淡色の空

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配達先は紅魔の館

こんばんわ、お久しぶりです。淡色です。

前回のお話を投稿してから大分日が空いちゃいましたね……。
結構急いではいるんですが、多分今後は暫くこんなペースになりそうなので、
そこらへんはあらかじめご了承下さいです(´・ω・`)

さて、今回のお話は配達シリーズその壱「紅魔館」。
ふとした思い付きで、『幻想郷の色んなところに配達に頼まれた香霖堂店主』なる
電波を受信してしまったため、こっそり書き始めたブツです。
シリーズと題打ったとおり、一応予定では他の場所へのプロットも考えてはいますが、
ちゃんと全て続くかは怪しいところ……;;;

まぁ既にやってそうな作者さんがいそうですが、調べた限り見つからなかったので、
『だったら善は急げ!』的で、かなーり見切り発車だったりしまs(ry

とは言え、まずは第一弾をお楽しみ下さい。

それでは以下より。


(霖之助、レミリア)




「ほら、この前頼まれていた紅茶の葉数種類と、紅茶に合いそうな茶菓子一式だよ。これくらいの量でよかったかい?」

ぱら、と包みを解き広げ、その中に包まれていた品物を霖之助は簡単に説明する。
これらの品物は咲夜の注文を受け、霖之助が用意、選別した品物たちである。
七十センチ四方の風呂敷に満杯になるくらいの量であるので、普段咲夜が買っていく量の数倍くらいあり、実際品物が置かれたテーブルの上に小さな山を作るくらいの量はある。
その中の紅茶の葉を一つ手に取り、咲夜は満足そうに頷いた。

「ええ、十分です。今回開かれる茶会は、それほど規模の大きなものではありませんから」

――咲夜が今回の注文をしに香霖堂を訪れたのは、二日ほど前のことだ。
『今度紅魔館で茶会を開くことになり、その時に使う紅茶の葉とお茶請けがまとまった量、欲しい』。
それがその時に、霖之助が咲夜から受けた注文だった。
無論、霖之助は二つ返事に近い早さでそれを了承した。
あくまで香霖堂は古道具屋であり、咲夜が求めるような食料品を積極的に売る店ではないのだが、常連兼上客である咲夜の依頼であったことに加え、まとまった収入を得るチャンスでもあったからである。
しかし、最後に咲夜はもう一言付け加えた。
――すみませんが、それを後日、紅魔館まで配達してくれませんか、と。

「――しかし存外、中は普通の城なんだな。吸血鬼が暮らす城と言うから、もう少し薄暗いのを想像していたんだが」

香霖堂から大分距離を歩き、紅魔館の正門に辿り着いた霖之助が、サボっているのかきちんと仕事をしているのか分からない門番に案内され、取り次いだ咲夜にまず案内されたのが、今二人がいる応接の間であった。
一応、数回程度なら紅魔館を訪れたことがある霖之助だったが、その時は咲夜を介したパチュリーによる大図書館への招待であったため、真っ直ぐに大図書館へと向かっていたし、既に本の事で頭が一杯だったため、その途中の城の内装や中の様子には殆ど目を向けている余裕などなかった。
しかし改めて見てみれば、途中の廊下や通されたこの広い応接間の窓には、直射日光だけは最低でも遮る程度の薄いカーテンが閉められているくらいで、燦々とした明るさが部屋全体に照らしており、霖之助の思っていたそれよりも圧倒的に明るい。
この館の主がある程度太陽の光に耐性を持っていることは知っていたが、まさか普段の生活を送っている場所までも、人間や妖怪の生活している場所と同じ程度に明るいとは思っていなかった。
下手をすれば、普段の香霖堂の方が暗いのではないか、そう思えるくらいだ。

「お嬢様は特に用がなければ、今の時間は大抵眠っていらっしゃるか、起きていても余り部屋から出られないんです。なので、私たち使用人が仕事をしやすいように、館内を明るくする許可を頂いているんです」
「ほう、なるほどね。確かに昼に積極的に活動する吸血鬼というのは余り聞かないから、実に合理的な判断だね」

