淡色の空

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山先案内人

こんばんわ&お久しぶりです、淡色です。

やれる時にやっておく!
というわけでお話投下。

今回のお話の主人公は椛さん第二弾!
私の中の椛は何故か分からんが超絶乙女な気がする。
そして何故かいじられキャラ。だがそれがいい。

無意識で甘くなるもんだから、どう調節したらいいのか全くワカリマセン…(´・ω・`)
何気に椛の同僚なるオリジナルキャラも本当にちょこっとだけ出てきますが、
そこと前作よろしくクソ甘くなっていることにのみ、ご注意して下さいまし。

というわけで、何かお茶やコーヒーなど、苦味を感じるものを片手に
以下よりお進みいただければ、ちょうど緩和されてよろしいかと思います。


(霖之助、椛)

「――はふ」

浮かんだ欠伸を、椛は噛み殺す。
今日も今日とて、妖怪の山は平和であった。
ここ最近は、いつも椛ら歩哨の警戒網に引っかかる白黒の鉄砲玉のような侵入者もなく、そして天気もいい。
ぽかぽかとした暑くもなく、是非とも昼寝してくださいと言わんばかりの暖かい陽気に、欠伸をするなと言う方が無理というものだろう。
生真面目な椛とて、特に何も変わったことも無く、ただ見張っているだけの状態に、こういう眠気を誘う陽気が重なっては、欠伸の一つくらいはする。
遠くまで辺りを見回せる大木の枝に座り、ぱたぱたと尻尾を揺らす椛は、欠伸で浮かんだ涙を拭いながら魔法の森側へと繋がっている山の麓へと目をやる。
――妖怪の山への闖入者として最も有名である白黒の鉄砲玉がやってくる方向は、椛ら白狼天狗の経験上、魔法の森方面からが大半であるため、警備の重点としては魔法の森方面が重視されている。
今日はたまたま、その方面の午前担当が椛であった。

「あやや。今日は椛がこっちの担当ですか」
「あ、文様」

ばささ、と椛のいる枝の近くに飛来してきたのは、椛の上司である文であった。
愛用のカメラ以外、特に目立って何か持ってはいないところを見ると、どうやらいつものように配達に行こうとしているわけではないようだ。
となると、取材だろうか。
そうあたりをつけ、椛は尋ねた。

「文様はこれから取材ですか?」
「うん、そう。最近ずっとのどかだったし、ちょっと気合入れてネタ探して来る」

椛も見張りご苦労様、と文は言うと、あっと言う間に人間の里方面へと飛んで行き、すぐに椛の目でも点にしか見えなくなってしまった。
文は新聞を作るのが余程楽しいのだろう、取材に向かう時はいつも今みたいに嬉々として出掛けて行く。
それを見送るのもこれで何度目になるか、椛ももう覚えてはいない。
ただ、この十数年の間に、頻度は確実に増えたように思う。
地道に購読者を増やしていった成果だろう。
――そしてその購読者の中には、椛もつい最近知り合い、今日も付けている紅葉型のブローチをくれた、風変わりな店主も含まれていたはずであった。

「――わふ」

ぱたぱた。
椛の尻尾が揺れた。
文が取材する範囲はこの幻想郷ほぼ全てをカバーしているため、今日はどこに取材に行ったのか、それは椛にも分からない。
分からないが、多分一度はその店主が営む――道楽でやっているだの、営業する気がないだの散々な評価ばかりの店だが――香霖堂に向かうことだろう。
結局、ブローチを貰ってから椛も幾度か足を運ぼうとは思っていたものの、決定的な機会がなくてまだ一度もそれを達成できていない。
よく足を運んでいるであろう文が羨ましい、とまでは思わないが、ちょっとついて行ってみたい、くらいは思っていたりする。
……ほんの、少しだけ。

