淡色の空

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ただひたすらに穏やかな来店

はーい、どうもこんばんわ。淡色です。

今日お届けするのは、【宝探しでの出来事】の続編となるお話です。

本来なら創想話へUPすべきお話なんですが、今回は本当に続編であり、
前作を読んでいないと、今回の話に出てくるアイテムや出来事が
大分イミフな話になってしまったため、多くの目に触れることになる
あちらへのアップを断念してこちらへ。
主役はまさかの星さん。ナズーリンは脇役へ。
前作を読めばどう見てもナズーリンのお話になる予感でしたが、
『実は最初からこうするつもりでした』とか、そそわのコメントを見たらとても言えませんでした……!
そのうち創想話にお話をあげるときに通知でもしておきましょう……。

そしてタイトルどおり、本当に穏やかに会話するだけになってしまった感バリバリ。
何故か星さんが相手だと、書いてるこっちがほのぼのしてまうがな……!

一応これで【宝塔の行方】【酒精と醍醐と醍醐味と】と、三作からの続き物は一旦終結です。
後は個別ルート突入、といったところでしょうか。

うだうだした前置きは以上。
続きは以下へ~。


「~♪」

鼻歌を歌いながら、星は風呂敷に包まれた荷物片手に、とことこ寺の縁側の廊下を歩いていた。
今日は久しぶりに仕事も順調に片付き、これから午後は特に何の予定も入っていない。
そして外は、まるでお膳立てされたかのような綺麗な快晴である。
外に出るには絶好の日和であった。
外に出るのに絶好なのだから、こういう日に外に出ないのは損というものだろう。
そのままとことこ縁側を歩き、星は陽気に誘われるように、寺の境内へと向かう。
――境内まで出ると、そこには箒を持った一輪がいた。

「あ、すみません、一輪。ナズーリンを見かけませんでしたか?」

一輪を見つけた星は、そう声をかけた。
彼女はこうして大抵境内にいて、里の参拝客や子供たちの相手をしているため、寺から出て行ったメンバーの顔ぶれを聞けば大抵は答えてくれる。
一輪もこの陽気に機嫌が良かったのだろう、ニコニコした顔で星を振り返った。

「あら、寅丸さん。えぇっと、ナズーリンならついさっき、どこかに出かけていきましたよ。何でも暇だから、適当にその辺をぶらついてくるとか言ってましたけど」
「う、そうでしたか……。ん~、分かりました。ありがとうございます」

いいえ、と、相変わらずニコニコしている一輪は、ふと星が何か荷物を持っていることに気付き、少し、首を傾げた。

「もしかして、何か届け物を頼もうとしてたんですか?」
「ああ、いえ、そういうわけではなかったんですが……ちょっと出かけようかと思ってたので、声をかけておこうかな、と。まぁ、いないなら仕方ないですね」

なにぶん、今から星が出かけようと思っている先は、まだ行ったことがない場所なので、かつて行った事があるナズーリンがいると心強かったのだが、いないものをねだっても仕方あるまい。
今日のように絶好の機会が次にいつあるか分からないのだ。
少々予定の歯車がずれはしたものの、致命的ではないのなら決行すべきであることに、星は何の疑問も抱かなかった。

「お出かけですか。今日は天気もいいですし、ちょうどいいですね」
「はい。私の方ももうする仕事がなくなりましたし、ちょうどいい機会だと思いましたから。……じゃあ、ちょっと行ってきますね」
「ええ、行ってらっしゃい」

気持ちのいい天気に相応しい、気持ちのいい挨拶を一輪と交わすと、星はふわり、と宙に浮いた。
みるみるうちに寺が小さくなるくらいまで浮遊すると、そのまま目的地へと向かう。

