淡色の空

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理外の一言

不定期にやってくるSS投下の日!
というわけで、以前頂いたコメントから着想を得たお話をお一つ。
半人前の使用人と、ずる賢い部下のお話です。

ナズーリンと妖夢の二人はキャラ的には殆ど接点がないんですが、
どっちも霖之助さんから元は自分の持ち物でふっかけられた
(厳密に言えば、ナズーリンは現状ではあくまで可能性ですが)わけなんですよね。
コメントを頂いて初めて気付いたんですが。

今回は霖之助さん、出てはきますが出番的にはあんまり無かったりなんだり。

まぁとりあえず、続きはいつものように以下よりどうぞ~。

(霖之助、ナズーリン、妖夢)



ふわふわと、空には柔らかそうな綿雲が浮かぶ。
穏やかな気温、長閑な気候と相まって、青い空にぷかぷか漂うそれは、如何に今日の幻想郷が平和であるかを暗に物語っているようでもある。
このような日に、見渡す限りが緑で染まった大草原で昼寝をしたら、まさにこの世の最高の贅沢と言えるのかもしれない。
恐らくは、えもいわれぬ爽快感を存分に堪能できることだろう。
――などと考えていると言えば、随分頭の中も平和な人物であるかのように聞こえるかもしれないが、この陽気を目の当たりにしたら誰だってそう思うことだろう。
少なくとも、今まさにその風景の中を飛んでいるナズーリンはそう思っている。
自身で積極的に名乗ることはないが、それでも賢将と呼ばれるナズーリンであっても、そういう思考は禁じえない。
そもそも気持ちが穏やかになるのに、賢者も愚者もないのである。

「……まぁ、こんな日でも、あの男は店に閉じこもっているんだろうがね……」

今まで何度も目にしてきた光景が、すぐにナズーリンの脳裏に浮かぶ。
そこにいる仏頂面の半妖は、きっとこれほどに穏やかな陽気の日でも、それに気付くことなく少し埃っぽい空間に、まるで仙人の如く篭っているのだろう。
――ナズーリンの向かっている先は、例によって彼女の所属する命蓮寺を得意先としている、どう見ても風変わりな趣味人が商っている道具屋である。
その用件もいつも通り、寺で使っている道具の定期的な買い入れだ。
その後に少しばかり世間話でもしていこうと考えてもいるが、それはあくまでもついでである。
――ついでではあるが、少しだけそのついでを楽しみにしているのも、確かな事実ではある。
あの男は、思考能力の高さと考察力の高さゆえ、ナズーリンと対等にまともな議論が出来る数少ない人物であるからだ。
互いに心の底では負けず嫌いであるが故に、議論が予想以上に白熱する事はまま有るが、それがまた飽きないのである。

「……ふふん」

――そうして、上下逆さまの青い海を滑空すること暫し。
眼下に見えてきた、まるでそれ自体が倉庫のような――まぁ、言ってしまえばゴミ屋敷みたいな――家屋を目の端に捉え、ナズーリンは薄く笑んだ。
そのまま文字通り滑るように高度を下げて着陸し、少しだけ間を置いて、扉を開ける。
ここだけは爽やかに来客を迎えるカウベルが、気持ちよくナズーリンの耳朶を打った。

「やあ。いるかい? 霖之助君」

そしていつものように、店の奥で置物のように座り、書物へと目を落としているであろう霖之助へと声をかける。
そうすると、まるで打てば響く鐘のように、やはりいつものような少し気だるそうな声が――。

「ああ、君か。いらっしゃい」
「? お客さんですか?」
「……おや」

返ってきた声に聞き覚えのないものが混じっていた。
店の奥のカウンターには、やはりいつものように霖之助が座っていた。
しかし、そこだけはいつもと違い、本は読んでおらず。
代わりに彼の向かいには、霖之助と同じ銀髪の、幽霊を纏った見慣れない少女が一人座っていた。
――とりあえず、入り口に立ちっぱなしでは用も進まない。
ナズーリンは後ろ手に扉を閉め、いつものようにすたすたとカウンター前まで歩み寄った。

