淡色の空

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対岸から見る、此彼の距離

こんばんわ、淡色です。
ここ数年、季節の変わり目の寒暖の差がやばいですね。
皆さんも体調には十分お気をつけください。

今回のお話は久々のアリ霖です。
書いていて思ったんですが、実際のところアリスと霖之助さんの二人って、
原作で面識がないのが不思議なくらい共通点がありますよね。
魔法の森在住でご近所さんだったり、どちらも裁縫が出来るところだったり、
魔法についての知識があるところだったり。
(まぁ、霖之助さんの知識はどっちかと言えば西洋というより東洋寄りですが)

あと、何故かどちらも他人に対する態度が似ているようなイメージがありますね。
世話焼きなのかそうでないのか、どちらとも言えないところがある感じがします。
まぁ、それはあくまで私だけのイメージかもしれませんが。

そんな事を考えながらつらつらと書いていたら、
つい暴走してプロットから大分脱線してえらい難産となったのは内緒です(ぇ

では、いつも通り以下より~。

(霖之助、アリス)



人里から離れた魔法の森に住んではいるものの、アリスが里に足を運ぶ回数は、実は決して少なくない。
自身が人形劇を開催する際に訪れるのは勿論のこと、裁縫で使う道具や材料のほか、必須ではないものの食事を摂る習慣もあるので、それらの買い出しに向かう回数も含めれば、ひょっとしたら里を敬遠しているらしい魔理沙よりも訪れる回数は多いかもしれないくらいだ。
――しかし、かと言って里に馴染んでいるか、と言われれば、それはノーであるのが実情である。

「――毎度ありがとうございます。これからもご贔屓に」
「えぇ、こちらこそ」

里の中でも比較的よく利用する呉服屋の店主の言葉に、アリスは至って平静な抑揚で言葉を返す。
その一連の動作には無礼さなど微塵もないが、かと言って親しみのような色もない。
文字通り、まるで教科書に載っている見本をそのまま体現しているかのような、淡々とした返答である。
そうしたやり取りを簡単に終えて、アリスはくるりと踵を返し、店の軒先を後にする。
飛ぶ鳥は後を濁さないくらい、これまたあっさりとした退店だった。
――しかし、アリスがそんなあっさりとした態度をとるのは、何もあの店の主と殆ど面識がないからではない。
寧ろ、里の呉服屋はアリスの魔法技術の関係上、多くある商店の中でも比較的利用する方であり、アリス自身もあの店の主の顔は覚えている。

だが、身も蓋もない言い方をしてしまえば、それだけである場合が殆どだ。

あの主以外にも、たまに里で開く人形劇を見に来る子供たちや、他にも利用する店の主など、接する機会が多い何人かは顔を覚えてはいるが、それ以上に踏み入った交流はない。
里で見かければ簡単な挨拶を交わし、話しかけられればそれに応えるくらいはする程度である。
まぁ、子供たちはその特有の無邪気さから、まだ自分を見かけるとこちらに寄ってくることもあるので相手をする事も多いが、大人の場合は向こうもある程度こちらの接し方を察しているのか、それとも自分を人外の存在だと認識しているのか、そういう事を積極的にはしてこない。
偶に森に迷い込んだ人間を助けるような事もあるが、その相手ともそれっきりの場合が殆どで、その後どうなったかなどは知らないし、知りたいと思う事もない。
そういった事から――多分に憶測を含むが――この里での自分への評価は、『悪い人ではなさそうだが少々取っ付きにくい人』というのがいいところだろうと、アリスは思っている。
尤も、変に『いい人』だと思われて寄ってこられるのも面倒だったが故にそんな応対をしていたので、その評価に不満があるなどという事はない。
寧ろ、極端に避けられるわけでもなく、かつ纏わりつかれるでもないこの距離感は、実に理想と言えた。
一応、里の店以外にも香霖堂を利用する事はあるが、当然あの店一つでアリスの望むもの全てを揃えられるわけがない。
他に代替手段がない以上、多種多様のものが揃えられるこの里を利用出来なくなるデメリットは決して無視出来ないので、こことはこの先も面倒のない付き合いをしていきたいものである。