「……まぁ、あとちょっとで交代だけど、突然行くのもあれだし……ん?」

――交代の後は、いつも通り過ごそうかな。

そう思いながら、ふと椛が鬱蒼と生い茂る魔法の森に何気なく目をやり、首を傾げる。
そしてある一点をじっと凝視し始めた。
椛の視線の先を追っても、そこにはただ青々とした葉を茂らせた広葉樹が広がっているだけである。
――白狼天狗以外であれば、そうにしか見えなかっただろう。
しかし、椛の目は確かに捉えていた。
魔法の森に鬱蒼と生える木々、その陰を縫うように、明らかに怪しい何者かの影が山へと向かっているのを。

「……今度は空からでなくて、森の中からですか」

椛はやれやれ、と溜息を吐く。
影の方角から考えて、さっきまで考えていた魔法使いの可能性が高い。
――だが、今回は真正面からではないことを見ると、なかなか考えてはきたようでもある。
確かに森の中からの方が、他に何の遮蔽物もない空より目立たずに山への侵入を果たせるであろう。
しかし、今回は時間帯――もし今が夜であったら、さしもの椛も、芥子粒のような影を漆黒の闇から見つけ出すのは不可能である――と、たまたま椛が目を向けた先にいた相手の運が悪かった。

「……よっと」

椛は立ち上がり、奔った。
枝から枝へと飛び移り、椛はみるみるうちに魔法の森へと続く山の麓へ近づいて行く。
その影の通り道を推測し、通るであろうルートへ先回りすると、そこに陣取った。
一応、魔法の森と妖怪の山を結ぶある程度舗装された道もあるのだが、椛が見た影はわざわざ通りやすい道を通っておらず、その時点で既に怪しい。
それに、相手は今回はあまり高速では移動していない。
見えた影の動く速さから推測するに、歩いているか、それに準ずる程度の速度で山へと向かっているようだ。
あの白黒にしては珍しい移動方法だが、いずれにせよ、そう簡単に人間が山に出入りされても困る。

――毎回注意するこちらの身にもなって欲しいんだけどなぁ……。

もう一つ溜息を吐いて、椛は闖入者の姿が見えるのを待った。
――すぐに、椛が予測した方向の茂みががさりと揺れた。
そこから人影がひょっこりと顔を出したのを見て、椛は即座に口を開いた。

「魔理沙さん! 勝手に山に入られたら困るとあれほど――」
「ん? ああ、椛君じゃないか」
「……え?」

腰に手を当て、注意をする椛の目と、茂みから覗いた眼鏡を隔てた金色の目が、ぱっちりと交差する。
椛が思い描いていた少女の目の色とは異なり、それだと思っていた髪の色も全然違うもので、更にそれら顔の特徴は、椛が思っていたよりもずっと高い、椛が見上げなければならない高さのところにあって。
――極めつけは、そもそも相手が魔理沙ですらなく、ついさっきまで椛が考えていた店主であったことに、彼女の思考は完全に停止した。

「え? ……あれ? え?」
「何だか混乱しているようだが……大丈夫かい?」
「あ、はい、えっと……その、香霖堂さん、ですよね?」
「……君には僕が天狗に見えるのかい? 椛君に僕がどういう風に見えているかは知らないが、僕は紛れもなく森近霖之助本人さ」
「そ、そうですよね。香霖堂さんですよね」

その呆れたようなものの言い方、どこか気怠さを含んだ声は、間違いなく椛が知る霖之助のそれであったことに、ようやく思考が落ち着いてきた。
――相手を思いっきり間違えていたものの、とりあえず椛がこれから相対すべき相手が、いつもの話が全く通じない魔法使いでなかったことには、少し安堵した。
ふむ、と一考して、霖之助はふと椛に尋ねた。

「……ところでさっき、魔理沙の名前を呼んでいたみたいだが……ここでも、あの子は君たちに迷惑をかけているのかい?」
「あ、いえ、まあ迷惑と言うほどではないんですが……妖怪の領域であるこの山に、あの人はよく勝手に入ってくるものですから……」