「紅白と白黒以外には珍しいね。先客だったかい?」
「ああ……いや、客ではないんだがね。物量的に被害こそ無いが、結局はあの二人と同類さ」

肩を竦めて言い放つ霖之助に、その少女はぷくりと頬を膨らませた。
何と言うか、行為自体はその少女よりも幼い子どもがやることなのに、妙に似合っているような気が、ナズーリンにはした。

「そんな……あの二人と一緒にしないで下さい! いくら店主さんでも酷いですよ!」
「……つまり、何かね? 彼女も冷やかしって事かい?」
「概ね、そんなところさ」

ずず、と出してあった茶を啜りながら、霖之助は頷いた。
そしてやっぱり、この銀髪の少女は、その言に実に不満げに頬を膨らませたのであった。


◇ ◇ ◇


――それが、今から半刻ほど前の話である。
話の流れからして、ナズーリンは妖夢を霊夢や魔理沙と同類と見做すか、或いは妖夢の未熟さに呆れるか――忘れてはならないが、ナズーリンも立場的には妖夢と同じである。故に、妖夢の所作に見える拙さを理解出来るはずなのだ――すると、霖之助は思っていた。
思っていた、のだが。

「――それでですね。私が屋根から落ちてきた雪に埋もれてるのに、この店主さん、見てるだけでちっとも手を貸してくれなかったんですよ! ちゃんとこのお店に用がある事を伝えたら、ようやく出るのを手伝ってくれたんです」

まるであの時の情景を余すことなく伝えたいかのように、妖夢は鼻息荒くあの一件を語る。
一方のナズーリンはと言うと、それはよく分かる、とでも言いたいかのように、妖夢の言葉に頷いていた。

「ああ、まぁ、霖之助君はそういう奴だからね。外の世界では『えす』とか言う奴らしい。しかし、そういう奴とは言っても、少々手酷い気もするがね。雪を甘く見過ぎているな」
「ですよね……。その後も、元々は私の持ち物だった人魂灯って道具を返してもらおうかと思ったら、結局返してはくれなくて……。『これはもう商品だ』なんて言って、結局店の周りの雪かきをさせられたんです……」
「……君もかい?」
「君も、と言うと?」
「私がこの店を知ったのも、実は私の主人が失くした道具を探していた時でね。その時も、君と殆ど同じような事を言われて、その道具を買い取ったのさ。元々は私の主人の持ち物だったのに、随分と吹っ掛けてきてくれてね。何て悪どい妖怪だと思っていたら、何と半妖だと言うじゃないか。二重の意味で驚いたものさ」
「うぅ、貴女もだったんですか……。心中、お察しします」
「いや、何。君の心中も察するよ。決して他人事じゃないからね」
「本当にその通りですよね……」

何故か気持ちいいくらいに意気投合したらしい妖夢とナズーリンは、先程から互いの身の上話に花を咲かせていた。
しかも、その話している内容というのが、聞いてのとおり『いかに霖之助は酷いやつなのか』ということである。
それを、霖之助は何とも言えない複雑な表情で耳にしていた。
――あれは商人として当たり前の事をしただけだ、とか、あんな大事な物を失くした方が悪いだとか、霖之助にも色々言いたい事はある。
反論しようと思えばいくらでも出来るが、とりあえずまず言いたいことはそれではない。

「……君たちは、わざわざ僕の目の前で、僕の文句を言うためだけにここに来たのかい?」

自店の商品に対する文句ならば、まだ百歩譲って聞く気にはなる。
半ば趣味のように営む店ではあるが、霖之助とて商家へ奉公を行った上で独立した商人だ。
商品に対する不満をわざわざ指摘してくれている言葉は真摯に受け止めるべきであるという事くらい、きちんと弁えている。
だが、店主本人に対する文句は論外だ。
奉公の身ではなく、かつ小さいながらも一城の主だ。
店の経営方針にまで文句を聞くつもりなど毛頭ない。
わざわざ聞きたくもなく、仕方なく聞こえてくる気持ちいいはずがない話を聞く道理など、どこにもないのだ。

