淡色の空

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ささやかな悪戯心

こんばんわ、ご無沙汰してます。淡色です。

さて、今日は恒例のSS投下の日です。

まぁタイトルである程度予測がついてしまいますが、
最近某所で拝見しました霖之助さんと妖精の組み合わせに影響されまくりの一品。

霖之助さんは妖精を『頭が軽い』とは思ってますが、
ちゃんと一個の人格を持つ存在として扱っていそうな感じがします。

傍から見れば親子か兄妹にしか見えない組み合わせで、
のんびりほのぼのしてればマイジャスティス。

それでは以下よりどうぞ~。


(霖之助、ルナチャイルド)




幻想郷は、今日も穏やかな陽気だった。
香霖堂店内から見える、四角く切り取られた外の風景はまさに是平穏というものであったし、店内にいても自身のもの以外の音が殆ど聞こえてこない。
こんな日に読書をしない、などという思考回路は、生憎なことにこの店の店主に備わってはいなかった。
まさしく『晴読雨読』である。そんな慣用句はないが。

「……」

霖之助はいつものように店のカウンターに座り、昨日読みかけで栞を挟んでいた本の続きを追いかける。

今読んでいるのは、つい先日手に入れた、やや厚い装丁をした外の世界の本である。
内容は、今の外の世界で最も権威あり、また重きを置かれている科学技術の歴史についてである。
基本的に現在の外の世界にある道具は、この科学技術によって生み出されているものである、と霖之助は理解している。
無縁塚に流れてくる道具たちも、比較的新しいものは殆どがその例に漏れていないようだ。
だが、河童などごく限られた一部を除いて、この幻想郷には然程広まっていない技術であるがゆえ、壊れている外の道具の修理や使用方法の解明などに大きな足枷になっているのも、正直に言えば否めない。
それらの技術を何の予備知識もない状態で解明していくのは、予想以上に困難を極めるのだ。
河童の技術ですら、妖力など科学技術では想定していない力を用いている点があるため、外の世界の技術と同一かと問われれば、疑問符が残る。
なので、ならばその揺ぎない基礎的な知識を得るために、発展の歴史から紐解いていったらどうだろうか、と考え始めていたところに、この本がやって来た。
あの紅い吸血鬼風に言うのであれば、これが運命なのだろうか、とでも思いながら、昨日よりその内容に目を通している。

――ちょうど今は、生物化学の興りと黎明期の部分を、霖之助は読んでいる。
現在、外で主流となっているレベルの科学技術については余りにも難解で、考察は出来ても、果たしてそれは正しいのかまでは断定出来なかった霖之助であったが、その歴史や興りについては意外な程、理解することが出来た。
恐らく、黎明期における科学が、幻想郷にもある考えや理論とまだ曖昧な境界しか持ちえていなかったためであろう。
賢者の石を作り出そうとしていた錬金術は、科学の発展の基礎となったと言われる出来事としてあまりに有名であるが、それが最たる例である。
まだその時点では、魔術と科学の区別が殆どついていなかったのだ。
故に、その区別がはっきりしてくるこれからがより難しくなるのだろう、とも思いながら、霖之助は文字を追う。

「……ふむ、なるほど。生物の自然発生の否定か……」

呟くは、まさに生物化学黎明期の内容である。
太古より、生命は自然に発生すると考えられていた。
昆虫やダニといった虫に親がいることは知られていたが、親以外にも露や泥、果ては汗から自然発生すると考えられていたし、海に住むと言われるエビやウナギという生物も、同様に泥から発生するなどと考えられていた、とこの本には書かれている。
だが、この否定的な文脈を見る限り、現在の外の世界においては、その考えは完全に否定されているようだ。
まぁ、それについてはある程度、霖之助にも理解出来る。
この幻想郷においても、『親がいて子がいる』ということは、ある程度――妖怪の大賢者のような、一人一種族の妖怪については不明だが――当たり前の考えとして存在はする。
するのだが。

「……外の世界では、幻想郷の妖精のような存在はないのだろうか」

自然現象の具現化である妖精には明確な親の存在がないため、まさにこの説に逆行する。
あの存在に至っては、自然さえあればどこでも誕生する可能性があるのだ。
――だが、外の世界から忘れ去られたものがこの幻想郷に流れてくることも加えて考えると、外の世界では妖精という存在も、科学が発展していくことによって既に忘れ去られてしまったものになっているのかもしれない。
それに。

「……まぁ、たとえ外の世界に妖精がいたとしても、それがここで言っている『生命』の定義を満たしているかは謎か」

現象の具現化であるがゆえ、己が基になっている自然現象の消滅以外の要因では消滅することもない存在は、外の世界で言う『生命』とは明らかに異なった存在だろう。
いくら一個の意思を持った存在であるとは言え、終わりがない存在など、外の世界では『有り得ないもの』として除外しているはずだ。
そうやって『有り得ないもの』と『有り得るもの』を選り分けていくことにより、科学技術は少しずつ発展していったと、この本には書かれている。
実際、その通りなのだろう、と霖之助は思う。