妖怪と人間との距離は、過去と比べて格段に縮小してはいる。
一昔前など、ごく一部の例外を除き、人間と妖怪が同じ場所で互いに笑い合うということなど、余り考えられないことだった。
なので、距離が縮まることそれ自体は良いことだと、椛も思う。
――だが、それでもやはり、種族が違ってしまえばどうしても超えられない壁はあるし、互いに踏み越えるべきではないとされる領域も存在する。
どれほど妖怪と人間が近しい存在になったとしても、そういった壁や領域は人間と妖怪とが共存するために存在すべきである、という考えは、余り声高らかに叫ばれることはないが、人間も妖怪も深層的な部分での共通意識として持っているだろう。
例えば、人間の里に住む妖怪は決していないわけではないだろうが、余程のことが無い限り、妖怪の山と全く同じ環境で過ごすことは出来ないであろう。
逆もまた然りである。
そういう垣根があるということは、やはり互いに不可侵の領域が有形無形によらず存在していることへの証拠であろう。
――というのが、大天狗や天魔など、この幻想郷でも高位の妖怪が持っている考えである。
そしてその考えには、霖之助もある程度同感であった。
――霖之助自身の経験から、かつては捕食者と被捕食者であった妖怪と人間は、ある程度接近できたとしても、決して相容れることはないと、そう認識していたから。

「……それはすまないことをしたね。あの子には僕からちゃんと説明しておこう。聞いてくれるかどうかは分からないから、そこは勘弁して欲しいところだけどね」
「いえ、その、こちらこそすみません。何だか香霖堂さんには全然関係ない話をしてしまって……」

しゅん、と耳と尻尾を垂れさせながら、椛は謝る。
まるで体全体で謝っているかのような椛に、霖之助は困った笑みを浮かべた。
別にそこまで謝られるような事をされた覚えはなかったのだが、椛は生真面目であるだけに、たまたま出会っただけの霖之助に対して無関係な事を――尤も、魔理沙は霖之助の身内のような存在なので、全く無関係と言うわけでもないのだが――言ってしまった事を悔いているのだろう。
他の少女たちには殆ど見られないような反応だけに、逆に霖之助は微笑ましく思ったくらいでもある。

「ああ、いや構わないさ。全く無関係な内容ではなかったしね」

霖之助は椛にそう告げた。
と言うか、真に謝るべきなのは妹分である魔理沙なので、そこはきっちり話をしておこう、とも思った。

「……あの……」
「ん?」

別に構わない、とは言われたものの、やはりまだ申し訳なく思っているのだろうか、椛がそろそろとした様子で霖之助に声をかける。
そんなに気にしなくてもいいのに、と苦笑しながら、霖之助は椛の言葉を待った。

「えっと、ちなみに香霖堂さんは、どういうご用件でここに……?」
「……」

――なるほど、そういうことか。

そう尋ねてきた椛を見て、霖之助はどうして言いづらそうにしていたのか、という理由に納得する。
先ほどの会話を考えるに、この質問は裏を返せば、相手が自分の知り合いではあるものの、霖之助も妖怪の山へと勝手に入れるような人物ではないと宣告しているも同然だからだろう。
確かにそれは、面と向かって相手に言うには厳しい言葉だ。
だが、椛のこの尋ね辛そうな様子を目にしている以上、彼女自身にはそういう意図があって言っているわけではないことは明らかである。
むしろ、そういうふうに気を配りながらも、知っている相手であってもきちんと怠ることなく職務を全うする行為は、誉められて然るべきものだ。

「そんなに言いづらそうにしなくてもいいよ。職務に忠実なのは美徳だからね、むしろ誇るべきさ」
「あ……えっと、ありがとうございます……」

――気分を悪くされるだろうなぁ……。

そう椛は思っていたのだが、それどころか寧ろ誉められ、照れたように耳と尻尾をぱたぱたと動かした。
やっぱり話を分かってくれる人で本当に良かったと、心の底から椛は安堵した。