「これ以上不毛な話を続けるなら、そのまま回れ右をしてもらうよ。妖夢と、君もだ、ナズーリン」
「……ふむ。君の機嫌を損ねてしまっては、私にとっても無益だな。まぁ、妖夢君とはまたいずれ話す場を設けるとしようか」
「……そうですね。私も店主さんに迷惑をかけに来たわけではありませんし。是非、また」

渋々、といった様子を隠していないが、とりあえず二人はこの場では話すのを止めた。
――もし次があるのなら、今度は霖之助がいない場所で、今のような悪口とも傷の舐め合いともとれるような事を言いまくるのだろうが、霖之助の耳に入ってこないだけまだマシである。
据わりは悪いが、人の口には戸は立てられないのだ。

「さて。他に用事が無いなら、二人ともお帰り願おうか」
「おっと、勘違いしてもらっては困るね。私はいつもの用があってきたのさ。今日はれっきとした客だよ。……ああ、これだね。ほら」

忘れていたというわけではないが、ナズーリンは今思い出したかのように持っていたメモを取り出し、霖之助に手渡す。
それを、霖之助は渋い顔で受け取った。

「……それならば、無駄話などしていないで早々にそう言って欲しかったがね」
「なに、談話に花を咲かせるのも少女の特権さ。むしろ男ならそのくらい待てる甲斐性があってもいいと思うがね、霖之助君」
「甲斐性にも我慢にも限界はあるものだよ、ナズーリン。……だがまぁ、いいさ。妖夢はともかく、今の君は客だ。そのくらいは大目に見ようじゃないか」
「へぇ、そいつはありがたいね。いつもそんな感じだと、私としても嬉しいんだがね」

軽い皮肉のやりとりに、霖之助もナズーリンも互いに薄い笑みを浮かべる。
この程度のやり取りなら、寧ろ日常の範囲内である。
なので、特に霖之助は気にする事もなく、メモに書かれた品を準備するために重い腰を上げる。
大抵は店先に並べているもので足りるのだが、そうでないものは倉庫から出してこないといけないからだ。

「それじゃあ品を持って来よう。すぐ戻るから、適当に過ごしていてくれ」
「ああ、よろしく頼むよ」

その辺りはもう互いに慣れたもので、軽い言葉のやり取りの後、霖之助はすたすたと奥へ向かう。
それを茶を啜りながら見送るのも、もう慣れた動作である。

「……は~」
「?」

ふと隣から聞こえる間の抜けた声に、ナズーリンはそちらを向く。
当然ながらそっちには妖夢がいたが、何故か感心したようにナズーリンをぼんやりと見やっていた。

「……何かね?」
「あ、いえ。その、ナズーリンさんって、店主さんと互角に話せるんだなぁと思っただけです」
「ん? ……まぁ、確かにあの男は捻くれてはいるが……感心するほどの事じゃあないと思うがね」

確かに霖之助という男は、時折何を考えているか分からなくなる節があり、性格自体も決して真っ直ぐというわけではないが、それでも思考能力自体は高い事もあって、話すこと自体はそれほど難しくない。
余り人の話を聞かない輩は勿論、妙に皮肉を交えてきたり、言葉遊びのようなやり取りばかりをやってくる相手よりかは遥かに組みしやすい。
そうナズーリンは思っていたのだが、どうやら妖夢の中の霖之助は、ナズーリンのそれとは少々違っていたようだ。
まるで小動物のように、ナズーリンの言葉に可愛らしく小首を傾げている。

