淡色の空

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バレンタインSS - 霖と地獄鴉

月のイベントを追おうとしても、全く追えていない淡色です。

いやー、先日のバレンタインラッシュは凄かったですね。
色んな方々の糖分摂取で生き延びることが出来ました。

かく言う私も、どうにかそのラッシュに紛れ込もうと思ったんですが……
まぁ、それに乗れないというのはよくあることです(泣

というわけで、もう四日も遅れましたが、バレンタインSSです。

書いたことのない組み合わせになりましたが、
それでもよろしければいつものように以下よりどうぞ~。

(霖之助、空)


――冬の空は、割と好きだ。

冬季にしては珍しく快晴となった大空を滑空しながら、空は思う。
当然ではあるが、他の季節のそれが味気ないと言っているわけではない。
だが、この時期特有の芯まで澄み切った空気は、他の季節には決して存在しない。
ゆっくりと深く深呼吸すれば、えも言われぬ清浄さを肺腑の底まで実感できる。
それがまた心地良いのだ。
――尤もその代償には、これまた冬にしか存在しえない、文字通り肌を切るような冷風をその身に浴び続けなければならないが、防寒さえしっかりとしておけば、その辺りの事は割とどうにでもなる。
事実、今の感覚としては、露出せざるを得ない顔などは確かに冷たい風に晒されているが、それ以外の部分には然したる冷気を感じていない。
つい少し前に、さとりと一緒に香霖堂に行った時に買ってもらった耳当てと携帯懐炉が、それら青い冷気を防ぐのに役に立っていたからだ。
とても、とても温かかった。
自分はこれよりも遥かに強い熱を放出できるが、あれとは全然違う、心地よくて優しい温かさだ。
特に携帯懐炉は、まるで春が自分のポケットの中にいるような感じですらあった。

「――うにゅ」

その小さな春と一緒にポケットに収まっている箱を、まるで宝物のように握り締めながら、先を急ぐ。
魔法の森の入り口にひっそりと構える、小さな古道具屋へ。


 ◇ ◇ ◇


今日は、朝から随分と久しぶりによく晴れた日になった。
つい先日までの天気と言えば、強く吹雪くようなことはなかったものの、灰色の曇天がずっと天蓋を覆うような日ばかりだったのだ。
外に出たり、掃除や洗濯をするのなら、今日という日はこれ以上ないくらい絶好の日であろう。
――と、普通ならば思うだろうが、窓から外の様子を気だるそうに眺めている霖之助にとっては、そんな気分が良くなるような天気も然したる意味を持たない。
元々、冬の間に自発的に出かけることなど殆どない。
故に、雪が降ろうが晴れようが、そこに大した不満も感動もない。
精々、雪が積もればしなくてはならない雪掻きに面倒さを覚えるくらいである。
まぁ、こうも気持ちよく晴れれば、寒さで遠のいている客足が少しは戻ってくることを期待出来るだろうが、晴れていても雨が降っていても午前中は大体静かなのがこの店での常だ。
かと言ってこの現状に不満などないので、いつも通りにカウンターでお茶を片手に本を開き、優雅な読書を愉しんでいた。





そうして、どれくらいの時間が経った頃だっただろうか。

――からん。

本当に人がいるのか、と思えるくらいの静謐で埋まるこの店内に、霹靂のように高く澄んだ声色が響く。
元々の静かさゆえか、意外に大きな響きをもって聞こえたそれに、ふと霖之助は小さくその視線を上げた。
――その先には、文字通り太陽のような笑みを浮かべた地獄鴉が、寒さ故か頬と鼻を少し赤くして佇んでいた。

「こんにちは! お兄さん!」
「おや、お空じゃないか。いらっしゃい」

天真爛漫。元気溌溂。
彼女を四文字熟語で表すのならば、その二つがまず頭に浮かぶ。
その邪気のない真っ直ぐな元気さは、いつ見ても実に微笑ましい。
――その姿を見ていると、昔の魔理沙もちょうどこんな感じだったのを思い出す。
あの頃はただただ無邪気かつ素直で、人間の子供らしい相応の好奇心にも満ち溢れ、実に可愛らしかったものだが――今となっては、随分と破天荒な性格になってしまったものである。
それ自体を悪いと言うつもりはないのだが、もう年頃なのだから少しは落ち着いてもらえれば、と思わないでもない。
大分前はそれを逐一注意していたのだが、今はもう言っても聞かないと分かっているので、それを口にする機会もめっきり減ってしまった。
出来れば空には、そういう足跡は辿らないで欲しいものである。
恐らくは辿ることもないとは思うが。