「今日は河童の里に用があってね。椛君は河城にとりって子を知っているかい? その子と今日、あの子が開発した道具を見せてもらう約束をしているんだ」
「あ、はい、知ってますよ。たまに一緒に将棋を指したりしてるんです」
「ほう。それはちょうどよかった。……となると、椛君に頼みたい事があるんだが、今から少し時間があるかい?」
「……今から、ですか?」

霖之助の問いかけに、椛は鸚鵡返しする。
今から、というのは、言葉通りの意味だろうか。
もしそうであれば、椛は先に言ったようにもうすぐ歩哨の交代があるため、これから以降はまるまる予定がない。

「はい、大丈夫ですけど……何かあるんですか?」
「ああ。河童に用があるのはいいんだが、実際に山にいる河童の所には行ったことがなくてね。もし椛君の手が空いているなら、すまないが道案内を頼めるかい?」
「あ、はい。いいですよ」

ぱたぱた、と尻尾を元気に振りながら、椛は頷いた。
河童の里には行き慣れている。案内するにも何の問題も無い。
――それに、今までなかなか会う機会がなかった霖之助からの頼みごとだ。
元々予定のなかった椛が、それを断る理由は何一つなかった。


 ◇ ◇ ◇


河童一族の里は、質の綺麗な水辺に住み、かつ人見知りの種族でもあることから、山の中でもそれなりに奥まった場所にあるため、場所を知らない人がたどり着くのはほぼ不可能である。
――霖之助の話を聞いていると、その話を彼は前もって聞いていたため、山に向かいながら誰に道案内を頼もうか考えていたらしい。

「一応、妖怪の山に知り合いがいないことはないが、まずどうやってその知り合いに会うかを考えていてね。十中八九、まずは白狼天狗に見つかるだろうと思っていたから、どう説明すればいいものか悩んでいたんだ」
「そうですね。山に入る時にまず見つけるとしたら私たちですからね……」

そもそも白狼天狗はその為にいるのだ。
偶然以外で白狼天狗より先に侵入者を見つけられては、白狼天狗の存在意義や沽券に関わってくることだ。

「椛君に見つけてもらうことも考えてはいたんだが、そこばかりはどうしようもなかったからね。しかし、そんな事を考えていたら脇道にそれてしまってね。偶然ではあるが、見つけてくれて助かったよ」
「いえ、私の方も偶然でしたから。魔法の森の方からだったので、最初は魔理沙さんかと思いましたし……」
「……まぁ、その件に関しては、僕からは謝ることしか出来ないけどね」

魔理沙が紅魔館や命蓮寺に迷惑をかけてしまっていることは把握していたが、まさか妖怪の総本山である山にまでちょっかいを出していることは、霖之助は知らなかった。
無鉄砲だとは思っていたが、そこまで行くと命知らずにも程がある、というものだ。
こればかりは一歩間違えば冗談では決して済まされない。
だが、椛はその言葉には当然の如く、首を振った。

「いえ、香霖堂さんが悪いわけじゃないですから。それに、魔理沙さんもさすがにこの山では、紅魔館のような無茶な事はしていませんし」
「……そう言ってもらえると、僕としても気が楽になるよ」

はは、と霖之助は柔らかく笑う。
ぱたぱた、と椛の耳が動いた。
――とある大妖怪は、彼を慳貪だと評した、と椛は後に文から聞いた。
当然ながら、全くもって良い意味ではない。
元々は良い意味で使われていただとか、隠れた意味があるというわけではない、完全に悪い意味である。
だが、そんな風にすら言われてしまっている霖之助に心配されている魔理沙が、椛は羨ましかった。
ただの知り合い程度では、霖之助が代わりに謝ろうだなどと思うはずもない。
霖之助がそうするのは、多分魔理沙を除けば、魔理沙と同じくらい昔馴染みである博麗の巫女くらいだろう。
――さくさくと、草が鳴く。
緑の絨毯の軽い音を背景音に、霖之助と一緒に歩きながら、椛はそう思う。
――正直、羨ましいのと一緒に、少し、悔しかった。

