が仕掛けてあることなど確実であるために、単純に考えるなら開けないで放っておくのだが。

「……君子は危うきに近寄らず、と言うが……開けなくても、どうも面倒事になりそうな気がしてならないな……」

てゐは、開けないと永琳に言いつけると言っていた。
口ぶりから考えて、霖之助が渡した箱を開けないことを想定して、あらかじめ永琳に何かを手回していた可能性は十分に考えられる。
単純に言ってみただけの可能性もあるが、根回しした上で言ったと考える方が、あの兎相手ならしっくり来る。
そう考えると、霖之助が箱を開ける前にびっくり箱に気付いたことに不満を漏らしていたてゐではあったが、あれすらも演技だったのかもしれない。
――などと考えても、結局のところ、真実はあの兎以外分からないのだが。

「……堂々巡りか」

様々な可能性に思考を回転させていた霖之助だが、結局行き着く先は全て断定すらもままならない憶測であった事に気付き、やがて考えるのを止めた。
何をとっても、あの兎なら押さえていそうなのだ。
考えるだけ無駄なのかもしれない。
――しかし、とりあえず開けないで置いておき、後で永琳にある事ない事報告されるのだけは、避けなければならない。
永遠亭とはそれなりに繋がりがある。
それを不用意に断ち切ってしまうのは、霖之助としても香霖堂として望ましいことではなかった。

「……仕方ないな」

やや離れたところに箱を置き、そっと、霖之助は箱の蓋に手をかける。
ただのびっくり箱であるのなら、想定しているのは『箱を開けた人物の顔が目の前にある』ことである。
まずはそれを避けて開ければ、とりあえずは問題ないだろう。
――そして、霖之助のその考えは、事実を得ていた。

「……やはりか」

蓋を僅かに開けた途端、勢いよく中から飛び出してきた握り拳を模したオブジェに、霖之助は溜息を吐く。
普通に開けていたら、見事に霖之助の顎を打ち抜いていただろう。
てゐから渡された箱は、実に典型的なびっくり箱だったのだが――逆にあのてゐが、この程度の仕掛けで満足するというのも、妙に違和感を感じる。
だが、それは考えても仕方ないと先ほど自身で結論付けたことだ。今は置いておく。
――しかし、これでてゐの頼みは聞いたことになる。憂うべきことはもうないだろう。
そんな事を考えながら、霖之助は開けた箱を片付けようと持ち上げて、ふと気付いた。

「ん? ……この拳、何か持ってるな」

握り拳の隙間から覗く、透明な袋のような切れ端。
拳の間から取り出してみると、半分だけのハート型のチョコレートが入っていた。
――何と言うか、びっくり箱などとは比較にならないくらい、随分と強烈な形をした贈り物であった。

「……随分と縁起が悪い形をしているな。ただでは終わらないと思っていたが、何かの嫌がらせか? ……おや?」

ふと、袋が挟まっていた同じところに、メモ用紙のようなものも挟まっていた。
開くと、随分と可愛らしい細かい字が、霖之助へと宛てられた内容を綴っていた。

『店主は半分だけだから、いつも足りてない半分だけあげる。残り半分は――会った時にいつもあげてるから、別にいいでしょ』

「……ふむ」

まるで、今しがたまで話していた内容を予知していたかのような文に、霖之助は僅かに苦笑する。
――霖之助が貰ったのは、半分だけの、親愛や愛情を示すハート型のチョコレートである。
これが、いつも足りていない残りの半分だと、てゐは言う。
ならば、霖之助と会う時にいつもあげていると言う、残り半分に込められた意味も、自ずと浮かび上がってくるというものだろう。
それは、つまり――。


web拍手←管理人の心の栄養剤。気軽にどうぞ
PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
 

トラックバックトラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。