今回の星の目的地は、ナズーリンから場所をあらかじめ聞いておいた、魔法の森のすぐ近くに佇んでいるという一軒の古道具屋だ。
以前、ふとした機会で出会い、その時に世話になったその店の店主に来店を誘われており、またその時に世話になった礼をするために、である。
――星の右手人差し指には、その時に店主に巻いてもらった白い包帯の余った端が、ゆらゆらと揺れていた。


 ◇ ◇ ◇


「……ふむ……」

誰もいない、そして殆ど音もない店内に、店主の呟きが漏れる。
来客どころか閑古鳥すらも鳴かないほどの静けさだが、読書をするにはこちらの方がよほど都合がいい。
来客があれば、当然のことではあるが客の相手をしなければならない。
それが売上を確実に見込める客ならば、霖之助とて相手をすることはやぶさかではない。
だが、霖之助は不思議なくらい売上が期待出来ない客に縁があるらしく、むしろ客が来ればどんどん赤字になっていくことも珍しくはない。
そんな赤字を出すくらいなら、こうして来客もないまま読書をしていた方が余程マシなのだ。

「……『我思う、故に我在り』、か」

ぽつり、霖之助は呟く。
霖之助の読む本にジャンルの偏りはあまりないが、やはりたまに読む哲学は、普段忘れがちな根源的な思考を取り戻してくれるため、それなりに気に入っている。
『我思う、故に我在り』とは、もはや霖之助が余計な説明を入れるべくもない、『方法序説』にてデカルトが提案した最も有名な命題である。
これを読むたび、はっとさせられることが多い。
つまり、『自身を含め、全ての存在を疑っても、その疑っている自分自身は疑いようがなく存在する』ということを、その言葉ははっきりと述べている。
――はっきり言って、これを腑に落とすまで、霖之助は尋常ならざる時間をかけた。
これの言葉の意味が分からなかったわけではない。
また、理解出来なかったわけでもない。
当時はその原因が判然としなかったが、今振り返れば多分、受け入れられなかったのだろう。
生まれ落ちたその時から、ほんの砂粒程の例外を除き、あらゆる価値観に否定された経験ゆえに、であろう。
そう、自分では思っている。
それなのに、疑う自分の存在は疑いようがないと言われても、簡単に理解しろと言うのが無理な話なのではないか、と霖之助は思う。
――しかし、それを乗り越えた今となっては、この本及び命題は、霖之助にとって忘れ難きものになったと言っても過言ではない。
悩んだのはもう大分昔のことにはなったが、それだけは生涯忘れる事はないだろう。

「……ふぅ」

ぱたん、と霖之助は本を閉じる。
好きな本であるし、考えさせる命題であるが、どうにも感傷的になってしまうのが玉に瑕ではある。
今日のところは、このあたりにしておいた方がよさそうだった。

「……さて、次は何を読むか……」

カウンターの内側に積んである本を、霖之助は品定めし始める。
さっきは哲学だったので、次は小説あたりがいいか、と思いながら、本へと手を伸ばしたその時であった。

「あ、あの、こんにちは」

からんからん、とベルが来客を告げ、それと同時に、霖之助にも見覚えがある虎っ毛がひょっこりドアから覗いた。
その目立つ容姿は、たとえ年単位でしか会わない客であったとしても、忘れようもないだろう。
ついこの前、偶然会ったナズーリンとともに顔を合わせ、少しの間だが、共に道具の供養をした相手であった。

「やぁ、いらっしゃい、星君。本当に来てくれたのか、ありがとう」
「いえ、せっかく誘っていただいたわけですし。それに、あの場ではお礼もそこそこに、でしたし……」

もじもじ。
後ろ手でドアを閉めたものの、ドアを背にしたまま動くことなく、何やら星は少し入りづらそうにしている。
今は霖之助一人しか店内にいないからか、それとも初めて訪れる場所だからだろうか、少々緊張しているように見える。

――そんな緊張するような場所でもないんだがね。

同じような仕草を鈴仙もしていたが、あまり見慣れない、新鮮なものである。
まるで我が家のように入り浸った挙句、商品をツケで持って行くどこかの二人組にも見習わせてやりたいものである。