「……あら?」

そんな事をつらつらと考えながら、里の大路をぼんやりと歩いていたからだろうか。
ふと前方に、ちょうど今しがた思い浮かべていた店の主が、何やら小難しい顔で立っているのが目に入った。
里にいる事自体が中々珍しいはずの彼が、何やら思案顔で道の途中に立っているというのは、それだけでやや目立つものだ。
まぁ中身はともかく、顔立ちが整っていて高身長なのだから、それで目立つなという方が無理難題なのだろう。
アリス自身も、その目立つものに惹かれて――というわけではないが、後は特に何処かに寄る用もなかったので、とことことその立ち尽くす小難しい顔へと歩みを向けた。

「――こんにちは、霖之助さん。珍しいわね、ここで会うなんて」
「ん? ……おや、アリスじゃないか。こんにちは。確かに奇遇だね」

そうして声をかけると、霖之助は今しがたまで浮かべていた思案顔を薄めて、アリスを振り返る。
簡単に挨拶を済ませつつ、一体何を考えていたのか、と、彼が見ていた先を目で追ってみると。

「……ふぅん。変、とまでは言わないけど……どういう風の吹き回しなのかしら」
「……そう思う気持ちは分からないでもないが……まあ、『明日は槍が降る』などと言われなかっただけマシ、としておこうか」

思わず口を衝いて出たアリスの声に、霖之助はやや心外そうに渋面を作る。
しかし、それも無理はなかろうと霖之助も理解はしている。
それと言うのも、つい今しがたまで自分が思案顔で目を向けていた先にあったのは、はっきりと女性を対象としていると分かるくらい可愛らしい内装をした和菓子店だったからだ。
更に追い討ちをかけるように、その店の中にいる客層は当然のように年若い女性達が殆どで、男性もいない事はないが、須らく同年代くらいの女性と組になっているという状況である。
とてもではないが、男性が一人で入るには随分と精神力が必要そうな店であることに違いはなかった。
――しかし、いずれにしても霖之助が一人で、そんな店を思案顔でじっと見ていたというのは、やはり奇妙と言わざるを得ないのが事実だった。
これを見つけたのがアリスではなく、霊夢や魔理沙であったのなら、今頃散々なことを言われていただろうことは想像に難くない。
他にも同じような和菓子店はあるのに、このような明らかに女性を対象とした店に足を向けていたのだから、その予測はきっと間違ってはいないだろう。

「……まぁ、店の内装とか客層については置いておくにしても、やっぱりちょっとだけ意外ね。霖之助さんが和菓子を作るのは知ってたけど、それを食べてる姿は殆ど見たことなかったから、てっきり霊夢と魔理沙にせがまれて作ってるのかと思ってたんだけど」
「結果的にはそうなる場合が殆どかもしれないが、僕も口にする事はあるよ。僕自身、あっさりとした甘味は嫌いではないから、自分で作る他にこうして里に寄った際にもののついでに買う事も少なくはない。今日も、里にいた頃の恩師に呼ばれてここに来た際に、師の奥方から新しく出来たという店を勧めらてね。せっかくだから、こうして足を向けてみたんだが……」

そう言って、霖之助は再び困ったような顔で店の方を見やった。
――なるほど、そういうことか。
如何に信頼出来る筋から勧められたとて、こうも入りにくい様相の店では、流石に彼も周りの目を気にしないわけにはいかないのだろう。
ならば諦めればいいものを、と思わないでもないが、それを口にするのは野暮というものだろう。
とても商人には向いていない性格をしている霖之助にとって、唯一と言っていい商人らしさがこの律儀さなのだから。

「『一人では行きづらいでしょうけど』とは言われていたんだが、こういう意味だったとはね。持ち帰りは出来るらしいが、それにしても足を踏み入れるのは中々に厳しいようだ。それで、どうしようか悩んでいたところだったんだが」
「ふぅん……」

霖之助の言葉を聞きながら、アリスは再びその店を見やった。
――自分が日頃に嗜むのは、その殆どが紅茶だ。
そのため、ティータイムの供になるのは殆どが洋菓子で、しかも自分で作る事が多い。
だから、里のこういう和菓子を扱う店に寄るということは、殆ど皆無と言ってよかった。
今日だって、霖之助がこの店の前にいてその話を聞いたから気が付いたものの、そうでなければ恐らくずっとこの店の存在に気付く事すらなかっただろうと思う。
ならばこれは、何かの縁とでも言うだろうか――。