昼に活動していないのなら、自分がいる部屋だけを暗くすれば事足りる。
自分の特性や好みに周りを無理に合わさせようとしないレミリアの態度は、実に主として相応しいものであると言えよう。
――正直、レミリアと顔を合わせれば、その度によく我侭を言われる霖之助としては、今の今まで余り想像できなかった事ではあるのだが、どうやら自分の領域ではきちんとした主ぶりを発揮しているようである。
それを咲夜も誇りに思ってるのか、霖之助の言葉にしっかと頷いた。

「ええ。霖之助さんは意外に思ってらっしゃるかもしれませんけど、お嬢様は十分に紅魔館の主をなさってるんですよ」
「……まぁ、確かに意外に思ったのは事実だけどね」

――顔に出ていたのか?

咲夜の的確な指摘に、霖之助は僅かに首を傾げながら、その口元を手で押さえた。
そんな分かりやすい霖之助の仕草を見て、咲夜はくすり、と微笑んだ。
あまり表情が少なく、何を考えているのかは分かりにくいが、その分、何かを思ったり考えたりしている時には、それが顔や仕草に出やすいのが彼なのである。
――何故か、意外と周りには知られていないような気がするが。

「しかし、きちんと出来るなら、僕と会う時もきちんとしていればいいものを……」
「……たまには、この館の人以外の誰かに甘えたいこともあるんですよ。お嬢様も、気を張り詰めてばっかりではありませんから」
「……それは分かるが、意外と相手が大変なんだがね……」

はぁ、と霖之助は疲れた溜息を吐く。
――まぁ、大変と言っても子供の我侭を聞くようなもので、とんでもない無茶難題は余り言ってこない辺り、確かに普段の生活で慣れた相手以外でストレス発散をしているとも言えなくはないのだが、それはレミリアの事情であり、霖之助にしてみれば知ったことではない。
面倒な事は誰だって避けたいのである。
と言うか、そういうものは従者に対して色々と要望するのが普通なのではないのだろうか。
当の本人は不在であるため、霖之助が考えても詮無きことではあるが。

「……さて。配達はこれで終わりだね。せっかく紅魔館に来たわけだし、このまま大図書館に寄らせてもらおうかと思っているんだが、構わないかい?」
「ええ、大丈夫ですよ。パチュリー様も、『霖之助さんが来ると飽きない』と仰ってますから。……出来れば、すばしっこい泥棒もきちんと躾けてくれると嬉しいらしいですが」
「……僕もある意味被害者なんだがね」

紅魔館には幾度か入ったことがある霖之助だが、自由に出入りする権限が与えられているわけではないため、今回のように中に入ることが出来たら、必ず紅魔館に住む七曜の魔女がいる図書館へと足を運ぶ。
あくまで外の世界の本に興味がある霖之助ではあるが、あの蔵書量を前にして全く興味がないと言ったら、それこそ閻魔に舌を抜くどころか、地獄巡りツアー完全版に引きずり回される程の大嘘になってしまう。
余り外に出るのが好きではない霖之助が、決して近くはなく、かつ城の周りの霧を掻き分けて紅魔館まで足を運ぶ理由がこれなのだ。
そこは咲夜も、そして図書館の主であるパチュリーも分かっているので、数回目の来館ともなると図書館への案内もスムーズであった。
――と、そう思ったのだが。

「む、店主じゃない。館にいるなんて珍しいわね」
「ん? レミリアじゃないか」

まさに噂をすれば、であろう。
聞き慣れた声に霖之助が振り返ると、つい今し方まで話していたレミリアがいた。
その様子がいつも通りであったところを見ると、今まで寝ていたわけではなく、起きてはいたが部屋に篭っていたのだろうか。

「あら、お嬢様。何かございましたか?」

真っ先に咲夜はそう確認する。
何か用がなければ部屋から出て来ないレミリアがここにいるのだから、その確認は真っ先に行うべきものである。
さすがは咲夜、とでも言うべきか。
だが、レミリアは咲夜の問いかけには首を横に振った。