――外の人間たちは、確かに幻想郷よりも遥かに進んだ技術を持つ。
しかし一方、その進んだ技術、物質的世界観から余りにも逸脱した現象や存在を軽視する傾向がある。
特に霊魂やら死後の世界といった、物質概念から離れてしまったものに対する評価がそれを顕著に表している。
と言うのも、科学技術における『存在の証明』とは、反復可能であることが大前提であるから、らしい。
つまり、『ある条件下であればほぼ確実にその現象が確認出来ること』が、絶対に必要であるようだ。
だが、物質という概念に縛られている外の世界の人間には、それを成し遂げるのは難しいことだろう。
一度忘れ去ったものを再び取り戻すのは、思ったよりも難しいのだ。
それ故、確実にその存在が確かめられる物質についての技術を進歩させるのだろう。
目先の存在、というと言葉は悪いが。そちらの方が証明が楽であるし、かけた時間だけ成果も得やすい。
長く費やした時間が無駄になる事ほど、人間にとって忌避されるものはないだろう。
――人間は、限りが極めて短い種族なのだ。
無駄は出来るだけ省いていくその行為を咎めるのは簡単だが、それは人間よりも長い生を持つことが出来るものの傲慢でしかない。

「……」

そんな事にも時折思考や考察を飛ばしながら、霖之助は本を読み進めていく。





――どれ程の時間が経っただろうか。
少なくとも、窓から差し込む光の角度が明らかに変わったことに見て気付く程度には、時間が経った頃。
夢中になって本を読んでいた霖之助は、いつの間にか起こっていた『ソレ』に気付いた。

「――?」

ぺらり、と本の頁を捲る、いつもやっている何気ない動作。
その動作と共に、必ず耳に入ってくるはずの紙が擦れる音が、聞こえない。
いつもやっているが故に気にならなかったのか、それとも聞こえなくなったのはたった今なのか。
それは分からないが、突然自覚した明らかに異常な事態に、霖之助は首を傾げた。

「――」

何だ?
そう、呟いたつもりだった。
しかし、間違いなく届くはずの己が声ですら、全く聞こえてこない。
――喉に手を当て、もう一度声を出す。
確かに喉は、声帯は揺れている。
いつも声を出す時と同じである。
だが、その結果としての声は、全く聞こえてこない。
頁を捲る音も、そして自分の声も聞こえてこないということは、聴覚に異常が起こったのだろうか、と霖之助は考える。
その考えは、同じような事態に陥ったものの考えるものとしては、至って正しい。
――しかし、ほんの数刻ほどで、しかも何も病気や怪我もないのに聴覚だけが全て失われるなどという、半妖にもかかる奇病がこの世にあれば、という前提付きであるが。

「――?」

明らかに何かがおかしいと感じた霖之助は、何気なく店内を見渡す。
――すると、たった一つだけ、妙な点があることに気付いた。
今、店の窓は開け放ってはおらず、そのため、勿論風が店の中に吹き込んではいない。
そしてこの店内に今いるのは霖之助だけであり、本を読み始めてから今まで、いつも通りカウンターに座っていた。
誰も動いてはいないはずである。
なのに、店の奥に続く出入り口にかけられた暖簾が揺れているのは、一体何故なのだろうか。

「――」

答えは簡単だ。
自分以外の誰かが、この暖簾を潜ったとしか考えられない。
まだ揺れていることを考えると、その『誰か』がこの暖簾を潜ってから時間は経っていないはずだ。
霖之助の聴覚が全く機能していない今を見計らったかのような侵入の仕方を考えると、この奇妙な聴覚の消失も、その侵入者によるものの可能性が高い。
まぁ、自身のすぐ横を通ったにも関わらず、その気配に全く気付かない程に読書にのめり込んでいた自分にも責があるのかもしれないが。

「……」

とは言え、勝手に店内どころか、普段霖之助が生活している居住スペースにまで潜り込んでいる相手が何者かは、全く分からない。
一体侵入者はどんな気性をし、見つかったと知れた時に如何なる対処をしてくるのか、全く不明である。
念のため、以前霊夢から貰っていた博麗神社の御札を幾枚か、霖之助は懐に忍ばせる。
手荒な真似事は出来ない霖之助ではあるが、これがあれば退治は出来なくとも、撃退くらいは出来るであろう。

「――」

慎重に、と霖之助は暖簾を潜り、店の奥へと向かう。
音は未だに聞こえてこない。
だが、それが自分の聴覚が消失しているだけなのか、それとも周りの音を全て消してしまっているのかは分からない。
もし後者であるならば別にいいが、前者である場合は、霖之助の立てる音は全て侵入者に筒抜けということになる。
不意打ちを考えるのならば、やはり音を立てずに忍び寄る方がいい。
――惜しむべくは、本当に音が立っていないのかを確かめつつ進むことが出来ないことだが、そこまでねだっても仕方ない。

「――」

住み慣れた自分の家の中を、霖之助はまるで自分が泥棒に入ったかのような動作で回る。
まず最初に居間に行き、そして寝室、道具を作る際の作業場と、金銭に関するものや価値があるものが置かれている場所を順々に巡ってみたが、どこにも侵入者の影はない。
――ここまで来ると、単なる物盗りではないのかもしれない。
決して広くない自分の家、その最後の場所である流し場へと、霖之助は向かう。