「まぁそんなところに立ちっぱなしも何だ。今お茶を用意するから、ここまで来るといい。あぁ、椅子はそれを使ってもらって構わないよ」
「あ、はい。ありがとうございます」

カウンターの椅子から立ち上がりながら、霖之助は星に諭すように言った。
こういう相手は、じっと見られている中では行動しづらいと思っているからである。
ならば一旦、席を外してもてなす準備をした方が無駄がなくて良い。
そのまま奥の居住スペースへ向かい、来客用の湯飲みと、少し上等な茶葉とお茶請けの大福を持って店へと戻る。
霖之助がまた店の方に顔を出した頃には、星は霖之助の予想通り、言われた通りの椅子にちょこんと座り、カウンターの前にいた。
随分と素直で可愛らしいものである。

「待たせたね。すぐにお茶を淹れよう」
「あ、ありがとうございます。あの、これ、お土産です。この前のお礼、というわけではないですが……」

す、と星は、持っていた風呂敷包をカウンターの上に置いた。
詳細は風呂敷に包まれているために不明だが、大きさや形からすると、漆器に入った和菓子の菓子折りのようだ。

「おや、わざわざありがとう。この前のことなら気にすることはなかったんだが……傷は、まだ治ってなかったのかい?」
「あ、え?」

手土産を持って来てくれたことに礼を言いつつも、霖之助は差し出した星の指に巻かれた布に気が付き、何気なく星の手を取った。
その布は、以前ナズーリンや星と共に宝探しをしていた時、星がナズーリンの拾った刀に触れ、うっかり付けてしまった傷に霖之助が包帯代わりに巻いたものだが、あれから日を経ているはずなのに妙に綺麗なところを見ると、洗って再利用でもしているのだろうか。
手を取られ、尚且つじっと指を眺められて気恥ずかしくなったのか、ぱっと手を引っ込めながら、星は頷いた。

「え、えぇ。まだ完全には塞がってなくて……あ、でももう血が出ることはないので大丈夫ですよ」
「そうかい? それならいいんだが……」

血が出ていないなら、傷は塞がっていないと言えど皮下組織には至っていない、皮一枚程度の裂傷と同義であろう。
ただ当然ながらその部分は皮が薄くなっているので、今の星の指のように保護は必要であろう。
――しかし。

「……毘沙門天の代理である君でもまだ塞がらない傷か。やはりあの刀、少し厄介な代物だったんじゃないのかな?」

まずは星の分、そして自分の分とお茶を淹れて、それを星へ差し出しながら霖之助はふと呟いた。
元々は妖怪である星だが、毘沙門天の代理となった今、神の眷属としての保護がないとはあまり考えられない。
それに妖怪ゆえに、傷の治りも人間のそれより早いはずである。
いくら刀傷であれ、あの程度の傷ならばもう塞がっていてもいいはずだと霖之助は思っていたのだが、どうやら今日の様子を見る限りそうではないらしい。
となると、やはり星の指に傷を付けたあの刀に、あまりよくない付属効果があったと考えて然るべきだろう。
傷自体は然程気にかける必要がない程度には治癒しているらしいが、それ以外に何か影響はないのだろうか。

「傷以外には何か変わったところは無いのかい? もし変わったところがあるようだったら、ナズーリンを説得してあの刀を僕のところへ持ってくるといい。僕から厄神へと渡すようにしておくが……」

もし呪いのような付属効果があった場合、武器であることも考えると、厄によるものである可能性は高い。
今の外の世界では魔術のような技術はとうに廃れていると聞く。
誰かが意図的に残した魔術効果である可能性の薄さを考えると、あの刀によって殺傷された者の怨恨による呪詛、つまり厄が原因であることは自明だろう。
だが、霖之助のその提案に、星は慌てたように首を振った。