「……あぁ、そういえば話は変わるんだが」
「え? あ、はい」
「そのブローチ、付けてくれているんだね。あれから顔を合わせる機会が
なかったから気になっていたんだが、気に入ってくれていたようで安心したよ。合うとは思って進呈したものなんだが、君の名前と同じ植物のものなんて、少しやり過ぎたかと実は思ってたんだ」
「いえ、そんな事ないですよ! こういうのを貰った事がなかったので……嬉しかったんですよ」
「そうかい? それは良かった。道具屋冥利に尽きるね」

とことこ歩きながら、二人は笑う。
霖之助は朗らかに。
椛ははにかむように。

――けど、こういうのも、悪くないのかな。

魔理沙が羨ましいと思うのは確かだが、よくよく考えれば、椛が霖之助と会うのはこれでまだ二回目だ。
何か劇的に関係が飛躍する出来事があったわけでもなく、ただ単純に店に一度出入りし、贈呈品を貰ったに過ぎない。
その程度では、知り合いどころか顔見知り程度が関の山なのが普通だ。
――だから寧ろ、今のこんな感じの距離感の方が、二人にとっては自然でちょうどいいのかもしれない。
こうして何気ない会話を交わしながら、自然溢れる中をただ並んで歩く、この今が。
――ふと、椛はぴくり、と耳を揺らした。
山を支配的に包んでいる、葉の擦れる音や鳥の囀りに混ざり、僅かにそれとは違う音が、確かに椛の耳には聞こえた。
どこか葉が風で揺れる音に似てはいるが、それより高い、液体の音。

「……水の流れる音がしてきましたね。ここを抜けると、もう里が見えますよ」
「……白狼天狗は、目だけでなく、耳も利くのか。僕にはさっぱり聞こえないんだが……」
「ええ、私たちが誰にも負けないって言える能力ですから。ちなみに、鼻も耳と同じくらい利くんですよ。まぁ誰にも負けないと言っても、さすがに目ほどではないんですが……」
「なるほど。白狼天狗は山を警備する歩哨として全く隙がない、最適な人材なんだな。椛君から逃げ切れるのは、速度で勝る烏天狗くらいだろうね」
「わふ……」

ぱたぱた。
自分が誇れる能力を褒められ、椛の尻尾が照れくさそうに揺れた。
誇れるとは言え、あくまで妖怪の山では下位の存在である白狼天狗である手前、烏天狗からはストレートに褒められることは滅多にない。
そのくらい当たり前だろ、という扱いが主で、むしろそれがなければ存在意義がない、という極端な意見もあるくらいだ。
だからなのか、霖之助にそう言われると、椛としても照れくさい以上に、純粋に嬉しかった。

「――あぁ、そういえば椛君」
「はい?」
「……すまないが、もう一つだけ、頼みごとをしてもいいかい?」

ふと、何かを急に思い出したように、霖之助は椛を呼び、彼としては珍しく、本当にすまなそうにそう言った。

――まだ何かあるのかな。

ぱたぱた尾を揺らし、椛は霖之助の言葉を待った。
霖之助の目的である河童の里は、もう目の前であった。


 ◇ ◇ ◇


「……あれ? 椛、こんな所で何してるの?」
「はい!?」

ふと、空も綺麗な茜色に染まりつつある時間帯に、近くを通りがかったのだろう椛の同僚である白狼天狗が、木の枝に腰掛けていた椛を見つけ、声をかけた。
別に急に声をかけたわけでも、大声で話しかけたわけでもないのに、大仰に背筋を硬直させた椛に、彼女は苦笑を浮かべた。