「ううん、別に何もないわよ。ただ暇だったから部屋から出てきただけだったんだけど……」
「……」

きらり。
霖之助を捉えるレミリアの目が、妖しく光った――ような気が、霖之助にはした。
とても嫌な予感も、その時に背中を物凄い早さで這いずり登って行った。

「さて。じゃあ僕は図書館に――」
「ダメ」

何気なさを装いながらそそくさと脱出を試みてみたが、やはり捕まってしまった。
がっちりと、まるで獲物を捕えた肉食獣のそれのように、レミリアは霖之助の袖をきつく握っていた。
ぎりぎり、と指が腕に食い込み、少々痛いくらいだ。

「……一応、聞いておくよ。何か用かい?」
「ふん、一応って何よ。用がなかったら、貴方みたいなのを引き止めるわけないでしょ」

随分な言い草だが、確かに道理である。
ただ、レミリアの言うその用というのが、霖之助の経験上ロクでもないものが殆どだったのであるが。

「僕が聞いているのは、その用の中身だよ。少なくとも今のところ、君が言葉にする『用』というのにあまり良い思い出がなくてね。出来ればこのまま、七曜の魔女のところまで行かせてくれると嬉しいんだが」

はっきりと、半ば突き放すように霖之助は言い放つ。
このくらい釘を刺しておかないと、この幻想郷の少女が相手では押し切られる公算が高いからだ。
無論、それはレミリアも分かっている。ゆえに恐らく、効果もない。
次には悪態を吐きながらも霖之助を図書館へと向かわせないようにするはずだ。
――そしてそれは、残念ながら的中してしまった。

「ちょうど暇してたところだったの。適当に付き合ってくれる?」
「僕である理由がないな。僕の後ろに、君も自慢する優秀なメイドがいる。彼女に言ってくれ」

霖之助はそうとだけ告げると、そのまま部屋を出ようとする。
出ようとして、掴まれた時よりも遥かに強い力でまた引っ張られた。

「……貴方、知ってる? この紅魔館の主が誰なのか」
「一応はね。だが常々思っているんだが、やはり一城の主たる者はもっと泰然自若でどっしりと構えた人物であるべきだ。そういう意味であるならば、今僕の目の前には主らしい人物はいないことになるね」
「別に寂れた店の主が言う君主像に興味はないわ。ただあくまで頭に入れておいて欲しいのは、図書館に入る許可を出すのも出さないのも、結局のところ私の裁量一つなんだ、っていうことよ」
「だが、あの大図書館の実質的な主は君ではないはずだ。確かに所有権は君のものなのかもしれないが、実質的な管理人は魔女の方だろう?」
「まぁね。でもそれは、私があくまで預けているだけ、という事でもあるのよ。実質的な管理者であっても、その所有権を有しないのであれば、あくまで権利を所有者から委託されてるだけに過ぎない。そうは思わない?」
「確かに君の言う事に一理ある。だが、僕からすればその実質的な支配者に許可を貰えれば、後は別に知ったことじゃないさ」

概して、レミリアの言うことは全て間違ってはいない。
だがそれはあくまで『利用者』という、所有者や管理者よりも低い権限には直接的な関係はないレベルの話だ。
所有者が『ダメ』と言っても、管理者が『良い』と言えば、後は利用者対所有者ではなく、管理者対所有者という図式に置き換わる。
霖之助が『パチュリーから許可を貰えれば十分』と言っているのはこのためだ。
そして、その許可は大分前から貰っている。

「それに、パチュリーになら入館してさえいれば、いつでも図書館に来てくれて構わないという言葉を貰っている。後は君とパチュリーの話だ。僕には関係ない」

咲夜曰く、部外者を図書館に自由に出入りさせるのは、少なくとも彼女が見てきた中では霖之助が初めてらしいが、あの魔女も霖之助の知識量や保有している持論をそれだけ評価しているということだろう。
一人だけの研究は捗るであろうが、凡そ、その研究の偏りは避けられない。
自分とは違う考えを持つ他の誰かとの折衝があって初めて、研究というのは一歩先の次元へと進むものだ。
それはパチュリーだけでなく、霖之助自身にも経験がある。
恐らく、そういった経験面でも通じるものがあるからこそ、なのではあろう。
――だが、今までのやり取りだけで目の前の吸血鬼が納得するのなら、今までの苦労は全くなかった、と言ってもいい。
予想通り、言葉のやり取りはまだ続いた。