「い、いえ! 特に変わったことはないですし、あの刀も聖――あ、私たちの寺の住職に見てもらったんですけど、災厄がついているものではなかったそうなので、大丈夫ですよ。……たまたま、治るのに少し時間がかかってるだけですから」
「そうかい? まぁ、君が言うならそうなんだろうが……」

ずず、と霖之助はお茶を一口含む。
少し、ほんの少し腑に落ちないところがあるが、当の本人である星がそう言っているのだから、これ以上霖之助がああだこうだ言うのは余計な節介だろう。
それについての言及を止め、霖之助は星から貰った手土産の風呂敷を解き始めた。
風呂敷で包装された贈答品を受け取った場合、それを包んでいる風呂敷は返すのが普通であるからだ。
『包んだまま渡す』という行為は、『いずれこの風呂敷に何か包んで返せ』というふうに相手に捉えられかねない、という配慮からでもある。
贈り主の目の前で包装を解く、というのも若干心苦しいものだが、いずれ返すのならば、別に今でも問題はないだろう。

――まぁこの場合、星君が包みを解いてから渡すのが正しいんだがね。

とは思うが、ここは作法教室でもなし、いちいちそんな細かいことに突っ込まれては、星の方も機嫌を悪くするだけである。
ただ単に冷やかしにきただけの客であったなら、追い返す意味も込めて突っ込んでもよかったのだが、今日の来客である星は先日の礼をしに来ている。
それを邪険に扱ったとあっては、霖之助の方が礼儀を知らぬ無作法者との汚名を被ることは避けられない。
そんな事は、当然のことながら霖之助は願ってもいない。
よく『一言多い』と言われる霖之助ではあるが、今回については余計な事は厳に口を慎むべきであろう。
――そんな具合に頭の片隅で思い浮かべながら、霖之助は包みを解いた。

「――ほぅ」

思わず、唸ってしまった。
包みから現れたのは、やはり霖之助が予想したとおり、黒漆塗りの木地に金箔による蒔絵が施された漆器の箱であった。
――だが、その造りが非常に立派であることが目視でも分かるほど、それは見事な品物であった。
塗られた黒漆の重厚さ、描かれている蒔絵の緻密さ、美麗さ、どれをとっても数を多く作られた量産品とは次元を別にしている。
この一作品に対し、作者の持てる技術と精魂、そして生命すらも注いだかのような錯覚すら、霖之助は受けた。
一応、この幻想郷でも漆器は数こそ少ないものの流通しているが、これほどの品物は滅多にお目にかかれないと、かつて里で最も大きな道具店で奉公した経験から霖之助は断言できた。
――道具を扱う者としての性であるのか、どの程度漆が塗られているのか、また木地や下地はどのようになっているのか、角を削って確かめてみたいという気持ちも僅かに芽生えた。
勿論、この漆器は贈り物である上に、それを送った星が目の前にいたこともあり、実行に移すことはなかったが。

「見事な漆器だね。手土産を入れるものとしては余りにも過分であるように思うんだが、本当に貰ってもいいのかい?」
「あ、はい。……それ、この前頂いたものなんですけど、そんなにいい漆器だったんですか?」
「……分かっていたんじゃなかったのか?」
「ええ……」

霖之助の反応に、星は意外そうに首を傾げた。
――この反応を見る限り、星はこの漆器の価値を全く知らず、ただ単に『入れ物であるから』という理由だけで選んだようである。
そしてその価値を知った後も、特に惜しがっているそぶりは全く見せていない。
普通、特に価値も分からずに相手にあげた品物が、あげた後になってからそれなりの価値を有するものだと分かった場合、少しでも惜しがるそぶりや気配を見せるものだが、星にはそれが全くと言っていいほど無かった。
――そういえば。