「――」

果たして、そこに侵入者はいた。
人間の子供くらいしかない背で懸命に背伸びをし、流し場の上にある棚を弄っている。
足元には、棚に置いてあった調味料やら茶葉やらが雑然と並べられており、どうやら何かを探しているように見える。
その小さな身長や、背には三日月のような羽根が生えているのを見るに、侵入者は妖精だったようだ。

――なるほど、妖精だったか。

犯人の素性を知り、霖之助は納得する。
妖精だったから、『音を消して侵入する』という見事な策を講じたにも関わらず、暖簾を揺らしてしまうという簡単なミスを犯したのだろう。
詰めの甘さは実に妖精らしい。
――そう思う一方で、その特徴的な形をした羽根や、これまた金髪を縦にくるくると巻いたような特徴的な髪型に、霖之助はどこか既視感を感じていた。
どうも、この妖精を初めて見たような気がしない。

――もしかして、以前どこかで会ったか?

そうは思ったが、何はともあれ、声もかけずに人の家に勝手に押し入った挙句に物色などという行為は、悪戯好きな妖精でももってのほかである。
仮に知り合いであっても、だ。
霊夢や魔理沙も勝手に入っていくことがあるが、その時は霖之助に声をかけていくだけまだマシだ。
断りも入れず声もかけず、主に見つからないように行うそれは、押し入りと言われても反論出来まい。
たとえ悪戯であっても、である。

「――」

はぁ、と音にならない溜息を吐く。
殆ど無意識の溜息だったが、目の前の妖精はそれには気付かずに物色を続けている。
――その様子を見るに、どうやら音が消えているのは霖之助の聴覚のせいではなく、この妖精の立てる音をも含めて消えてしまっているようだ。
なら、多少無遠慮に近づいたところで気付かれることは無いだろう。
霖之助は振動で気付かれない程度に歩みを弱めながら、妖精のすぐ後ろに立つ。
そして、随分と熱心に何かを探している悪戯妖精の首根っこを掴み上げた。

「――ゃっ!?」

その小さな身長に違わずに軽い体は簡単に宙を浮き、まるで猫のようにぶらん、と霖之助の手からぶら下がる。
霖之助の接近に全く気付いていなかったのだろう、妖精は背筋を硬直させ、一瞬行動が完全に止まった。
――だが、大人しくなったのも束の間で、すぐに妖精は宙ぶらりんのまま暴れだし始めた。

「な、何よ! ちょっと、放しなさいよ!」
「……ぁ、あー。ふむ、音が戻ったか。ということは、音が消えていたのも君のせいか?」
「ふふん、そうよ。便利でしょ……って、それよりも放してよ!」

くるり、と後ろを振り返った妖精の顔を、その時に初めて霖之助は見た。
――かちり、と、先ほど感じた既視感に、足りていなかった部品がはまったような感覚を、感じた。

「ん? 君は以前、蛍光灯を持ってきた妖精じゃないか。確か、ルナチャイルドと言ったかな?」

あれは大分前になるが、外の世界の蛍光灯を鑑定して欲しい、と霖之助の元に持ち込んできた妖精たちがいた。
三日月が反ったような羽根に、縦に巻いた金髪という目立つ出で立ちなのに加え、妖精が鑑定を頼みに来たこと自体に珍しさを感じていたために、霖之助の記憶にその名前と印象が残っていたのだ。
――まぁしかし、まさかその妖精に物盗りに入られるとは、その霖之助も全く予想していなかったのだが。

「全く、一体何をしようとしてたんだい? 見たところ、何かを物色していたようだが……」
「や、放して! 放してよ!」
「……?」

霖之助の言葉には少しも返すことなく、妖精はじたばたと暴れ続ける。
だがそこは、腐っても成年の男性である霖之助である。
単純な膂力の差と圧倒的な身長差から、それらの肉体的抗議は容易に空を切っていく。
――空を切るので、霖之助自身には暴れることによるダメージは全く無いのだが、単に逃げようとしているにしてはどうもルナチャイルドの様子がおかしいことに気付いた。
霖之助はこういう悪戯には慣れている――悲しいかな、厄介事を持ち込む来客は後を絶たないので、こういう事態は既に慣れてしまっているのだ――ため、その対処もまだ穏やかなものなのだが、それにしてはルナチャイルドは少々錯乱しすぎているように見える。

「こら、少し落ち着――」
「放して……よぉっ! ぅ、ぐすっ……おねが……放し、てぇ……帰し、てぇ……!」
「……はぁ」

ついに泣き始めたルナチャイルドに、霖之助は隠すことなく溜息を吐く。
悪戯が見つかったから慌てるにしては、聊か気が動転しすぎているのではないだろうか。
霖之助も説教の一つや二つくらいはしてやろうかと思っていたが、妖精が相手であるためにそこまで本気で怒ろうとも思っていなかった。
無論、それはルナチャイルドには分かるはずもないのだが、それにしてもこの取り乱しようははっきり言って異常である。
とりあえずは、まず対話ができる程度に落ち着かせるのが先決であろう。

「ぐすっ……やぁ……!」
「……仕方ないな」

とは言え、放したら一目散に逃げ去ってしまうことは目に見えている。
とりあえず霖之助は首根っこを掴むのを止め、ルナチャイルドをひょい、と持ち上げると、こちらへ向かせるような格好に抱えなおした。
――思ったよりも涙を浮かべていたルナチャイルドの目が、すぐ近くにやってきた霖之助の金色のそれと交差した。