「……まぁ、権利云々の話は一旦置いておいて。とは言え暇なのよ。咲夜もまだ仕事が残ってるはずだし、忙しそうな人よりも暇そうな人を捕まえるのは当たり前じゃない?」
「それは確かに道理に適っている。咲夜としても命じられれば素直に従うだろうが、負担を考えればそちらの方が助かるだろう。だが君のお守りと図書館を比べたら、どうしたって後者に傾くのは致し方ない。それに吸血鬼である君は普段、この時間は行動時間じゃないだろう? 昼寝でも何でもしていればいいじゃないか」
「それはそうなんだけど……」

ここに来て初めて、レミリアの言葉がどもる。
それを勝機と見たのか、霖之助は一気にまくし立てる。

「僕としても、紅魔館に自由に出入りできるわけじゃない。君は好きなように僕の店に来ることが出来るが、僕はその逆が出来ない。となれば、滅多に入ることのない場所にある興味ある施設に行きたいと思うのは当然だ。こればっかりは、如何な館の主でも邪魔して欲しくないというのが本音だね」
「……う~……」

霖之助の言葉に正当性を感じるのか、レミリアはついに唸るだけとなった。
だが油断は出来ない。
基本的に理で説いても全く通用しないのがこの幻想郷の少女たちである。
従者を従え、館を統べる立場であるレミリアは、どちらかと言えばまだ話せば通じる方ではあるが、決して例外ではない。
霖之助もそれを分かっているので、すぐ未来に来るであろうレミリアの無茶を上手くいなすだけの選択肢を、着々と頭の中で構築中であった。

――だった、のだが。

「……何よ。そんなにパチェのとこに行きたいの?」

予想していたような我儘なものではない、どこか不貞腐れたレミリアの声と共に、霖之助の袖が急に重くなった。
相変わらず握るレミリアの力は変わらないが、腕を支えている力だけが、まるで脱力したように抜けたためだった。

「あぁ、まあどちらかと言えばね」
「……パチェの所の方が、面白いから?」

――私よりも?

危うく出そうになったその言葉はだけ決して外には出さず、息と共にレミリアは飲み込んだ。
その言葉だけは、口にしてはいけない気がした。
仮にも親友であるパチュリーと自分とを、他の誰かに天秤にかけさせるような真似は出来ないし、すべきではない。
それは何より、親友への侮蔑行為に他ならない。

――ふむ。

一方、どことなく霖之助はレミリアの様子が変わった事に勘付いた。
別に勘が鋭いわけではない――寧ろ、色々な相手から鈍感だの何だの言われているくらいである――が、霖之助でも一つだけ、それなりに培われている勘がある。
――商人としての勘である。
それが、『顧客の機嫌を決定的に損ねる事になるため、安直に頷くべきではない』。
そう告げた気がした。

「いや、まぁ彼女の所には見上げる程本があるからね。面白いには面白いが、あくまで僕の知的好奇心を満たすから面白いだけさ。他意はないよ」
「……そう」

そうとだけ呟くと、ぱっとレミリアはその手を離した。
――ほ、と、どこからか安堵の溜息が聞こえた気がしたが、空耳だったのかもしれない。

「じゃあいいわ。今日は許してあげる。好きになさい」
「……そうかい。一応感謝しておくよ」
「ふん。私の思い通りにならなかった相手に礼を言われても、嫌味にしか聞こえないわ」

ぷい、とそっぽを向き、レミリアはそのまま応接の間にとことこと入っていく。
霖之助が捕まらなかったため、ここで暇を潰そうとしているのだろうが――。

「――」

しかしどうにもあっさり過ぎて、霖之助は逆に落ち着かなかった。
何か企んでいるから、こうも簡単に解放したのではないだろうか。
そんな疑心暗鬼が芽生えるが、とうの本人は咲夜に仕事の続きをするように命じている。
その命令の言葉にも動作にも、そして表情にも、何か変わったところは見られない。
あくまでいつも通りのレミリアである。

――考えすぎか。

霖之助はそう思い直す。
確かにいつもよりも余りにあっさりとした顛末ではあるが、仮にも一城の主であるレミリアが、規模も能力も全く歯牙にかけていない相手に何かを企むというのも、彼女のプライドからすれば考えにくいことではある。