「……そう言えば星君。君の能力は確か、『財宝を集める』だったね?」
「あ、はい。よくもらい物をしたり、拾い物をしたりするんですけど、そういうのに価値があるものがちょくちょく混じってるみたいなんです。まぁ、私はよく価値が分からないので、適当に倉庫に入れておいたりしてるんですけど、よくナズーリンに『これはもっと丁重に扱いたまえ』なんて言われたりするんですよ」
「……そうなのか……」

へにゃり、と柔らかい暢気な笑みを星は浮かべるが、霖之助としてはなかなかに複雑だ。
この幻想郷でもあまり見られないレベルの品物を、星は特に意識することもなく得ているということなのだろうか。
全くもって羨ましい能力である。
地底にいるという橋姫ではないが、多少の嫉妬心が湧くのも、道具を商う者としてはある種当然だろう。

「……まぁ、せっかく星君が贈ってくれたものだ、大切に扱わせてもらうよ」
「あ、はい。店主さんに扱ってもらえるなら」

にこにこにこ。
以前会った時もそうだったが、星はいかにも機嫌が良さそうに笑っている。
何が楽しいのかはよく分からないが、星が楽しそうにしているのであれば、余計な茶々を入れるのは無粋であろう。
――それに、こうもにこにこしてる星を見てると、不思議とこちらも穏やかな気持ちになってくる。
店に来た客と話していて楽しいことはままあるが、穏やかになるというのは、長い事店を開いてきた霖之助でも数えるくらいしかない。
これも毘沙門天としての能力か何かなのか。
そう考えて、そうではないだろうな、と霖之助は思い直した。
――これは星独特のものだろう、と。

「あ、そういえば前頂いた知恵の輪、ナズーリンが喜んでましたよ」

星の能力の話をしたからだろう、ぽん、と手を叩きながら、星は思い出したようにそう言った。
星の言う『知恵の輪』というのは、以前スーパーボールやリリアンといった玩具と共に霖之助が星に譲った品物だ。
複雑に絡み合った金属製の輪を外すという、単純だが難しいものは難しい、意外に奥の深い玩具である。
――だが、以前に星に譲ったものは、それほど難しいものではなかったように霖之助は思っていたのだが。

「ほう。君にあげておいてなんだが、正直あのくらいのパズルでナズーリンが喜ぶというのは意外だったね」
「いえ、それが……」

どこか申し訳なさそうに、星は言いよどむ。
ちらりと、霖之助の顔色も気にしているようだ。

――はて。星君は今、喜んでいた、と言ったはずだが……?

先ほどの星の発言を聞く限り、星が言いよどむような理由は何一つない。
しかし実際としては、星は言い辛そうに言葉を選んでいる。
まるで、霖之助に申し訳ないことをした、とでもいうように。

「……その、喜ぶには喜んでいたんですけど、『はは。こんなのを解いても欠伸が出るけど、他に解き方が無いか探してみるのは面白いかもね』、って……」
「……あぁ、確かにナズーリンらしいね」
「譲ってくれた店主さんに悪いでしょう、とは言ったんですが……」

霖之助の脳裏に、どこか小馬鹿にしたような表情でそれを言うナズーリンの顔が簡単に思い浮かんだ。
確かにあのパズルを譲ったのは霖之助であり、また譲った責任というわけではないが、その後の事はある程度気にしてはいるものの、それはもうどうしようもないことではある。
寧ろ、そういうところをきちんと気にしてくれていて、しかも正直に話してくれる星の事を評価すべきなのかもしれない。
――ナズーリンは少々、正直すぎるが。

「まぁ、ああいうパズルは使用者の達成感や思考の楽しさを得るのが目的だからね。ナズーリンのそれは使用用途から大きくずれるものでもないし、まして星君が気にするようなことでもないさ」
「……そう、ですか?」
「ああ」
「――ほ」