「ぁ……」
「まぁ、少し落ち着くといい。確かに説教はしようかと思ったが、僕は君に何か危害を加えるつもりはないよ。そうでなくたって、君とは顔見知りだろうに。自分の知り合いに教育以上の手を上げる程、僕は冷血でも冷酷でもない」

まるで赤子をあやすかのような格好だが、悪戯が見つかって泣き喚くなど、幼児と大して変わらない。
幸いなのは、幼児よりも互いの言葉が通じる、といったところだけであろう。
――まぁ、霖之助は顔見知りとは言ったものの、相手が妖精であるため、ちゃんと自分を覚えているのか、と聞かれれば自信はなかったが。

「……本当?」
「ああ。ちゃんと僕の質問に正直に答えてくれるなら、だがね」
「……分かった」

すん、と鼻を鳴らし、涙を拭ったルナチャイルドは、霖之助が思ったよりも早く大人しくなる。
見知らぬ相手だったらまだ暴れているだろうが、そこは以前面識があるためなのだろう。
霖之助の顔を覚えてくれていたようで、幸いである。
――とりあえず、まずは何故こうも取り乱したのかを確かめる必要があるだろう。
いくら何でも、あの取り乱し方は尋常ではなかった。
その不安要素を完全に取り除かない限り、落ち着いた対話は望むべくもない。

「それで、どうしてこんなに取り乱したんだい? 悪戯が見つかったにしても、ちょっと大袈裟なんじゃないか?」
「……だって……」

ぽつり、とルナチャイルドは呟く。

「……人間に捕まったら、酷い事されるんでしょ? 人間はそうするって、書いてあった」
「……そういうことか」

呟かれたのはそれだけだったが、寧ろそれだけで十分すぎた。
膨大な量の書物を読んできた霖之助であるが、その中で妖精に対して酷い事をする旨のことが書かれているものなど、この狭い幻想郷とは言え一つしかない。

――全く。本当に趣味の悪い記述だ……。

その書物を書いた人物とは知り合いであるが、ルナチャイルドの言う事といい霖之助について書いてある事といい、思わず眉間を押さえたくなるような事が書いてある書物だ。
だが、あれは稗田の家に保管されているはずである。
妖精が興味を持つのも珍しいが、妖精ゆえに容易に目を通せるものでもないはずなのだが。

「とりあえず、僕は妖精にそういう事をするつもりは全くないよ。寧ろ、僕もあの記述はやり過ぎじゃないかと思ってるくらいだ。……しかし、君はどこでそれを読んだんだ?」
「この前、新聞配達に来た天狗に、ちょっとだけ内容の写しを見せてもらったの。『あんまり悪戯の度が過ぎると、これに書かれているような目に遭いますよ』って……」
「……ふむ……」

確かに幻想郷縁起は、今は人間以外にも公開されており、天狗も目にすることは出来る。
まぁ内容を写すのはご法度かもしれないが、バレなければ別にいいだろう。

――しかし、それをわざわざ妖精に教えてあげるなど、物好きな天狗がいたものだ。

少し前に霖之助が考えていたように、基本的に妖精には『死』の概念が無い。
それ故、幻想郷縁起にはあんな事が書かれているわけなのだが、てっきり妖怪も同じような考えをしていると、霖之助は思っていたのだが。

「ちょっと聞きたいんだが、君が読んでいる新聞というのは?」
「ん? 文々。新聞ってやつだけど……」
「ほぅ、なるほどね。君も読んでいるのか」

ルナチャイルドの答えに、霖之助は納得する。
ということは、この妖精に幻想郷縁起について教えたのは、高い確率で文であるのだろう。
確かに文ならば、ふとした気紛れやら何かでそういう事を妖精に教えていたとしても、まぁ驚く程不自然には思わない。
文も、あの内容には思うところがあったということかもしれない。
どのような意図があったにせよ、あの書物による余計な被害を未然に防ごうとしたところは、十二分に評価出来る。
評価出来るが――確か幻想郷縁起には、『鬱憤を晴らせばいい』程度の抽象的なことしか書かれていなかったはずである。
その程度の記述で、果たしてあのように怯えるものだろうか。

――これは一つの仮説だが、ひょっとして文は、あの記述を少々誇張してルナチャイルドに伝えていたのではないのだろうか。
そう、例えばその『鬱憤』とやらの具体的な方法などである。
口にするのも胸糞悪くなるようなものだが、それならばああも怯えた理由の説明がつく。
頭の軽いはずの妖精が、その内容を記憶出来ていたことの理由も、これで納得がいく。
それはあくまで霖之助の推測だが、ルナチャイルドの怯え具合と、そしてそれを教えた可能性の高い文。
決して無視できるほど低い確率ではないように、感じられた。
まぁそもそも、それだけ怯えるくらいなら悪戯など最初からしなければいいだろうに、という話になるのだが、妖精故にそうもいかないのかもしれない。
難儀なものである。