「……さて」
「霖之助さん」

レミリアの『好きにしろ』という言葉どおり、図書館に向かおうとした霖之助を、咲夜が呼び止めた。
どうやら応接の間以外の場所で作業を行うのであろう、霖之助の傍を通り過ぎる際に歩く速度を落としながら、レミリアには届かないよう、呟きに近い声で霖之助を呼んだのだ。
――本日二回目の、嫌な予感が、した。

「……何だい?」
「すみません。無理を承知でお願いしますが、今日はお嬢様のお相手をして頂けないでしょうか?」
「……やっぱりかい」

はぁ、と霖之助は溜息を吐く。
咲夜が声をかけてきた時点で、そうではないかと思ってはいたのだが。

「さっきも言ったが、あの子の相手は疲れるんだ。同じ時間を使うなら、出来れば有意義な方法で使いたいんだが」
「仰ることは分かりますが……お嬢様、ああ見えていつもより大分落ち込んでいらっしゃるんですよ」
「……本当かい?」

ちらり、と霖之助はレミリアを見やる。
当のレミリアは、どこからか持ってきた愛用の日傘を片手に、自分の身長と同じくらいの安楽椅子――分かりやすく言うなら、木馬のような足を持ち、肘掛がついた、ゆらゆらと前後に揺れる椅子のことである――を窓際に引っ張ってきているところだった。
椅子が少々大きく、またゆらゆらと揺れるために引き摺りにくく、難儀しているようであるが。
――霖之助がそれを見た印象ではいつもと変わらないが、長年仕えてきた従者にだけ分かる、微妙な機微があるのだろうか。
とりあえずそこは咲夜を信用するしかないが、彼女ならば信用してもよさそうだった。

「……だが、僕に利益がない。ある程度のサービスはするが、あまり得にならない事は職業上、したくはないんだ」
「でしたら、今日はご夕飯に招待したいと思っています。それと、今回の補填とプラス一回の入館のお約束も」
「む……」

食事を摂らなくても問題ない霖之助からすれば、正直なところ前者の提案だけだったならば、いくら上客の咲夜が相手であるとは言え図書館へと向かっていただろう。
だが二つ目の提案が中々に魅力的だった。
今回の入館を棒に振る代わり、その埋め合わせとプラス一回、紅魔館に入る機会を用意してくれると言うのだ。
――その提案は、決して悪くはなかった。
今回一回分を我慢すれば、今日の夕飯とプラス二回、図書館を利用できるチャンスを得られるのだ。
悪い取引では、決してなかった。

「……はぁ。まぁそれを約束してくれるならいいさ。しかし、今回限りにして欲しいところだけどね」
「はい。有難うございます。……本当に」

ぺこり、と一礼し、咲夜は「それでは」と部屋を後にした。
――後に残ったのは、何とも言えない渋面を作る、いつも以上に無愛想な店主と、相変わらず椅子を持ってくることに苦労しているこの館の主だけであった。

「……はぁ」

霖之助はまた溜息を一つ吐くと、すたすたと紅い悪魔へと歩み寄った。
その足音を聞いたからだろう、レミリアは足音の主を振り返らず、言った。

「あら、咲夜? 仕事続けていいって――」
「君はいつまで大変そうに椅子を引き摺っているつもりだい?」
「――え?」

ひょい、と引き摺られる椅子を霖之助がレミリア越しに持ち上げるのと、驚きで目を見開いたレミリアが後ろを振り返るのはほぼ同時だった。
いつもはゆらゆらと揺らめいている蝙蝠の翼がぴん、と張ったのは、その驚きのためだろう。

「――」
「これを何処に持っていくつもりだったんだい? 日傘を持っているところを見ると、窓際にでも行こうとしていたんだろうが……その傘で日光浴でもするのかい?」
「……何しに来たのよ」

自身の後ろにいたのが霖之助である、と認識できたレミリアが、途端に不機嫌そうに唇を尖らせる。
――まぁ普通ならそうなるだろうな、と椅子を持ち上げながら霖之助は思う。
誰だって一度自分の誘いを断った相手が、何食わぬ顔でその誘いに乗ってきていたら不快感を覚えるはずだ。
だからこのレミリアの反応は至って自然で、そして霖之助の予想の範囲内であった。