霖之助の言葉を聞いて、星は胸を撫で下ろした。
その様子を見るに、どうやら今の話をすれば霖之助に怒られでもする、と思っていたのだろうか。
――しかし実際、そのくらいのことでは、道具へ深い愛着や矜持を持つ霖之助でも怒ることはない。
無論、時と場合によっては注意するが、ナズーリンに聞いている印象や以前会った印象からそれなりに人物を評価している星が相手であり、かつ実際に言葉を口にしたのはナズーリンであるなど、霖之助が星に対して声を荒げる要素は何一つないのである。
ただ、星と顔を合わせるのはこれでまだ二度目であり、かつナズーリンあたりから、いい具合に曲解した霖之助像を耳にしていた可能性が無きにしも非ずであることを考慮すると、星は自分の事を『道具を扱う事には厳しい性悪店主』と思っていたのかもしれない。
――と、適当に霖之助は思い浮かべてみたのだが、あのナズーリンのことなのであながち完全な冗談とも言えないあたりが逆に恐ろしくもなってくる。
念のため、そんな曲解した自分の像を打ち消す方向へと話を進めた。

「……僕に怒られると思っていたのかい?」
「え、っと……その、そういうわけでは……」
「まあ、そう構えなくてもいい。確かに道具の使い方に、道具屋の店主として注意することもあるが、それも時と場合によるものさ。別に星君が道具をその用途を悪い方に超えて扱ったわけでもないし、ここで僕が星君に小言を言うのはお門違いにも程があるよ」
「え、ええ……ですが、一応ナズーリンは部下ですから。店主さんに一言、お知らせはしないといけないと思って……」

それでもどこか心配そうに星は言う。
なるほど、部下に何か非礼があれば、それとは無関係でも責任を感じ、かつその責任を遂行しようとする、実にいい上司である。
何だかんだ言いながらも、あのナズーリンが付いていくだけの人物ではあるようだ。
――ただ少々、心配性なところと、話を真に受けすぎるようなところがあるみたいではあるが。

「……うん、まぁその配慮だけ有り難く受け取っておくよ。ほら、冷めないうちにお茶を飲むといい。お茶請けもあるから、ゆっくりしていくといいさ」
「あ、はい。ありがとうございます」

ずず、と控えめに星はお茶を口にする。
――緊張していたせいで喉が渇いていたのだろうか、一気に湯飲みを傾けていたのを見て、霖之助はこっそりと急須にお湯を注ぎ足した。
ほう、と一つ息を吐いて星が置いた湯飲みには、やはりお茶は殆ど残っていなかった。

「お茶、おかわりいるかい?」
「……すみません。ありがとうございます」

おずおずと、少し恥ずかしそうに星が差し出した湯飲みに、霖之助は静かに微笑みながら静かにお茶を注いだ。
――少し話が脇道にそれてしまったが、まだまだ時間はある。
毘沙門天の代理たる星とは色々話してみたいと、以前会った時から思っていた。
この機会を無駄にする手はないだろう。
そう、まずは――。

「……ところで、さっき貰ったこの漆器なんだが……誰から譲ってもらったんだい?」
「あ、それはですね――」

とりあえず、このレベルの漆器を星に譲った持ち主のことを、霖之助は聞いておくことにした。
……別にその入手ルートを知っておいて、何か珍しい物を見つけようだなどとは、露ほども考えてはいないのであるが。


 ◇ ◇ ◇


日も落ちかけ、段々と藍色が辺りを染めつつある頃に、星は香霖堂へ暇を告げることにした。
今からなら完全な日没までに命蓮寺まで戻れるであろうから、ちょうどいい頃合であった。

「すみません、お礼に来たのにお土産まで頂いて……」
「ああ、いや、気にすることじゃないさ。初来店の記念と……やっぱり少し、あの手土産は過分だったからね」

暇を告げることを伝えると、『霖之助は寺の皆へ』と、自分で作ったという水羊羹と蕨餅を星へと手渡し、店外まで見送りに来ていた。
――正直、霖之助の意外な器用さに星が驚いていたのは、内緒だ。