「……ねぇ、ちょっと」
「ん?」

そんな事を訥々と考えている霖之助の耳に、やや不機嫌そうなルナチャイルドの声が入る。
意識を目の前の妖精に戻すと、こちらには視線を合わせず、そっぽを向いたままの妖精の顔が見えた。
――若干、霖之助の目に入る頬が赤みを帯びているような気もしたが、それを霖之助が気にするより早く、ルナチャイルドが口を開いた。

「いつまでこの格好してるつもり? 私はもう落ち着いたから、いい加減下ろして。逃げたりしないから」
「ああ、そうだね」

言われて、霖之助は抱きかかえていたルナチャイルドを下ろす。
すとん、と自分の足で地に降り立ったルナチャイルドは、泣き腫らしたせいかいつもより少しだけ赤い、眠たそうにした目を、自分よりも遥かに高いところにある霖之助へと向けた。

「……その、ごめんなさい。勝手にここに入ったことは謝るわ」
「……ああ、そういえばそうだったね」
「そういえば、って……」

忘れていたことを今思い出したかのような声を出した霖之助に、ルナチャイルドは呆れの息を吐く。
そもそも、自身で『説教の一つや二つ』と言っていたり、ルナチャイルドが勝手に入ったのがバレて捕まってしまったために、酷い目に遭わされると思って泣いしまった――よりによって同じ妖精でもない、しかも男の前で、だ――のに、それの根本となった原因をどこかに飛ばしてしまっていたとは。
別な事を考えていたからかどうかは分からないが、商人としてはやはり、里の人間達とは一線を画しているようにルナチャイルドには思えた。

「ふむ。じゃあ次は、とりあえずここで何をしていたのか聞こうか」
「……その……このお店、前に来た時も、他の場所にはないものもたくさんあったから、コーヒー豆みたいな珍しいものもあるかな、と思って……。あっちになかったから、こっちを探してた。それに、店主はあまり商売に興味がなさそうにしてる、泥棒に入られても、本を読んでたらきっと気付かない、って話も聞いてたし……」
「……ちなみにそれは、誰から聞いたんだい?」
「神社の巫女と、白黒。境内で話してるのを聞いた」
「……そうかい」

霖之助が『正直に話せば何もしない』と言ったためか、妖精にしては随分と正直に話してくれる。
とりあえず、霊夢と魔理沙には香霖堂の店主が何たるものか、次に来た時あたりにしっかり説教してやろう、と霖之助は心に決めた。
――しかし、コーヒー豆とは、この妖精も変わったものが好きなものである。
この幻想郷の住人が飲むものは大半が緑茶、そして大分水をあけられて紅茶がこの幻想郷では飲まれているが、コーヒーはその二種類に比べ、圧倒的にマイノリティな飲料なのだ。

「コーヒー豆か。確かにある事にはあるが……君が飲むのかい?」
「うん、そう」
「……珍しいものだね。大抵、ああいう苦味があるものは、君くらいの子には敬遠されるものだと思っていたのだけれど」
「……だと思う。サニーもスターも、同じようなこと言ってたから」

どこか寂しそうに、ルナチャイルドは目を逸らす。
サニーやスター、というのは、彼女と一緒に来店した仲間たちのことか。
妖精が複数で一緒にいる、というのも珍しいものだが、それだけに、一緒にいる仲間から共感を得られないのが少し寂しいのかもしれない。
とは言っても、さっきから霖之助も感じていたが、このルナチャイルドという妖精は新聞を読んだりコーヒーを愛飲したり、少し妖精としては変わっている。
自然現象を具現化した存在としては、あまりに俗すぎる。
他の妖精には余り理解されないというのも、本人には言わないが仕方の無いことのような気がする。
――まぁ、悪戯好きであるところは、他の妖精と変わりは無いようだが。

「ふむ。それで、か。しかし、確かにコーヒー豆は珍しいものだが、別にここでなくても人里の茶屋にもあるだろうに」
「それは知ってるけど……人里のは、警備が固いんだもん。それに、人間もいっぱいいるし……さっきも言ったけど、入り込むならこっちのお店の方が簡単だと思ったから」
「……そうかい」

なるほど、本当に正直に考えていたことを話してくれているようで、実に結構である。
ひくり、と口角が上がるのを禁じえない霖之助ではあるが、現にこうしていとも簡単に侵入を許してしまった点を省みれば、反論は難しい。
とりあえず、その話題には触れずにおいておくことにした。

「……事情は分かった。だが、やはり勝手に持って行こうとしたのは感心出来ないね」
「……うん……」

霖之助の言葉に、しゅんと項垂れるルナチャイルド。
とりあえず危害を加えられない保障があるためであろう、素直に霖之助の言を聞き入れるつもりではあるようだ。
反省を全くせずに逃げ去るのに比べたら、随分と殊勝な態度である。
元々妖精相手に本気で説教しようと思っていなかったし、実害と言う形では損をする前に見つけられたため、二、三の小言と雑用で済ませる心積もりで、霖之助は再び口を開く。

「信賞必罰。良い事をした後も悪い事をした後も、等しく評価され、その賞罰を受けるべきだ。と言うわけで、とりあえずはこの床に並べたものを元通りにしてもらおうか」
「うん、分かった」