「……ねぇ、霖之助さん。その勧めてくれた人――まぁ、多分魔理沙のお母さんだと思うけど、霖之助さんから見ても味に信頼が置ける人なのかしら?」
「ああ、その辺は問題ないよ。元々料理上手な人で、和食に関しては僕も教わる事があった人だからね。味覚に関しては十分に信頼できる人だと思う」
「あら、そうなの? ……ふぅん、そっか」

何となしに、アリスはその勧めてくれたという人について霖之助に尋ねてみると、彼からは思ったよりも興味を惹く答えが返ってきた。
そもそも彼の和食の腕は、食事を要しないその体質や本職でもない割にはかなり達者な方である。
アリス自身も洋食や洋菓子に関してはそれなりに腕に覚えがあるが、和食に関しては専門外である事も手伝って、彼にはまだまだ及ばない。
その彼が教わる事もあった相手からの勧めというだけで、単純に技術的な興味が湧いたのだ。
それにもう里に用事という用事もなかったので、多少寄り道しても何も問題はなかったことも、その興味を後押しする要因の一つだった。
元々、彼に声をかけたのは単に知人を見つけたからであって、別に人助けをするつもりなどはなかったが――まあ、もののついでに彼に付き合うというのも、決して悪いものではなかった。

「……じゃあ、私が付き添ってあげるから、一緒に寄っていかない?」
「うん? ……まぁ、僕一人では厳しいものがあったから、その誘いはありがたいが……」

アリスのその言葉を受け、霖之助は一瞬だけちらりと、店の中へと視線を移した。
そうしてすぐにまたアリスへと視線を戻し、彼にしては珍しく若干遠慮がちに、続けた。

「……いいのかい?」
「ええ、別に構わないわ。今の話を聞いてたら、私もちょっと興味が湧いてきたのよ。どんなお店なのかな、って」
「……興味が湧いたというのは、僕が和食を教わった相手からの勧め、というところだろうか?」
「そうそう。そこに俄然、興味が湧いたの。それに霖之助さん、余り人前で他人を誉めるようなことを言わないのに、魔理沙のお母さんに関しては高評価だったから尚更かしらね」
「……なるほどね。まぁ確かにそうかもしれないが、余り人前で誰かの評価を口にしないのには、僕なりの考えがあるんだよ」

ふ、と小さく苦笑を浮かべて、霖之助は言う。
その苦笑が一瞬だけ、いつものそれと違って少し寂しそうに見えたような気もしたが――まぁ、次の瞬間にはいつものそれと全く差異がなかったので、きっと気のせいだったのだろう。
実際、彼は次の瞬間にはいつもと全く変わらぬ口調で、つらつらと饒舌に言葉を躍らせていたのだから。

「と言うのも、僕の周りには誉めると図に乗る輩しかいないからね。そういう相手に対しては口にしないようにはしているが、僕も評価すべき点はちゃんと評価しているんだよ。あくまで言わないだけ、ということさ」
「あら、そうなの? ……そういう話を聞くと、色々と聞いてみたくなるわね。教えられる範疇で構わないから、ちょっと聞かせてもらえないかしら?」
「ふむ……まぁ、君なら誰彼構わず言いふらすような事もないだろうから、ある程度なら構いはしないよ。そうだな、君が構わないなら、僕に付き合ってくれる礼も兼ねてお茶くらいはご馳走しようかと思っているんだが、どうだろうか?」
「……そうね。元々、後は帰るだけだったし、せっかくだから頂こうかしら。霖之助さんからのそういうお誘いも珍しいし、雨宿りついでに、ね」
「……確かに僕から誘うのは珍しいかもしれないが、かと言って雨なんか降るわけないだろう? 君は霊夢や魔理沙と違って、言わなくてもいいことは言わないタイプだと思っていたんだがね」

はぁ、と霖之助はやや気だるそうに溜息を吐いたものの、特にそれ以上の言葉はなく、軽く目線で店を示してからゆっくりと歩き出した。
多分、『行こう』ということなのだろう。
実に分かりにくい上に、とてもこれからお茶を共にする女性に向ける所作とは思えないくらい素っ気無いが、そういうところが寧ろ彼らしくもあるように思えるのは――多分彼が、自分にしては珍しく付き合いが長く続く存在だからなのだろう。
その意外に大きい背中の後についていくように歩きながら、アリスはそう思う。