「そうでしょうか……。私の時だと、いつもからかってきたり、意地悪な事ばっかり言ってくるんですけど……」
「ああ……いや、それはだね……」

どう答えたらいいものか、ナズーリンは少々思案する。
と言うのも、ナズーリンも霖之助が妖夢をからかう気持ちが理解出来るからだ。
僅かな時間、話した印象でしかないが、この妖夢という少女は実に真面目だ。
こちらの話を聞くし、会話のキャッチボールも概ね問題なく出来る。
その真面目さというものは、この幻想郷においては貴重な存在と言っていいかもしれない。
だが、同時にそれが利点となりにくいのがこの幻想郷である。
恐らくは、その真面目さや話を真に受ける実直さを逆手に取られる事も多々あったことだろう。
ナズーリンも、もしあの一件の際に宝塔を拾ったのが妖夢であったのなら、上手く言いくるめて宝塔を掠め取る自信がそれとなくあった。
素直で聞き分けが良いというのは、人里の寺子屋でもない限り、こういう不便の方が大きくなってしまうのだ。
だから、どちらかと言えば人に話すのが好きな霖之助が、面白半分で妖夢をからかうような言動をする気持ちも理解は出来るのだ。
まぁ、大の大人がまだ未熟な少女をからかうなど、大人気ないと言ってしまえば大人気ないのだが。
――そう言えば、人間の男の子というものは、好きな子ほどいじめたがるという話を小耳に挟んだことがある。
無論、霖之助は外見も中身も子どもとは到底言いがたいから、きっとそういう意図で妖夢をからかっているわけではないのだろうが。
――いるわけではない、はずだ。きっと、と言うか、絶対。
唐突に思いついた話であったし、余り考えても面白くないので、ナズーリンはそこで思考を切り上げた。

「何と言うかだね。君は平時から、もう少し余裕を持った方がいいかもしれないということさ」
「うう~……それと同じことをあの店主さんにも言われたことがありますが……よく分からないんですよね」

腑に落ちないような表情で、妖夢はそう答えた。
そうだとは思う。
ああいうものは、分かろうと思って分かるものでもない。
やはり重ねた年月というものは無視できないからだ。
――しかし、この妖夢という少女は、そんな風にからかってきたり、意地悪ばかりを言うような相手の店に、わざわざ自分からまた訪れたということだろうか。
それはそれでかなり変わっているような気がする。
もしそんな意地悪な相手がいたとしても、必ずその相手の所に行かなければいけないような用事もないのに、わざわざ自分から出向くようなことは普通は無いはずである。

――少し、探りを入れてみるかね。

こっそり、ナズーリンは思う。
別に変な意味があるわけでは無いが、せっかく知り合ったのだから、互いに持っていた霖之助への愚痴だけでなく、もう少し相手の事を知っておこうという、ただそれだけのことである。

「そういえば妖夢君。霖之助君は君の事を冷やかしだと言っていたが、実際のところ、何か用があってここに来たのかい?」
「え? あ、いえ。今日はちょっと店主さんとお話をしようかと思って。ちょっと前に、店主さんに相談した事があってですね。それからたまにですけど、私のお話を聞いてもらいながら、色々と助言をしてもらったりしてるんです」

急に話題が変わったことに目を丸くしながらも、妖夢は実に素直にそう返した。
これが他の――例えば妙に勘が鋭い紅白の巫女だったら、疑いの眼差しを向け、一体どうしてそんな事を今更聞いて来たのか問い質してきたことだろう。
なるほど、確かに素直な反応である。
霖之助からすれば、これほど組しやすい相手はこの幻想郷にはなかなかいないと思っていることだろう。
一体何を相談したのかは気になるが、とりあえずそれは置いておくことにして、ナズーリンは続ける。

「へぇ。それじゃあ君は、よくここには来るのかい?」
「うーん……よく、ではないかもしれません。こちらに用がある時くらいですから、明らかに霊夢と魔理沙よりは少ないでしょうし」
「ああ、あの二人と比べちゃいけないね。付き合いも長いと聞くし、あの二人は別格だろうね」