「君は好きにしろ、と言ったね」
「ええ、言ったわ。だからさっさと――」
「あぁ、だから好きにさせてもらうことにしたよ。今日は君に付き合うことにした」
「――へ?」

ぽかん、としたレミリアをよそに、霖之助は椅子を抱え、窓際へと向かう。
窓際に行こうとしていた、というのはあくまで霖之助の予測であったのだが、レミリアのもつ日傘と、椅子を引いていた方向が窓辺であったことを考えると、恐らく間違ってはいないのだろうという判断からだった。
それを適当な場所に置き、霖之助は再びレミリアを振り返った。

「ここで良かったかい? ……何だ、まだ呆けているのか?」
「あ、いや……その、窓とは逆になさい。流石に正面向くのはまずいから」
「ああ、そうかい」

くるり、と椅子を光差す窓とは反対に向ける。
そこでようやくレミリアも意識が戻ったのか、てくてくと傍にやってきた。

「……どういうつもり?」
「どういうつもりも何も、さっき言ったとおりさ。好きにさせてもらうだけだよ」
「……咲夜が、そう頼んだの?」
「さてね」

霖之助は知らん顔を決め込む。
レミリアの言葉通りなのだが、下手に余人に言われたからやりました、と言えば、ただでさえ機嫌が芳しくないレミリアの機嫌を更に損ねることになりかねないし、咲夜にも累が及ぶ可能性がある。
ただでさえ面倒なのだから、これ以上面倒にする必要は何一つなかった。

「……そう」

霖之助の言葉を、表情と合わせて吟味しようとしたレミリアは、しかし途中でそれを切り上げた。
この男が今のように知らない振りをして言葉を濁らせるという事は、決して低くない確率でその通りであることが多い。
それにこの変わり身の早さだ、自分から考えての行動ではないことくらい、レミリアにも簡単に予想がついた。
自分からの行動でないのなら、咲夜からの促し以外に有り得ないだろう、とも。
――だが、今ならそれくらいの事は見逃してやってもよかった。
正直なところ、自分の頼んだことは断っておいて、咲夜の頼みは聞いたあたりに何とも釈然としないものを感じると言わざるをえないが、そこも主人の事を考えて行動した咲夜に免じて不問とした。
いかな起因、きっかけがあったにせよ、霖之助は自分に付き合うとはっきりと言った揺るぎない結果があるのだ。
それで十分だろう。

――なら、その言葉通りにしてもらおうかしらね。

レミリアはにたり、と笑いながら、そう心に決めた。
さっきまではそんなに芳しくなかった機嫌が一気に戻ったのは言うまでもない。
実に満足した、晴れ晴れしい気分だった。

「さて、これからどうするんだい?」
「……そうね。じゃあ、まずその椅子に座りなさい」
「……僕がかい? 君が座るために持ってきたんじゃないのか?」
「いいから。さっさと座りなさい」
「ふむ……まぁ、君がそう言うのならいいが……」

訳が分からない、と言わんばかりの顔で、霖之助はレミリアに言われたように椅子に腰掛けた。
座り心地は悪くない。さすがはレミリアの居城の家具である、といったところか。
決して安物では無い椅子に、霖之助は改めて深く腰掛ける。
ぎしり、と椅子が霖之助の体重で前後に揺れた。