こくり、と頷いたルナチャイルドを見て、霖之助もよし、と呟く。
こうも素直に他人の言うことを聞く妖精も珍しいが、何にせよ、やると言ったからにはやってもらおう。
とりあえず逃げ出すそぶりもないので、霖之助はその場をルナチャイルドに任せ、自分は店の方へと戻る。
そして、いつもの定位置に座ると、カウンターの下をごそごそと弄り始めた。

「……神社で霊夢の話を聞いたということは……うん、ちょうどいい機会かもしれないな」



 ◇ ◇ ◇


「ねぇ、終わったよ。後片付け」
「ん? ああ、そうかい。分かった」

店の奥からルナチャイルドがひょっこり顔を出した。
霖之助が彼女に後片付けを命じてから、およそ四半刻ほど経った頃だっただろうか。
その頃には、霖之助はいつも通りカウンターの定位置に座り、一連の出来事が起きる前まで読んでいた科学技術の歴史の本の続きを読んでいたのだが、ルナチャイルドの報告を聞き、開いていた本に栞を挟んで、ゆっくりと腰を上げた。
勿論、ルナチャイルドがきちんと後片付けをしたかどうか確かめるためである。
何事か為した後の評価、確認というのは須らく行うべきである。

「どれ、じゃあ一応確認させてもらうよ」
「うん」

すたすた、とてとて。
先を歩く霖之助にルナチャイルドがついていき、流し場へと二人で向かう。

「――ほぅ」

流し場を一目見て、霖之助は感嘆の声を上げた。
足元に散らばっていた調味料やら何やらは、勿論全て片付けられていた。
適当に突っ込んだのではないか、とも思い、それらが入っていた棚を開けてみても、整然と整理されている。
それに加え、水場周りが、霖之助の記憶にあるものよりも幾分か綺麗になっているように感じた。
もしかしたら、後片付けの際に少々手を入れてくれたのかもしれない。

「わざわざ水場周りも掃除してくれたのかい?」
「まぁ……ちょっと気になったから。それなりにここも綺麗だったけど、私の部屋の方がもうちょっと綺麗よ?」
「ほぅ? そうなのかい?」

ルナチャイルドが誇らしげに薄い胸を張るが、そもそも妖精が綺麗にするような部屋の構造にしている事自体が不思議である。
口ぶりから、もしかしたら家具のような調度品を置いているのだろうか。
だとしたら、ますますこの妖精は変り種だ。
少々、人間や妖怪に近すぎる気がする。
変わっているが故に、本来群れて行動しないことが多い妖精であるにも関わらず、仲間とつるんでいるのかもしれないが、まぁ、今は置いておく。

「……ふむ。ここまでやってくれれば、僕としては文句はないな。よし、じゃあ今回は許してあげよう。もう勝手に人の家に忍び込むのは無しだぞ」
「……まぁ、このお店に入るのは止めておく」

ぷい、と顔を背けながら、まるで負け惜しみのようにルナチャイルドは返す。
全く反省していないような口ぶりだが、そもそも妖精に悪戯するなという方が無理な話だ。
そうでなかったとしても、妖精はすぐ物を忘れてしまう。
それはわざとやっているのではなく、あくまで『それが妖精』なのだから、その部分に目くじらを立てても何も始まらない。
とりあえず、霖之助はそんな天邪鬼なルナチャイルドの一言に、溜息を吐くことで終止符を打つことにした。

「それでもいいさ。君は妖精だからね」
「む……」

ぽすぽす、とルナチャイルドの帽子に手を載せ、霖之助は苦笑する。
不服そうに頬を膨らませたルナチャイルドだが、特に何かを言うつもりはなかったのだろう、黙ったまま、頭に載せられた手を受け入れた。

――さて。

後はこの妖精を自分の住処に帰すだけだが、その前に一つ、霖之助にはやっておこうと思う事があった。
――なに、別段変わったことをするつもりはない。
ちょっとした頼み事と、それに仕込んだ、悪戯込みの正当な評価というやつである。
まぁ、前者はともかく、後者に気が付くかどうかは彼女次第だが。

「……一つ、聞きたいんだが」
「ん? 何よ」
「君はさっき、霊夢と魔理沙――あぁ、いや、博麗の巫女と白黒の話を神社の境内で聞いた、と言っていたね。もしかして、博麗神社にはよく行くのかい?」
「行くも何も、あの神社の裏が私の家だもの。目と鼻の先よ」
「やはりか。それはちょうど良かった。……ちょっとついておいで」
「ん」

霖之助に言われ、ルナチャイルドは店舗の方へとついていく。
店舗と住居が繋がっている入り口の暖簾を潜り、霖之助はカウンターの椅子へ、ルナチャイルドはカウンターの向こうへ回る。
ごそごそ、と霖之助はカウンター下を探っていたが、すぐに何かが入った紙袋を取り出し、それをルナチャイルドに差し出した。

「……何? これ」
「ちょうど博麗の巫女に渡すものがあってね。頼まれてくれないかい?」

そう言われ、ルナチャイルドはやや不満げに、目の前の男を見上げた。
要は遣い走りを頼まれてくれ、と言っているようだ。
何でそんなことまで、とルナチャイルドは思ったが、ずい、とすぐ目の前に袋を差し出され、ルナチャイルドは反射的にそれを受け取ってしまっていた。
袋には少し固い箱みたいな何かが入っているような感じではあったが、受け取ってしまったことに気が付いても、既に後の祭りであった。