あの二人と比べてしまったら、今回のように定期的なもの以外でも香霖堂を訪れているナズーリンですら、恐らくは足元に及ぶまい。
――しかし、霊夢と魔理沙の名前を出したことを考えると、あの二人が香霖堂に足繁く通っていることを妖夢は知っているようだが、ならば少し考えれば、あの二人と比較を行うことの無意味さにも気付くことが出来ようものだが。
もしかして分かりやすい比較を述べたつもりなのかもしれないが、恐らくはこういうところも、霖之助にとって実に扱いやすい特徴になってしまっているのだろう。
そう、ナズーリンには容易に想像出来た。
霖之助と思考回路が似ているわけではないと思うが、もし自分も妖夢と接するとしたら、恐らくこういうところを足がかりにすると思ったからだ。

「……しかし、霖之助君と話をしに、か。君もやっぱり変わってるんだな。物好きと言うか何と言うか、類は友を呼ぶか」
「む。それは貴女だって一緒じゃないですか」
「ハハッ、まぁそうかもね。そういう意味では私も人の事は言えないだろうね。けど、心に余裕を持つと言うのはこういうも含むのさ。少なくとも私はそう思うよ」
「え? あ……はぁ……」

ナズーリンの言葉によく分かっていなさそうに首を傾げる妖夢だが、それも致し方ない。
ナズーリンとて、あれだけの言葉のやり取りで真意を汲んでくれるだろうなどと思って言ったわけではない。
こればかりは、これから妖夢が過ごすだろう永い生の間に、ある種の経験則として勝ち得ていくものである。

――しかし、あえてそれを理で理解しようと言葉にするのであれば。
心の余裕とは、相手の言葉の意味を十全に受け止めず、まずは吟味するだけの思考の余地を残すことであろう、とナズーリンは思う。
それを妖怪からすれば僅かな時間で体得しているのが、人間である。
例えば人間の老人は、自分に都合の悪い事は忘れた振りをするか、聞こえていない振りをすることがままある。
実に老獪な仕草ではあるし、勿論きちんと応対すべき場面ではそうすべきだが、全ての事柄に対して十全に相手をしたり、正直に答えたりしているのでは身も心ももたないといういい例である。
それは人間が短い人生の中で会得した、様々な余裕の持ち方の一つであるとナズーリンは思っているし、恐らくその考えは正しい。
確かに人間は生も短く、能力的にも弱い存在ではあるが、それだけにその人生や経験というものは、妖怪よりも遥かに濃縮されているに違いないのだろうから。
――まぁ、それを言って実践出来るのであれば、全く苦労はしないわけであるが。

「……とは言っても、妖夢君にはまだ早いかもね。生きていればそのうち勝手に身に付いていくものさ」
「……そういうものでしょうか」
「そういうものさ」

ずず、とナズーリンはお茶を飲む。
少し遅れて、妖夢も同じように湯飲みを傾けた。

「……纏めると、だね。君は霖之助君に相談事をしていて、そのアドバイスを貰いにたまにここに来ている、ということかな?」
「そうですね。と言っても、今の貴女のような話ばかりされるんですけどね。……何だか今のも、店主さんと話してるみたいな感じでした」
「……そうかい」

にこり、と笑った妖夢の顔には、とてもさっきまで言っていた『意地悪ばかり言ったり、からかってばかりする店主』への嫌悪は感じられなかった。
むしろ、心底楽しいと言わんばかりの、幸せそうと言ってもいい表情が、そこにはあった。
――それをすぐ間近で見ていたナズーリンにも、妖夢の本当の感情がどちらにあるのかは分からなかった。
霖之助が『酷い店主』なのか、『話すと楽しい店主』なのか。
何処か心がざわつくのを感じながら、ナズーリンはふん、と鼻を鳴らした。

「しかし、あの霖之助君が助言か。……確かに思考能力は高いと思うが、如何せん論理が飛躍するところがあるのが玉に瑕だね。実際、話をされているときはどうなんだい?」
「あはは、そうなんですよね。時々ですけど、何を言ってるのか分からない事はありますね」
「……やはり、と言うか何と言うか。こんな事を言うのも何だが、もう少しいい相談相手はいなかったのかい?」