過度に相手の領域に踏み込まず、しかし必要な時に必要なだけ手を貸してくれる霖之助との距離感は、付かず離れずという言葉がよく似合うように思う。
それは彼が元々有していた天賦の性格なのか、それとも半人半妖の境遇から地道に培われた感覚なのか。
根源がどちらなのかは不明だが、その距離感や対人観は、ある種アリス自身が他人と保とうとするものと共通しているように思えていた。
そういった互いの個人領域に対する認識が近しいからこそ、自分は彼に対しては変に構えることもなく接することが出来るのだろうと思う。
少なくとも他の大多数の人間とは異なり、今回のこれのようにアリスの方から助け舟を出そうと思うくらいには、彼に対して親しみを感じているのは紛れもない事実である。
元々、彼と自分は裁縫や魔法知識など、有している技術や知識に似通っているところがあったから、尚の事だったのだろう。
そしてその距離感というものは――意外なほどに、悪くはなかった。


「――へぇ、結構色々あるのね。ねえ霖之助さん。お勧めってどれかしら?」

そうして、二人で空いていたテーブルに案内され、置かれていたメニューを開きながら、アリスは開口一番に尋ねた。
勿論、アリス自身が和菓子の種類を全く知らないという事はない。
ないが、やはり専門店というだけあって、その種類はアリスの知っている定番から名前しか知らないようなものまで数多く、ここから選ぶというのは骨が折れるほど大変ではないが、正直面倒が勝った。
ならば、よく知る先達に意見を求めるのは寧ろ当然の流れだった。

「……それを店員じゃなくて、僕に聞くのかい?」
「それはそうよ。普通、誰かにお店を勧められたなら、そのお店で一番の品だって勧められたと思うでしょう? それに霖之助さんのことだから、仮に相手が言わなくても自分から聞くだろうと思ったのよ」
「……誉められてるのかどうかよく分からないが、概ねその通りではあるね。ちなみに、奥方から勧められたのは桜餅だったよ。何でも、ここの桜餅は生地にこの店独自に作る、桜の花弁の塩漬けを練り込んであるらしくてね。正しく『桜餅』の名に恥じないくらい、桜を満喫できる菓子として売りにしていると聞いたよ。それにこれを頼むと、サービスで桜湯もついてくるようでね。それもまた趣深くて評判がいいらしい。まぁ、今はもう時期を過ぎているから、趣深さという点では多少本来の意義から外れるかもしれないが、いつでも桜餅を口に出来るという点も、評価のうちの一つらしい」
「そうなんだ。桜尽くしっていうところが、この国らしくていいわね。じゃあ、私はそれを頂こうかしら……」
「まぁ、君のことだ。単純に職人としての技量にも興味があるだろうから、それなら基本ゆえに誤魔化しようがない団子や草もちもいいかもしれないがね。……ふむ。今日は少し暖かいから、水羊羹というのも悪くないな……」
「あ、羊羹もいいわね。前に霖之助さんのところで頂いたのも美味しかったし……うーん、迷うわね……」
「しかし、せっかく奥方に勧められたこともあるのだし、桜餅は持ち帰りにすべきだろうか……。しかし、そうなると霊夢と魔理沙の存在が厄介だな……」
「あぁ……そうね、霖之助さんが食べる前になくなるかもしれないのよね……。でも、あの二人だって霖之助さんがちゃんと本気で注意すれば、さすがにやめると思うんだけど」
「……君以外にも、何故かそれをよく言われるんだが……正直、あまりその場面が想像出来なくてね。出来れば僕もそうあって欲しいとは、常々思ってはいるんだが」
「……そんなだから、あの二人には甘いって言われるのよね、霖之助さんは」

霖之助とアリスはメニューを手にしたまま、互いに苦笑した。
――そうして注文を済ませて、何となしに互いに言葉を交わす事暫し。
気が付いてみれば、アリスと霖之助は人里にいながら、まるで香霖堂にいる時のような会話をしていた。
それは例えば、今お互いが口にしている和菓子に関する薀蓄であったり、或いは霊夢や魔理沙についてのことであったり、ここ最近入荷した布生地や裁縫道具のことであったりと、文字通り場所を香霖堂から人里へと移動させただけのような内容だった。
尤も二人からしてみればそれは、寧ろ顔を合わせた際の日常そのものでしかなかった。
故に、アリスと霖之助はすっかり人里の和菓子店にいることも忘れ、いつも香霖堂でそうしているように、暫しの歓談に花を咲かせた。