「よっと」

そこへ、レミリアがひょい、と飛び乗ってきた。
更にかかってきた体重で、揺れが収まりつつあった安楽椅子が、もう一度大きく前後に揺れた。

「……ちょっと待て。何で乗ってくるんだ?」
「ん? 何か問題ある?」
「そうだね、まずは必要性が無い。それに僕が動けなくて、そして重い。三つも問題点がある」
「ちょっと店主。前二つはどうでもいいけど、レディに対して重いなんて言うのは失礼よ?」
「前二つの方が重要だよ。それと、少なくとも僕の中の『レディ』はもう少し落ち着きのある、淑やかで妙齢の女性のことを言うんだと思ってたんだけどね。僕の目にはそんな女性は映ってないよ」
「あら、私を捕まえて淑やかだなんて、釈迦に説法も良いところね。それにこう見えても、何も知らない里の小娘みたいに若くないんだけど?」
「ぜひ、一度パチュリーの図書館に行って辞書を見せてもらうことをお勧めするよ。それと、成長の無い加齢は全く無意味だとも付け加えておこうか」
「……一々やかましいわね。私に付き合うって言ったんだから、ごちゃごちゃ言わないで付き合いなさいよ」
「……確かに言ったがね……今、それを失策だったと、心の底から後悔してるところだよ」
「あらそう。まぁもう過去には戻れないから諦めなさいな」

はぁ、と溜息を吐く霖之助の上で、レミリアの手に持たれていた白い日傘が咲いた。
それを自身と霖之助の肩に置きながら、さて、と一拍置いて、続けた。

「じゃあ貴方の作った傘で日光浴がてら、何か面白い話を所望しようかしら。飽きさせたら寝るわよ?」
「……出来れば、大人しく寝てくれた方が僕としても良いんだがね」
「あら。寝かしつけて何するつもり?」
「そうだね。とりあえず君を置いて図書館にでも――痛っ!」

レミリアに聞かれた事を正直に答えようとした霖之助だったが、レミリアの繰り出した肘が腹部に直撃し、紡がれようとしていた言葉は絡まって落ちた。
何故、と思って自分の膝の上にいるレミリアを見れば、ぷっくりと不機嫌そうに頬を膨らませていた。
如何にも不満げ、という顔だが、事実それに間違いは無かった。

――そういう意味で言ったんじゃないのに。

レミリアはそうは思うが、この無愛想な店主から色のある返事を求めると言うのが、そもそもにして無茶な話なのかもしれない。
それに、こういう質問はあくまでされた側が慌てる様を愉しむものだ。
霖之助が相手では、例え色ある返答が返ってきたとしても、慌てる様子もなく、真顔で真っ当に言ってきそうなところである。
――そうなれば、慌てるのがレミリアの方になってしまうかもしれない。
答えには不満だったが、とりあえずこの場はよしとすることにした。

「ほら。さっさと始めなさい。陽が暮れるでしょう?」
「別に慌てなくてもいい。今日は晩餐に招待されたから、それまではここにいるさ。まだまだ時間はある」
「あら、そうなの? 咲夜が誘ったのかしら。まぁ、それだったら確かに急ぐ必要はないわね。その分、店主のネタが枯渇しそうだけど」
「……ただ話すだけなら、それなりに自信はあるんだがね。ただ、君の言う面白い話となると、霊夢や魔理沙の反応を見る感じだと多分極端に減るね。確かに話題の枯渇に関してはまずい、と言わざるを得ないな」

ゆらゆら。
日傘と一緒に、二人の体が揺れる。
定期的な心地よい揺れを感じながら、霖之助は何を話すべきか考える。
――正直なところ、何を話したとしても、この吸血鬼にはつまらないと一蹴される様しか浮かんでこない。
浮かんでこないのだが、やらないと後が怖い、というからタチが悪い。

――余り気乗りしないが……上客の機嫌を損ねるべきではないか……。

はぁ、と霖之助は溜息を吐く。
そう思ってでもいなければやってられないのだ。

「……それじゃあ、この前僕が無縁塚に行った時の話だが――」
「ふんふん」

訥々、と霖之助の語りが始まる。

――ゆらゆら、揺れる。
揺れるのは椅子と日傘、そこに座る霖之助の体と、それに寄りかかるレミリアの体。
その穏やかな揺れを感じながら、レミリアは満足そうに霖之助の言葉に相槌を打った。
体全体の揺れと、耳朶と頭を揺らす声の振動の二つ揺れは、レミリアの思っていた以上に、心地よかった。


 ◇ ◇ ◇


既に陽が沈み、あれだけ明るかった紅魔館内にも、燭台による灯りが必要になった頃。
咲夜はついさっき、妖精メイドによって明かりが灯された廊下を歩き、応接の間へと向かっていた。
何の事はない、夕食の準備が出来たため、レミリアと霖之助を呼びに来たのだ。
そして目的の部屋に着くと、咲夜は控えめにその扉を叩いた。