はぁ、と呆れ半分の溜息を吐くナズーリンだが、妖夢は何故か柔らかく微笑んだまま、それに続けた。

「残念ですけど、いなかったんですよ。私の知り合いには。なので、私も店主さんに相談に来たのは、消去法で店主さんが残ったからなんです。だからそれを言ったら、店主さんも凄く肩を落としてました。……でも、今はここに相談に来て良かったかもしれない、と思ってます」
「ふむ。まぁ確かに霖之助君は至極面倒そうな顔はするが、意外と義理堅くて面倒見はいい方だからね。そういう意味では、君の選択は間違っていなかったかもしれないな」
「ええ、そうですね。店主さんは意地悪を言ったりからかったりしますけど、他の人たちみたいに、ただ単に意味も無く言っていた事は余りありませんから」

同意を得られたことが嬉しいのか、妖夢はまた少し笑みを深くして、ゆったりとお茶を含む。
――実に満足そうな顔だな、とナズーリンは思った。
やはりこの妖夢という少女は、口で言うほど霖之助と話すことに嫌悪を感じていないのだ。
意地悪を言われた直後は反射的に返しているだけで、きっと後になって含まれている意味に気付いているのだろう。
少々回りくどい言い方をするのは霖之助の悪い癖だが、妖夢もその回りくどさの奥にあるものにはきちんと勘付いているようである。
相談をし、される者としては、実に満ち満ちたやり取りではないだろうか。
とても教示をする者としての才能は無いように見える霖之助だが、意外とそうでもないのかもしれない。
――まぁ、未熟なものに大人がものを教えるのは、決して不自然なことではない。
妖夢が霖之助に懐くのも、きっと教師と生徒のそれに似たようなものだろう。
霊夢や魔理沙と似たようなものである。
だから、ナズーリンは特に考えることもなく、言った。

「……なるほどね。君もそれなりに、霖之助君を好いているということか」
「――へ?」

直後。
ぽかん、とした妖夢と、ナズーリンは目が合った。
――そしてどういうわけか妖夢は、ナズーリンのその言葉に顔を白から桜色へと瞬時に染め上げた。
無論、ナズーリン自身としては『懐いている』という意味で、妖夢へと言ったつもりだった。
文脈からもそうとるのが妥当だろう。
――だが、どう見ても今の妖夢は、その意味でとっていないことは明確だった。

「え、あ、その、い、いきなり何を言ってるんですか!? 私、別に店主さんを、とか、そういうわけじゃなくて……まぁ、ちょっと意地悪でいっつも無愛想な顔してますけど、たまに誉めてくれるところとかは……」
「……」

ぎゅ、と持った湯飲みに力を加え、段々と俯き加減になっていく妖夢の様子に、ナズーリンは盛大に頭を抱えた。
彼女の感情と連動しているのかどうかは知らないが、連れている半霊も、何だか落ち着きなく妖夢の頭上をふよふよしている。

――しかし、まさかそういう意味にとるとは、言葉を発したナズーリンにも完全に予想の範囲外だった。
確かに、そういう意図は無かったとは言え、ナズーリンの言葉も悪かった。
他にいくらでも言い方があっただろうに、と、あの仏頂面の店主が頭の中でのたまうのを、無理やりにかき消したが、時既に遅い。
自身の不用意な失策に対する落胆と少々の苛立ちを、ナズーリンは禁じえなかった。
――とは言え、このまま自身の失策に落胆したまま妖夢を放っておいては、別段聞きたくもない妖夢の独白を最後まで聞く破目になってしまう。
ただでさえ今のこの状況は精神的に余りよろしくない。
聞きたくもないのだから当たり前ではあるのだが、何と言うか、ただの罵詈雑言より精神的によろしくない。
この妖夢という少女は、見た目や思考はまだ未熟だが、意外に耳年増なのかもしれない。
或いは、何だかんだでそういう傾向の事を頭に浮かべていて、早とちりしてしまったのか。
そんな事はナズーリンには知る由もないのだが、とりあえずさっさと独白をやめてもらうべく、ナズーリンは口を開く。