尤も、それが本人たちにとっては『いつも通り』であっても、何も知らない第三者からもそう見えるのか、と問われれば――その答えは、当人のみが与り知らぬ領域のものであることを、アリスはすっかり失念していたのだが。



 ◇ ◇ ◇


「――おや? 今日は森近の奴と一緒じゃないんですかい?」
「……はい?」

以前、里を訪れてから数週間が経った頃。
再び里を訪れ、雑貨を探そうと軒先を潜った店の店員らしき老年の男性から、アリスは唐突にそんな事を尋ねられた。
――この店員が言っている『森近』とは、多分今アリスが思い浮かべている人物と同一人物の事を言っているのだろうということは、すぐに分かった。
と言うか、アリスからしてみれば『彼』しか森近という単語に関わりがある人がいなかったので、正解不正解関係なく、たった一人しか思い浮かばなかっただけだった。
そしてその唐突な問いかけに対し、すぐに分かったのもそれだけだった。
その他の言葉が指す意味が、アリスには全くと言っていいほど分からなかったのだ。
一緒も何も、寧ろ霖之助とは一緒に里に訪れた事すら殆どないのだから、アリスからすれば一緒でないのが寧ろ当然だった。
それなのに、どうして目の前のこの店員は、さも不思議そうにそんな事を尋ねてくるのだろうか。
それに、この店員が妙に霖之助に対して馴れ馴れしいというか、部下に接するような口調をしているのもよく分からないのだが――。

「……あ。もしかして貴方が、霖之助さんが言ってた『霧雨の親父さん』……?」

そこまで考えて、アリスは今自分がいる店の屋号をふと思い出した。
里の中では一番と言っていいほど広い、この店の軒先に堂々と掲げられた看板に書かれていた文字は、『霧雨道具店』。
それに加えて、見た目の年齢とその口調。
それらを統一して考えれば、その推測に辿り着くのは、事前に霖之助の師について聞き知っていたアリスにとって然程難しい事ではなかった。

「ああ、あいつから俺の話を聞いてるんですかい? どうも、霧雨道具店の主です」

恭しく頭を下げながら、霖之助に『親父さん』と呼ばれている彼は、快活に笑った。
――そうして笑った顔と雰囲気は、どことなく同じ森に住む某白黒の魔法使いに似ているような気がした。
確か、彼女とこの『親父さん』は、喧嘩別れをしてそれっきりだと霖之助から話を聞いたことがあるが、やはり人間の親子である以上、血は争えないということなのだろう。
しかしそう考えると、魔理沙とは正反対と言っていい性格の霖之助が、その魔理沙とよく似ているこの霧雨店主の弟子として働いていたというのも中々不思議ではある。
師はこんなにも快活に笑い、そしてその娘も実に明るくてやり過ぎなくらい行動的であるのに、どうして弟子である霖之助はこうならなかったのだろうか。
尤も、彼がこんなに明るく笑うのも正直想像出来ないので、あれはあれでいいのかもしれないが――と、そこまでアリスは考えて、当初の路線から思考が外れている事に気付いた。
閑話休題も甚だしい。
とりあえず今は他人の家族関係や上下関係に考えを巡らせても仕方ないので、とりあえずそれは脇に置いておく。

「え、ええ。私も偶に香霖堂には行きますから、彼とは交流もありますし、その時に何回かお話を聞いたこともあります。……でも、彼と一緒に里に来たことは殆どないんですが……」

言外に、『どうしてそんな事を聞くのか?』という色を滲ませ、アリスは返答する。
確かに前に里に来た時は帰り際で一緒だったものの、それはあくまで偶然であって、最初から連れ立っていたわけではない。
なので、そんな如何にも不思議そうな顔をされ、かつ一緒にいないことを問われる意味が、アリスにはよく掴めなかった。
――だが、そんなアリスの言葉にも、霧雨店主はやはり、どこか意外そうな響きを含む声で、返した。

「おや、そうなんですかい? いやね、ちょっと前にあの馬鹿弟子と一緒に、うちの家内が勧めた茶屋で仲良さそうにしていたを見かけましてねぇ」
「……えぇっと、仲良さそうと言うか、何と言うか……」