「空を飛んでいくから大丈夫だとは思うが、一応気をつけて帰るんだよ。それと、落し物をしないように、だね」
「う……は、はい。分かりました。……その、今日は有難うございました。また時間が出来たら、お邪魔してもいいですか?」
「ああ、勿論。星君ならいつでも歓迎するよ」

基本的に、香霖堂は来客を拒まない。
無論、あまり来て欲しくない一部の例外がいることにはいるが、あれはあくまで例外であり、星のように極めて常識的な応対が出来、かつ香霖堂に何らかの利益を齎してくれる客を断る理由は、霖之助側には何一つない。
寧ろ、そういう客は毎日来て欲しいくらいである。
そんな言葉を聞いて、星はいつも浮かべている微笑みを更に深く、柔らかいものにした。

「……それじゃ――」
「ああ、ここにいましたか、ご主人」

まさに、星が霖之助へ別れの挨拶をしようとしたその時。
二人にとって聞き慣れた声が、二人の頭上やや向こうからその場に降りた。
ぱ、と二人が後ろを振り向くと、今まさにここにやってきたのだろう、ナズーリンが地面へと降り立っているところだった。

「おや、ナズーリンじゃないか。星君の迎えかい?」
「ああ、まぁ似たようなものだね。雲居君からご主人が出かけたと聞いてね。そろそろ寺でも夕餉の時間になるし、探しに来たのさ。……まぁ、まさかここにいるとは、正直のところ思ってなかったんだけどね」
「そうでしょうか……。私、余り外に出かけないから、ナズーリンならすぐ分かると思うんですが……」

星はそう言うが、ナズーリンにとって星が香霖堂に向かっていたのは、正直なところ本当に意外だったのだ。
確かに以前、星は霖之助に店へと誘われていたため、『いつかは礼をしに行かねばならない』とは言っていたが、てっきりナズーリンに代行を頼むものだと思っていたため、一輪から『出かけた』と聞いても、香霖堂に向かったとは思わなかったのだ。
――せめて行くとしても、星にとっては初めての場所へ向かうため、それなりに店へ行っている自分が仲介する形で供をするものだと思っていたから、尚更だったのだ。

「さて、そういうわけだ、霖之助君。今日はこの辺でお暇させてもらうよ。ご主人が世話になったね」
「ああ。いや、今日は星君のお陰でなかなか有意義な時間を過ごせたよ。君も星君も、また来るといい。……特にナズーリン。君にはもう少しマシなパズルを用意しておくとしよう。君も飽きなさそうなものを、ね」
「!? ……あ、ああ。楽しみにしてるよ」

ナズーリンがどきり、としたのが、珍しく霖之助にも分かった。
何でそんな事を、とでも思っているのだろうが、ナズーリンのことだ、すぐに星が霖之助に喋ったものだと気付くだろう。
それを見て、霖之助はふふん、とほくそ笑んだ。

「さて、それじゃ行きましょうか、ご主人」
「あ、はい。……それじゃ、また。店主さん」
「ああ。またおいで」

ふわり、二人は霖之助の目の前で宙に浮くと、そのまま人里の方向へと飛び去っていった。
――途端、急に自分の周りの温度や明るさが急に下がったのは、決して気のせいではないだろう。

「さて、と」

二人を見送り、霖之助は早速閉店の準備へと取り掛かった。
今日は少々早いが、区切りとしてはちょうどよいタイミングだった。


 ◇ ◇ ◇


「……しかし、まさかご主人が一人であの店に行くとは思いませんでしたね、正直」

帰り道、ナズーリンはふと星へと呟いた。
てっきり今日も、いつも通り気合を空回りさせながら仕事をしているものだと思っていたため、ナズーリンはいつものように暇つぶしに出かけたのだが、まさか早々に仕事を終わらせて、尚且つ香霖堂に向かっているとは予想もしていなかった。