「何もそんなに驚かなくてもいいじゃない。河童でも待ってるの?」
「え、っと、あ、うん。そんなところ」

そわそわ。
どうにも落ち着きなく、椛は尻尾を揺らしている。
言葉も微妙にしどろもどろだ。
――今日、確か椛は午後から非番だったはずなので、どこで何をしていようと自由なのだが、その割には見つかった、とでも言いたそうな様子に、同僚は首を傾げる。
椛が河童のにとり、という子と親しいのは彼女も知ってはいたが、まさか見つかってまずいことを計画しているわけでもあるまいに、この様子はどうしたことだろうか。

「……何か様子が変だけど、どうかした?」
「ううん、何も。急に声をかけられたからびっくりしただけ」
「そう? ならいいけど……」

――まだどこか挙動不審ではあるが、本人がそう言いきった以上、そういうことなのだろう。
なら、別にたまたま見かけただけの自分がどうこう言うことでもない。
少しばかり椛と立ち話がしたいとは思っていたが、一応仕事中であるし、何やら落ち着かない椛を見るに、自分に長居されると困るのだろうか。
雰囲気を察し、そう判断した彼女は、仕事中であることもあり、とりあえずその場を離れる事にした。

「じゃ、私――」
「おーい、椛君」

『――もう行くね、まだ仕事あるから』。
そう言おうとした同僚の言葉を、彼女が聞きなれない低い声が遮った。
途端、びくん、と急激に伸びた椛の背筋と、ぶわっと箒みたいに広がった真っ白い尻尾が目に入ったが、それよりも、その声がした方向へと彼女は即座に目を向けていた。
――眼下の木の根元には、一人の男性が手を挙げていた。
この幻想郷では珍しい眼鏡をかけ、綺麗な銀髪で、かつ端正な顔立ちをしている、青年とも壮年とも言える年頃の男の人だ。
もしどこかですれ違えば、その雰囲気と容姿に、歩く女性の何人かは振り向くのではないのだろうか。
そんな男性が、木の下から自分の隣にいる椛の名前を呼んでいる。
苗字ではなく、名前で、だ。
とりあえず、椛とあの男の人は、名前で呼ばれるくらいの間柄であるのだろう。
一方、椛は気まずそうに顔を真っ赤にして俯かせたまま、しかし何か返事をしなければと思ったのだろう、軽く右手を振り、声に応えている。
その仕草はやけに初々しく見え、加えて顔を真っ赤にさせながらのものであるから、何かこう、色々と想像してしまう。
――まぁ、以上を綜合すると、きっとそういうことなのだろう。

「……あー、うん、そっか。ごめん、椛。私、空気読んでなかったわけじゃないけど、邪魔だったね」
「……えーっと、そういうわけじゃないんだけど、ね……」

どこかどよーん、とした雰囲気を纏いながらも、椛は同僚の言葉を否定する。
どうして落ち込む必要があるのかは全然分からないが、とりあえず椛が誰かを待っていて、その誰かが、同僚の中でもそれなりに親しい彼女も知らない男であったことだけは、紛れもない事実である。
――とりあえず、余り浮いた話の聞かない椛の、まさに衝撃的とも言える場面に出くわしてしまったようであることだけは、間違いないように思えた。

「あー、それじゃ! また明日!」
「あ! ちょっと……」

椛が飛び去ろうとする同僚の肩を掴もうと思って挙げた右手は、虚しく空を切った。
あっという間に、それこそ烏天狗にも匹敵するのではないか、と思えるくらいの速さで小さくなっていく同僚を見やり、椛は頭が痛くなるような思いがした。
――明日、同僚たちに何と言われるか、考えるだけで、更に胃が痛くなってきた。

「……はぁ」

溜息を吐くも、下にいる霖之助を放っておくわけにもいかない。
と、と枝から飛び降り、椛は霖之助のすぐ正面へと着地した。

「……さっきの子は、椛君の同僚かい? 何だかえらい速さでどこかに行ってしまったようだが……邪魔だったかい?」
「いえ、大丈夫です。仕事中にたまたま私を見つけただけみたいですし……」