「あ、ちょっと……」
「助かるよ。いつもは放っておいてもうちに来るんだが、最近は来てなくてね。僕が行くのも面倒だったから、どうしようかと思っていたんだ。じゃあ、頼んだよ」
「……ぅぅ……」

悲しい哉、既にルナチャイルドが届け物を引き受けたというのは、確定事項に固まりつつあるようだ。
外堀を着実に埋められ、また勝手に家の中に侵入してバレた負い目もあるせいで、こうなってしまってはもう頷く他ない。
精々、普段からじとりとした眼差しをしている目を更にじっとりと細め、霖之助を睨めつけるくらいしか、ルナチャイルドに対抗手段はなかった。

「……分かったわよ。でも顔を合わせるのは面倒だから、どっかに置いとくだけにしておく」
「ああ、それで十分だ。中を見れば僕のものだと分かるだろうしね」
「ふん、そう。……じゃあ」
「――ああ、そうだ」

口を尖らせながら、さっさと適当な場所に紙袋を放り投げ、家に帰ろうと踵を返しかけたルナチャイルドの耳に、何かを思い出したかのような霖之助の声が入る。
何気なくルナチャイルドが振り返ると、何故か薄く――しかし、決して意地の悪いものではない――笑みを浮かべた霖之助がいた。

「――その袋に入っている、布製の装飾品を渡してくれればいい」
「? 何それ。何のつもり?」
「ああ、いや、一応言っておいただけだよ。それだけ、渡してくれればいい」
「?? ふぅん、まぁ分かったわ。それじゃあね」

からんからん、と、そこだけいい音色がするベルが、優しく来客の暇を告げる。
次は客として来てほしいがね、という、せっかくのベルが放つ雰囲気をぶち壊す霖之助の声を意識半分に耳にしながら、ルナチャイルドは香霖堂を後にした。







「……ふむ」

ようやく静かになった店内で、霖之助は一つ、息を吐きながら、誰にともなくにやり、と笑った。
まるで、悪戯の成功を確信し、物陰から今か今かと待ち構えながら見ている子供のように。
――ただ、そのちょっとした悪戯心が実るかどうかに不安要素があるとすれば、それはルナチャイルドが妖精である、ということだ。
果たして霖之助の意図に気付くだろうか、と気にはなる。
せっかく、少し捻ったやり方を考えたのだから、どちらかと言えば策略相成ってくれた方がいいに決まっている。

「……まぁ、あの子なら気付くだろう」

新聞を読むような変わった妖精なのだから、と、あまり根拠のないことに霖之助は頷くことにした。
まぁ気付かなかったら気付かなかったで、恐らく霊夢が霖之助の元に持ち込んでくることになるだろう。
そうなったら、その時に考えればいいだけだ。

「……さて、と。続きは確か、『雷を捕まえた科学者』……からだったかな」

そうしてまた、霖之助は本を取る。
これから挑むは、いよいよ現代の道具が動くための燃料となっている『電気』が登場してくる、現代科学への入り口だ。
ここからが、外の道具を扱う霖之助にとっての正念場である。
一時の油断もならないだろう。
意識を切り替え、霖之助は知識と文字の海へと、その身を投じた。



 ◇ ◇ ◇



ふよふよ、とのんびり空を舞いながら、ルナチャイルドは自分の住処へと戻る。
ちょうど空も赤みがかってきており、それをのんびりと眺めながらの遊飛行である。

「……」

手には、香霖堂から辞す時に霖之助から渡された、一つの紙袋がしっかりと握られている。
遣い走りにされるのは気に食わないが、それでも特に痛い目を見せることなく解放してくれた霖之助には、ルナチャイルドなりに感謝はしていた。
だからこそ、無理に押し付けられたこの紙袋を、今もその辺に放り投げることなく持っているのだ。
そうでなければ、今更こんなものを持って大人しく他人の指示に従っているはずがない。

「……」

ちらり、と、自分が持つ紙袋に目を落とす。
ここまで飛んでくる間に、何回もルナチャイルドがやった行為だ。
――悪戯心が湧いてきたわけではないが、実はそこそこ、ルナチャイルドは紙袋の中身が気になっていた。
霖之助の去り際の言葉の意味はよく分からないが、ああも妙に念を押されれば、一体どんなものが入っているのか気になるのは、自我を持った生き物の性であろう。
特に妖精は、その性で生きていると言っても過言ではない。

「……まぁ、別に中を見るな、なんて言われてないし……」

そうだ。
確かに霖之助は『渡してくれ』とは言ったが、『中を見るな』とは言っていなかった。
『妖精だから』などと分かった口を利いておいて、その妖精を相手に万全の押さえを施さなかった方が悪いのではないだろうか。
ふつふつと湧いてくるいつもの思考にゆらゆら迷いながら、ルナチャイルドは空を飛ぶ。