先程まで浮かべていた快活な笑顔に、どういうわけか更に喜色を滲ませながら、彼はどこか感心しているかのように言った。
――その言葉に、漸くアリスはこの霧雨店主が『どうして霖之助と一緒でないのか』と問うた理由に察しがついた。
確かに剣呑な雰囲気を滲ませて向かい合っていたわけではないので、彼が言っている事自体に何か間違いがあるわけではない。
寧ろ、和気藹々と二人でメニューを見比べて、あれがいいこれがいいなどと話していた挙句、その後もつい香霖堂でそうしているように歓談していたのだから、傍目に見ても仲が良さそうに見えたというのは十分に理解出来る。
そしてそれが故に、自分たちのその和気藹々とした様子が、所謂『仲が良い男女』のそれに見えたという可能性も、当事者としても決して否定が出来なかった。
人間は噂話というものを好むものだが、その中でも特に腫れた惚れたの話題に対する反応は異常である。
真実から邪推、果ては捏造まで、その反応性はゴシップ好きの烏天狗に勝るとも劣らないと言って差支えがない。
目の前の老齢にかかりつつある霧雨店主とて人間であり、しかも霖之助とは師弟関係である以上、そういう勘違いに突っ走ってしまう事は十分に考えられた。
――そう、アリスの中では結論付けられつつあったのだが、意外にも霧雨店主の言葉は、更に続けられた。

「あの店、随分と腕はいいんですが、男の独り身じゃあ随分と入りにくいでしょう? だから、後で家内に聞いたんですよ。『何で森近にあの店を教えたんだ?』とね。――そうしたら家内の奴、『一人では行きにくいでしょうけど、二人なら大丈夫って言って教えたのよ。つまり、誰か他にいい人を見つけて行くといいわ、って意味だったんだけど、ちょっと分かりにくかったかしら?』なんて言うんですよ。いやぁ、いつもなら『あいつにそんなんで伝わるわけねぇだろ』なんて言うところだったんですが、その時ばかりは『よくやった!』なんて言って大笑いしましてね。まさかあの馬鹿が、その日にあんたみたいな美人を連れて行くとは夢にも思ってなかったもんですからねぇ」
「……は、はい?」

まるで怒涛のように告げられる裏事情に、順調に動いていたアリスの思考が一瞬、空白で埋まりかけた。
――と言うか、何だその話は。
そんな話の一欠けらも、アリスはあの時の霖之助からは一切聞いていない。
今の彼の話の中で知っていたのは、精々魔理沙の母親が言っていたという、『一人では行きにくい』というフレーズだけである。
その後に続いている『二人なら大丈夫』という部分が、彼の言葉からは綺麗さっぱり消えてなくなっていたのはどういうわけだろうか。
霖之助に何か意図があってそうしたのだろうか。
いや、仮にそうだったとしても、それに何か意味があるようには思えないのだが――。

「それに、普段はずっと澄まし顔してるところしか見なかったあんたも、随分と『らしい』表情をしてましたんでね。『この人はこんな顔もするのか』って、ちょっと驚いたんですよ。……ま、あいつはあの通り、ちょっと変わってたり生い立ちが複雑だったりしますが、悪い奴じゃないのは俺が保証しますんでね。出来ればこれからもよろしく頼みますよ」
「え? あ、はい……って、いえ、あの!」
「ん? ――おっと、そろそろ時間か。すみません、これからちょっと寄合がありますんで、これで失礼します。店の者には十分なサービスをするよう言っておきますんで、ゆっくり見ていってください」
「あ、あの、ちょっと……」

言うが早いのか、それとも本当に急いでいたのか。
霧雨店主はそう言い残すと、あっと言う間に店の奥へと引っ込んでいってしまった。
――そうして後に残されたのは、様々な新事実を色々と聞かされ、しかしその詳細な説明は一切されることがなかった、七色の魔法使いただ一人だけだった。

「……ど、どういうこと?」

混乱、とまではいかないが、今しがた知ったばかりの情報や、それに元にした様々な予想や推測がアリスの思考のそこら中に錯綜し、整理が追いつかなくなりつつあった。
――確かに霧雨店主の言っていたとおり、アリスも普段の霖之助を見ている限りでは、彼の奥方のような迂遠な言い回しの真意を霖之助が理解出来るとは、正直なところ思えなかった。
彼が妙なところで感情の機微に疎いのは、アリス自身も見てきたし、また感じても来たことであったが故だ。
恐らく彼と親しい霊夢や魔理沙、紅魔館の連中に同じ事を尋ねたとしても、同じような答えが返ってくることだろう。
――しかし、しかしである。
もし仮にその言い回しの真意に気付いていたのだとしたら――そういう仮定を下敷きにして思い返してみると、あの時の霖之助に薄っすらと感じた少々妙な点に、真っ当な説明がついてしまうのだ。