「……あー、ちょっと待ちたまえ、妖夢君。君の認識している『好く』と、私の言った『好く』は意味が違うんだが」
「……って、え? 違う?」
「ああ、全然違う。私が言ったのは『懐いている』とか『憧れている』という意味だよ。まぁ、君の言う意味にも取れなくないような言葉を使った私の失策でもあるんだが」
「――」

ナズーリンが妖夢の反応を待つこと、ほんの数秒。
その間、さっきまで桜色だった妖夢の顔色が今度は綺麗な赤色に染まっていくのを、ナズーリンは最初から最後までしっかりと確認出来た。
こう何度も他人の顔色が綺麗に変わっていくのを見るというのも、長く生きたナズーリンにも余りない経験だった。

「あ……う……」
「……」

妙に沈着した雰囲気が、店内を覆う。
居た堪れないと言うか、沈黙が痛いと言うか。
喧嘩をしている二人が醸し出す、あのギスギスした居づらい雰囲気とはまた違った居づらさが、この香霖堂店内に少しずつ、じわじわと広がる。
そんな中で、言葉が出ず、ただ妖夢を見やるナズーリンと、まるで魚が水を求めるかのごとく口を開閉させていた妖夢だったが、それもそう長くは続かなかった。
――空気が動く切欠となったのは、ようやく奥から戻ってきた霖之助の気配だった。

「待たせたね、ナズーリン。ちょっと品を探すのに手間取ってしまってね。……ん? どうかしたかい?」
「!?」

妙な雰囲気に包まれた店内に、霖之助は訝しそうに片眉を上げた。
その声に、妖夢は見て分かるほど背筋を硬直させた。

「あ、その、店主さん、えっと」
「? どうしたんだい、妖夢。何だか様子がおかしいが」
「あ、い、いえ! 何でもないんです! あ、そうだ、私そろそろ帰って幽々子様のおやつの準備しないと! すみません、お茶ご馳走様でした!」
「あ、おい妖夢――」

言うが早いか、妖夢は一瞬のうちに残っていたお茶を全て平らげると、そのまま乱暴にドアを開け放ち、霖之助の声がかかる頃には既に外へと飛び出してしまっていた。
それにやや遅れて、半霊もやや困惑気味に一度、霖之助へと丸い頭でお辞儀をすると、すぐにもう半分の自分を追いかけるために外へと飛び出していった。
――それを、ただ傍観者の如く、霖之助とナズーリンは見ていることしか出来なかった。

「……ナズーリン。妖夢は一体どうしたんだい? この後に用事があったとしても、随分と慌てていたようだが」
「ああ……いや、私も詳しくは分からないよ。それほど急ぐ仕事だったということなんじゃないのかい?」

ずず、とナズーリンはお茶を飲みながら、何事もなかったかのようにそう答えた。
――何も、正直に教えてやる必要はどこにもない。
霖之助の顔を見て逃げ出した、『好いている』という言葉に過敏に反応した、ということは、恐らく妖夢は自覚出来ている程度には霖之助に好感を持っているのだろう。
ならば――それを、わざわざナズーリンが当の本人へと教えてやる必要はないのである。
むしろ邪魔をしないだけ、妖夢には感謝してほしいところだ。
本人がいないので無理な話ではあるが。

「……まぁいいか。あの子がそう言うのなら、そういうことなのだろう」

少しの間首を傾げていた霖之助だが、どうやら本人はそういうことで落ち着いたようだ。
奥から持ってきた品をカウンターへ置き、後は店側に出してある残りの商品を取りに、ナズーリンの横を通って商品棚へと向かう。
普段は碌な方向に働いていないこの妙な物分りの良さだが、こういう時にだけ役に立つと思ってしまうのも皮肉なものである。