「……そういえば、あの店主、巫女と仲いいのかしら……」

何気なく呟いた、何気ない思考の一端について、彼女は考える。
……まぁ、いいか悪いかで言えば、良い方なのだろう。
確か『よく店に来る』と言っていたような気もするし、渡すのが道具ではなく装飾品というのも、何だかより親密な関係を匂わせるような気がする。
少なくとも、親しくない相手に装飾品を渡すなどとは普通考えないだろう。
そのくらいは、ルナチャイルドにも分かる。

「――ふんだ」

それがどことなく面白くなくて、ルナチャイルドはすぐ近くに聳えていた手頃な高さの木の枝に腰掛けると、ついに紙袋に手をかけた。

――そうだ、中を見るなって言わなかったあいつが悪いんだ。
――私には、何もくれなかったのに。

自分が勝手に霖之助の家に上がり込んで家捜ししていた事を棚に上げ、ルナチャイルドはぷりぷりしながら紙袋を開ける。
特に厳重に封をされたわけでもない紙袋は簡単に開いた。
勢いそのままに、その中を覗き込む。

「……あれ?」

そして、ルナチャイルドは頓狂な声を上げた。
紙袋の中には、確かに巫女に渡すのだろう、あの巫女がいつも付けている赤いリボンが入っていた。
――だが、よくよく考えてみれば、布製の装飾品が入っただけの紙袋に、固い感触なんかあるわけはない。
その感触の正体は、リボンではなく。

「……これ、コーヒー豆?」

見慣れない、小さめな透明の容器にぴったりと密封されているせいか、ルナチャイルドが嗅ぎ慣れた匂いこそしないが、それは確かにコーヒーの豆だった。

「……ん?」

その容器を取り出してみると、何やら白い紙切れも一緒にくっついていた。
開くと、妙にすらりとした、綺麗な書体の字が並んでいた。

――きっと我慢出来ずに開けるだろうと思って、この中に入れておいたのは正解だったようだね。これは、君に頼んだお遣いという行為に対する正当な評価、というやつさ。まぁ、気が付いて何よりだよ。

まるでオマケのようにくっついていた紙片には、それだけが書かれていた。

「……あの店主……!」

言動に似合わない、随分と綺麗な字が表現する小憎らしい内容に、ルナチャイルドは思わずくしゃり、と紙を握り潰した。
なんて回りくどい、そして精神的にずしりとくるやり方なのだろうか。
きっとあの帰り際の一言も、こうなるのを見越すどころか誘導するために言ったのだろう。
袋を開けるな、と言わなかったのも、だ。
はっきり言って、そこらへんの同族がやる悪戯よりもよっぽど妖精らしい気すらしてくる。
あの無愛想な顔で内心ほくそ笑んでいたと考えると、地団駄を踏みたくなるくらい、悔しい。

「……ふんだ。くえない店主」

少し乱暴に豆の容器をポケットに押し込み、紙袋の口を元に戻す。
くしゃりと丸めた、皮肉がたっぷりこもった紙は、更にくちゃくちゃに丸め、大自然の中に放り投げようとして。

「……ふん」

結局、ルナチャイルドは、それをポケットに押し込んだ。
――何だか、捨てられなかった。
それは、ある意味で、自分へ確かな評価をしてくれた証文のようなものだったから。

「……何よ。どうせ渡すつもりだったなら、最初から渡せばよかったじゃない」

――悪戯、というか、盗みをしようとは、した。
結局霖之助にはバレてしまったが、天狗の話に聞いていたような、想像もしたくない酷い事もされず、特に声を張り上げて怒られもしなかった。
けれど、その後始末はしっかりとさせられた上に、ついでとばかりにお遣いを頼まれて。
――でも、こうしてちゃんとお遣いを(結果的に)引き受けたルナチャイルドの事を、きちんと評価もしてくれた。
それ自体は、嬉しかったのだ。
やり方は小憎らしいが、それでもあの店主は、妖精だからと言って侮りはすれども、まるで物のように扱ってきたりはしない。
大分前の事のため、正直もううろ覚えになってしまったが、蛍光灯を持ち込んだ時もそんな印象だった。
そこは、何と言うか……いい、と思う。変わっているとは思うが。

「……変わった店主」

くすり、月の光の妖精は笑う。
そう、確かにあの店主は変わっている。
――けれども、その変わっている部分は、絶対に周りと同じになって欲しくはない。
そして、出来ればこの先も――今日と同じように、接して欲しい。
ルナチャイルドは、微かにそう願った。


月とは違い、滅多に欠けることのない太陽が沈むのを眺めながら、ルナチャイルドは一路、博麗神社へと飛んだ。
妖精にしては珍しく、自発的なお遣いを完遂するために。



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コメントコメント


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これは良いジャスティス……こういったさり気無い優しさというのも霖之助の魅力の一つだと思います。 暖かい話をありがとうございました

紫(ムラサキ) | URL | 2010/10/10 (Sun) 00:05 [編集]


霖之助さんマジ策士。

ほのぼのしました。ルナチャ可愛いよ!
イイ物を見せて貰いました。有り難う御座いました!

唯 | URL | 2010/10/11 (Mon) 17:09 [編集]


相変わらずな霖之助さん。
ルナチャは霊夢と霖之助が仲良くしているのが分かって気に食わない様子なのがかわいいじゃないか。

豆腐屋 | URL | 2010/10/12 (Tue) 22:38 [編集]


 
 

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