例えば、一瞬だけではあったが、店の中を確認するかのように向けられていた視線。
例えば、彼にしては珍しく遠慮がちに、アリスの誘いを再確認してきた点。
――例えば、アリスの興味が霖之助の技術や評価に向いていた事を確認出来た際の、彼の反応。

それを目の当たりにしたその時は然程気にも留めていなかったが、よくよく普段の彼を考えてみると、そのいずれもが少々不自然だと思えるものばかりである。

だが例えば、霖之助が師の奥方の真意を理解していたために、自分と二人であの店で共にお茶をするという意味を考え、その上で自分の誘いを再確認していたのだとしたら?
そして、その真意を理解していたがために、自分の興味が向いている矛先を確認し――それに、僅かな落胆を感じていたのだとしたら?

無論、アリスがどれだけ仮説を立てたところで、所詮はその思考をしていた霖之助本人ではないため、どこまで行っても仮説は仮説でしかない。
だが、『もし彼はちゃんと全てを理解していた』と仮定して考えると、あの時の彼の所作が妙にしっくり来るのも確かなのである。
そして、仮に――もし、その仮説が見事に的中していたのだとしたら、つまり彼は――。

「……ふぅ。考えても埒があかないわね」

静かに溜息を吐いて、アリスは呟いた。
思考に集中できる自宅の中ならばともかく、人里、しかも店の軒先で延々と考え事をしていても効率的ではないし、的確な答えが得られる事も恐らくはない。
なら、今日のところは早めに用事を済ませ、場所を変えるのが最も効率的な方法だろう。
例えば――そう。
今頃、くしゃみを連発しているかもしれない店主が営む、何処ぞの流行らない店なんかがいいかもしれない。
何せ、その答えを知っている唯一の当事者であるのだから、自分の仮説に対するアドバイスを聞く上でこれ以上の適任者はいない。
尤も、きっとその口は異常なくらい固くて重いのだろうが――それを如何に開けてもらうかを考えるのも、また一興だろうか。

「……まぁ、どうせ行くつもりだったし。せっかくだから、色々と聞いてみましょうかしら」

くすり、と小さく笑ってから、アリスは当初の用事を早々に済ませるため、多種多様な雑貨や道具が陳列された商品棚へやや足早に近づいていく。

――遠い何処かで誰かが、くしゃみをしたような気が、した。

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コメントコメント


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霖之助さんが奥方の本意を理解した上で
アリスが来るのを店の前でずっと待ってたというなら
何か、こう、非常に俺得であります

iura | URL | 2012/10/09 (Tue) 21:02 [編集]


真意を丸っきりスルーして和菓子に対する興味のみで誘ったってのも霖之助さんらしいっちゃらしいですけどねww

| URL | 2012/10/12 (Fri) 10:08 [編集]


なんいせよ、アリ霖はよい……。
ナズー霖の探り合う空気ももいいし、美霖の気を遣い合う空気も魔理霖のお互い慣れ親しんだ空気も咲霖のさっぱりしすぎない空気もパチュ霖の探求しあう空気もいいけど――――こういうお互いの領分を踏み越えない空気もよいです。

……霖之助がいればいいんじゃないか? は言ってはいけない。

コモレビ | URL | 2012/10/13 (Sat) 23:55 [編集]


果たしてわかっててやったのだろうかw
アリス「まさかそんなふうに(女性として好き)思ってなんて」
霖之助「もちろん(常連とは仲良く)これからもよろしく」
アリス「も、もちろんでもお母さんに報告しないと」
霖之助「お母さん?(まさか紹介してくれるなら新規顧客が増える)じゃあすぐ行こう」
アリス「え、でも恥ずかいわ、心の準備が」
霖之助「香霖堂を紹介するだけだろ」
アリス「え?」
霖之助「え?」

猟奇王 | URL | 2012/10/21 (Sun) 01:57 [編集]


霖之助くんの真意と告白編を全裸待機

| URL | 2012/10/22 (Mon) 08:27 [編集]


二人で和菓子を頬張りながら仲良く談笑とな?
もう君たちくっついちゃえyo-

さりげに一押しした親父さんGJ

胡散臭さ万歳 | URL | 2012/10/27 (Sat) 16:06 [編集]


 
 

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