――そうと分かっていれば、どこかに出かけることはなかったんだがね……。

別に深い意味はないのだが、それがナズーリンの本音ではあった。
――重ねて言うが特に深い意味はない。どうせだったら自分も行きたかったわけでも何でもないのである。
一方、星はナズーリンの言葉に、軽く首を傾げた。

「そうですか? ……まぁ、確かにナズーリンがいたら、一緒に行ってもらうつもりでしたけど……お店の場所は聞いてましたから、大丈夫かな、と思って」
「まぁ、別に得体の知れない場所に行くわけではないですからね」
「そうですよ。私も本当は色々出来るんですよ。……たまに失敗するだけで」
「……そのたまに、の頻度が言葉に合ってないと思うのは、私だけなんでしょうかね?」
「うう……」

ナズーリンの容赦のない言葉に、星の言葉が詰まる。
――だが、ナズーリンとて、星が優秀なのはとうの昔に分かっている。
そうでなければ、いくら毘沙門天の命令だったとしても、千年もの間ついて行こうと思うわけがないのだ。
つい最近の宝塔事件は、その『うっかり』の中でも失くしたタイミングが最悪だったことも重なり、後始末の大変さとしては過去最大級のものであったのだが、あのレベルの紛失はそうそう頻発するものでもないため、確かに『可愛らしい欠点』と言えなくもないのかもしれないが。

「……そう言えば、霖之助君から何かお土産を貰ってたみたいでしたけど、それは?」
「ああ、これですか? 店主さんが命蓮寺の皆にって、ご自分で作った水羊羹と蕨餅を包んでくださったみたいですが」

そうナズーリンに答えながら、星は持っていた包みをナズーリンへと渡した。
水羊羹も蕨餅も水分を多分に含む和菓子である上、寺の全員へ、ということもあり、なかなか無視できない重量がナズーリンの手へとかかった。
こんなのを顔色変えず持っていたとは、意外にも星は膂力に優れているのかもしれない。

「へぇ、涼しげでいいですね。早速今日の夕餉が終わったら頂くとしましょう。……そう言えばご主人。目に入ったから気になったんですが、その指、いつまでその布を巻いておくんですか? もう綺麗に治ってるんじゃなかったんですか?」
「え? え、ええ……まぁ……」

二日ほど前、ナズーリンが傷の様子をちらりと眺めたことがあったが、その時には凝視しないと傷が分からないくらいに治癒していたはずである。
星の回復力を考えれば、もう傷跡など完全に消え失せているはずなのだが、まだ布を巻いているのはどういうわけだろうか。

「……その、巻いたまま忘れてただけですよ」
「ふーん、そうですか。……まぁ、ご主人はうっかりしてますからね。皮膚がかぶれないうちに外しておいた方がいいんじゃないですか?」
「そ、そうですね。帰ったら外します」

ナズーリンに言われ、星はそっと、布が巻かれた指へと手を重ねた。

――実際、ナズーリンの言うとおり、傷は完全に治ってはいた。
血が出ないどころか、皮膚が薄くすらもなっていないのだ。
しかし、それにも関わらず星はその指に、霖之助に巻いてもらった布を巻き、香霖堂へと向かったのだ。

――その理由、は。

「――気付いてもらえるかな、って思ったんですよ」
「え? 何か?」
「……いえ、何も」
「? そうですか」

くるり、と星を振り返ったナズーリンに、星は笑みを浮かべてそう答えた。

――その日中、星の浮かべている笑みがいつもより機嫌が良さそうに見えたのは、果たして星の思惑が成ったからなのだろうか。
それはまさに、本人のみぞ知ることであった。



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コメントコメント


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これは良い星霖、ほんわかしますね~。
そしてナズーリンはまさか知恵の輪が解けなk(略)。

三原王二郎 | URL | 2010/08/03 (Tue) 08:48 [編集]


傷は治っているのにまだ包帯をつけている星さんがかわいいよ。

星連船組は中々良いですな。

豆腐屋 | URL | 2010/08/04 (Wed) 22:18 [編集]


 
 

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