「……」

カウンターに肘をつきながら、ナズーリンはちろり、と後ろの霖之助へと目を向ける。
そこには当然ながら、ナズーリンの視線に気付くことなく、黙々と手元のメモを見ながら商品を手に取っていく霖之助がいた。
言っても仕方のない事だが、平静と全く変わらない澄ました態度に、何となく不満な感情が湧いてくる。

「……はぁ」

少しの間、ナズーリンはその背中を見ていたが、全く視線に気付くことのない霖之助に、小さく不貞腐れたような溜息を吐く。
くねり、とナズーリンの尻尾が、少しだけ落ち着き無く揺れた。

――全く、妖夢君にも困ったものだよ。

声に出さず、ナズーリンは思う。
――きっと妖夢が口走ってしまったあの一言は、本当に単なる勘違いによるものだったのだろう。
しかしそのせいで、何だか靄の晴れないような感情のしこりが、ナズーリンの胸中に確かに残っている。
上手い具合に先に釘を刺されたかのような、妙な動きづらさを感じているのだ。
別に、妖夢と何か約束や義理立てをした覚えはないというのに。
こんな後ろめたさを感じるのも、きっと妖夢が純朴そのものだからだろう。
足跡のない雪原に新たに足跡をつけるのは、誰だって躊躇うものだ。
もしこれが計算され尽くした結果の行動だったのなら、間違いなくナズーリンは鼻を明かしたかのような余裕の笑みを浮かべて、堂々と踏み潰していただろう。
ナズーリンとて十全のお人よしではない。
寧ろ、賢将と呼ばれる力量を示せる踏み台として、大いに利用しているところだったのだが。

「……ふん」

そうではなく、きっと純粋なものだから、なおやり辛いのだ。
やり辛いが――しかし、黙って譲るつもりは毛頭ないのも確かだ。
心苦しさはあるが、動かないわけにはいかないだろう。
もしかしたら、あれが何かの起爆剤になってしまう可能性だって、全くの零ではないのだから。

「……困ったものだね、本当に」

――そんなつもりで来たわけじゃあなかったんだがね。

ふわりと浮いた灰色の呟きは、誰にも届かず、少し埃が被った床に落ちて、消えた。

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コメントコメント


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妖夢暴露大会始まるよww
少々酔わせて数人で囲んで言葉攻めにすれば
全部暴露してくれそうだな妖夢はww
そしてそのまま炊きつけられて霖之助を夜這いにいくが
寝床で顔を合わせた瞬間冷静になって慌てふためくが
霖之助がやれやれとやさしく抱いて一緒に寝てあげるところまで見えました

猟奇王 | URL | 2010/12/02 (Thu) 10:39 [編集]


来た、ナズー霖+妖夢の、感じて、気配を。コモレビです。

個人的ベストな組み合わせがナズー霖なのは譲らないとして、こうした色々なキャラが複雑に入り組むお話というのは見ていて飽きないものです。
なんやかやで香霖堂を訪れる妖夢だけに、こうした心情の変化なんてのがあったりすると、妄想爆発です。
妖夢の顔色百変化に加え、次第に胸のもやもやが濃くなるナズーリン―――大変美味しゅうございました。
妖怪は心の病で危険がマッハと言いますし、ナズーリンが病んだりしないか心配しつつ、次回のお話も楽しみにしております。
ではではー

コモレビ | URL | 2010/12/02 (Thu) 13:24 [編集]


ヒャッハー!淡色さんのナズー霖だぁ!
やっぱりナズはいいですね。妖夢が絡んでどっちの魅力も倍増しました!

今回も最高でした!次回も自分のペースで頑張って下さい!

唯 | URL | 2010/12/03 (Fri) 13:32 [編集]


妖夢は初心で可愛い!
ナズーリンも妖夢に探りを入れてみたりと中々黒かったり笑

やっぱりナズー霖は良いですね。
そこに妖夢も絡んできてニヤニヤしながら読ませていただきました。


冷え込む季節になりましたので体調を崩さぬようお気をつけください~。

豆腐屋 | URL | 2010/12/03 (Fri) 23:37 [編集]


 
 

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