――まぁ、思いっきり香霖堂さんの事を勘違いしてましたけどね。

流石にそれは椛の口からは言えなかったが、何も知らずに暢気な事を言う霖之助が、少しだけ恨めしかった。
とは言え、彼は椛側の事情を何一つ知らないため、何を言ってもお門違いにしかならないし、そもそも実際に勘違いされるようなこともない、というのが真実である。
――その真実の方が、実は少しだけ辛かったりするのだが。

「そうかい? ならいいんだが……しかし、帰りも道案内を引き受けてもらって本当に助かったよ。僕の用が終わるまで待っていてもらったみたいで、本当にすまなかったね。今日は世話になったし、晩ご飯くらいはご馳走しようかと思ってるんだが、どうかな?」
「……そう、ですね」

かと思えば、こうも簡単に自分の家へと誘ってくるのだから、よく分からない。
しかも昼ならまだしも、これから夜になろうという時間帯に、である。
こうも簡単に誘ってくるのは、きっとそういう対象としては思われていないからなのだろうが――それが、何となく椛は悔しかった。
慌てたり何だりしているのが自分だけ、というのは、如何なる事情があるにせよ、やはり不公平に思う。
――だから。

「……香霖堂さんが構わないんでしたら、是非お邪魔させてください。機会があれば、お店の方に行きたいと思っていましたから」

――どちらかと言えば、帰る時に遅くなってしまう事もありうるため、断ろうかとも思っていたのだが、この際構うものか。
香霖堂へ行きたいと思っていたのは事実であるし、それが霖之助の方からの誘いであれば、乗るのが上策であろう。
それに、どうせそういう対象として見られてないのなら、いつ行ったところで何かが起こるわけでもないだろう。
――尤も、それは裏を返せば女として見られていないと言い換えることも出来るため、非常に複雑ではあるのだが。

「そうかい? それはちょうど良かった」

そんな椛の心境など露も知らず、霖之助はほっとしたように微笑んだ。
きっと霖之助には、明日、仕事へ出た椛が同僚にどんな風に言われるかなど、想像もしていないのだろう。
――それがやはり、椛には悔しくて。
もうどうにでもなれ、と半ば自棄になりながら、椛は何気なく霖之助の手を取り、引いた。

「――そろそろ陽が落ちますし、暗くなりますから。早く行きましょう?」
「あ、ああ。そうだね」

椛に手を引かれ、霖之助もその小さな手を握り返しながら、歩みを進めた。
――妖怪の山に夜の帳が落ちるのも時間の問題であるし、山中に入れば木々で視界が一気に悪くなるが、なに、幻想郷で最も目がいい白狼天狗の椛がいるのだ。
この手を離さなければ、何も心配する事はないだろう。
ちゃんと椛について行けるよう、霖之助は握られた手に加える力を少しだけ強めた。
びく、と椛の背筋が揺れた気がしたが、霖之助はそれについては深く考えることはなかった。


 ◇ ◇ ◇


――後日。
そんなふうに手を繋いで下山する二人の姿は、あの同僚の白狼天狗だけでなく、思ったよりも色々な白狼天狗に目撃されており。
それが因でちょっとしたお祭り騒ぎのようになったのを沈静させるため、椛は奔走する事になるのだが、それはあくまでも余談である。

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コメントコメント


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椛霖(゜∀゜;ノ)ノ椛霖
俺の頭の中がお祭り状態です。
流石淡色さんは格が違った

はんぺん | URL | 2010/07/17 (Sat) 22:36 [編集]


椛霖第二弾!
いろいろごちそうさまでした。
余談の方も気になりますねぇ。

豆腐屋 | URL | 2010/07/21 (Wed) 20:51 [編集]


 
 

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