「お嬢様、霖之助さん。晩餐の準備が整いました」

いつものように、咲夜は部屋の中にも聞こえるよう、ほんの少し声を大にして言う。
――だが、部屋の中からは、いつも聞こえるはずのレミリアの声どころか、霖之助の声すらも聞こえては来なかった。

「……お嬢様?」

レミリアの私室であったのなら、さしもの咲夜もそう簡単には足を踏み入れることはないのだが、ここは応接の間である。
そろり、と扉を開けると、中の灯りは点いてはおらず、ここだけ外と同様の闇が支配していた。

「……」

二人ともここにはいないのか、とも思ったが、一応咲夜は部屋の灯りをつけるべく、この部屋の燭台へと手を伸ばした。
――暫しの空白の後、人工的な灯りが、それまで部屋を席巻していた闇を取り払った。
そして明らかになった部屋には、咲夜がこの部屋を出る前にレミリアが引っ張っていた、窓際を背にして置かれた安楽椅子と、その椅子の背もたれに咲いたレミリアの日傘、そしてその日傘から僅かに覗く霖之助の銀髪が見えた。
――しかし、灯りが点いたにも関わらず、その頭はぴくりとも動かない。
いや、動いているには動いているが、それは椅子の定期的な動きで前後に揺れているだけであり、決して霖之助が自発的に動いているわけではない。
それに、どうもレミリアの姿が見当たらないのはどういうことなのか。
その諸々を確かめるために、咲夜は椅子に座っているだろう霖之助へと歩み寄った。

「霖之助さ――」

その店主の名を呼ぼうとして、咲夜は自らその声を押し留めた。
――レミリアは、いた。
安楽椅子に座る霖之助の膝の上、その胸に右耳を押し付けながらもたれかかり、どこかうっすらと笑っているようにも見える顔で、実に気持ち良さそうに眠っていた。
霖之助の方も、そんなレミリアを両腕で抱えながら、こちらもいつものような無愛想な仏頂面ではなく、随分と幼い顔で眠っている。
――それも、レミリアに負けず劣らず、穏やかな寝顔だ。

「――ふふ」

咲夜は自然と笑みが零れた。
霖之助が『付き合う』と言った手前、彼のことならきちんとレミリアの相手をしてくれているだろうと思っていたが、それはどうやら間違いなかったようだ。
何だかんだで、自身が遂行するのに無理ではない頼み事は聞いてくれるからこそ、レミリアや咲夜も彼に色々と頼むのだ。
それは咲夜が霖之助へと向ける信頼、と言っても行き過ぎではないだろう。

「……そうですね。もう少しだけ、待ちましょうか」

部屋に灯りが点き、咲夜が目の前に立っても気付かないという事は、二人とも深い夢の中なのだろう。
霖之助の方は少々顔を歪めたりしているあたり、それほどかからずに覚醒するだろうから、それまでは待ってあげよう。
そう決めると、咲夜は二人が座る椅子の傍へと控えた。

「――ん……」

――霖之助が覚醒するまで、それほど時間はかからなかった。
まだ覚醒しきれていない霖之助と目が合い、咲夜は笑顔で会釈をした。

「――良い夢は見られましたか、霖之助さん」


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uoooooooooooooooooooooooooooooooo
来た来たぜ俺のジャスティスが
くそーー俺の邪気眼が騒ぎまくるぜ
この光景を写真に収めてレミリアに見せて反応を楽しみたいぜ

次は博霊神社でも行って霊夢と2828する話がみたいぜ

猟奇王 | URL | 2010/08/10 (Tue) 00:28 [編集]


おぜうが嬉しそうで何よりです。
膝の上でぐっすり眠っているレミリアとかもう最高ですよ。

豆腐屋 | URL | 2010/08/10 (Tue) 22:02 [編集]


とにかくもう幸せ感が溢れ出てて
もうとにかくニヤニヤするしか俺には出来なかったぜ

| URL | 2010/08/12 (Thu) 10:30 [編集]


ああもうこーりんかわいいですわ

狗豆 | URL | 2015/03/21 (Sat) 16:56 [編集]


 
 

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