「今日はおつかいに来たのかい? 確かつい先日も来たと思ったんだが……」
「んーん、今日は違うの!」
「……そうか」

相変わらず元気に満ち溢れているその声に、些かの落胆を覚えるのは商人の性だろう。
だが、彼女は霊夢や魔理沙といった『常連』とは異なり、偶に彼女が集めた『光り物』との物々交換で買い物もしていってくれるので、そのはっきりとした断りの言葉に少しの落胆を感じても、呆れや諦観といったものはない。
彼女がさとりと一緒に来店し、地上に仕事に来ているという彼女のために数点の防寒具を購入していってくれたのも、つい先日のことだ。
ちょうど今、彼女がしている耳当てがその中の一つである。
早速道具を有効活用してくれているようで何よりだ。
――しかし、彼女の来店理由が買い物でないとすると、もしかして遊びにでも来たのだろうか。
ただの冷やかしならともかく、客にもなってくれる相手ならば、別に来るなと言うつもりはないが――あくまで香霖堂は商店であって、遊技場ではないのだが。

「じゃあ、今日はどうしたんだい?」
「えっとね……はい!」

空は相変わらずニコニコと微笑みながら、ポケットから素早く何かを取り出し、それを霖之助の目の前のカウンターに置いた。
突如現れた随分と可愛らしい包装のそれに、少しばかり瞠目する。

「? これはどうしたんだい?」
「お兄さんにあげる!」

何か、とのこちらの質問には答えることなく、空はただただ、そうとだけ返してきた。
――今こうしている相手が空や、或いはチルノでなければ、何と頭が痛む会話であろうか。
いや、実際にその二人であっても頭は痛いのだが、元から『そうなのだ』と思えるば幾分か軽減出来るだけマシという程度である。
決して全てを許容しているわけではない。
まぁ、別に問わなくとも自分ならば、その中を検めることは大した苦難でもないので構いはしないのだが――。

「山の神様に聞いたの。今日は好きな人に『ちょこ』ってお菓子をあげる日なんだって! だから昨日、さとり様とお燐と一緒に――あれ、何だっけ? 名前忘れちゃった……けど、そのちょこで丸いお菓子を作ったの。私が作ったんだよ」
「……ああ、そうか。今日はそうだったね」

今、まさにその箱の名称と用途を確かめようとしたその時に、漸く霖之助が求めていた答えが返ってきた。
そう言えば、今年ももうそんな時期になったか。
今年は飽きたのか何なのかは知らないが、天狗が余り騒がなかったためにてっきり忘れていた。
――しかし、それだけのためにわざわざ地底から来たのだろうか。
彼女は飛んで移動できるとしても、地底と地上は決して近くはない距離がある。
それなのに、わざわざこうして届けてくれたというのなら、随分と微笑ましくなるようなことではないか。
柄ではないかもしれないが、やんわりとした穏やかな感情が胸の内から湧いてくる。

「……そうか。随分と上手く出来たものを、わざわざありがとう。お空」
「うにゅ!」

簡単ではあるが、しっかりと礼を告げると、空は嬉しそうに頷いた。
元々、ずっと機嫌が良さそうに微笑んでいたが、その度合いが更に増したのが見ていても分かった。
こうも率直に自分が言った礼に対して喜んでいるのが分かると、言った側であるこちらも悪い気などするはずがない。
素直すぎるというのもある意味では考え物だが、こと彼女に限って言えば、寧ろこれくらい率直な感情表現をしている方がよく似合う。
誰も彼もが均一化する必要はない、ということだ。

「……ふむ。しかし、随分と綺麗に包んだじゃ――ん?」

空が包んだにしては綺麗な包装の箱をよく見ようと、その箱を手に取り――――そこで、霖之助の動きが止まった。

何だか、随分と箱が温かかった。
今まで空は外を移動していたはずなので、通常の運び方をしてきたのならば、この箱は冷えていなければならないはずだ。
しかしどういうわけか今、霖之助の手に収まっている綺麗な箱は、紛れもなく温かさを放っていた。
少なくとも、ストーブがついていて外よりは確実に暖かいこの部屋の空気よりも、更に温かさを感じる。

普通に考えて、チョコレートが入っている容器があるべき状態として、これは非常にまずいのではないだろうか。
『何が』まずいのかなど、今さら言及する必要もない。
明らかにチョコレートという菓子に対しては、望ましくない環境にあったことがありありと伝わってくる。

それに加えて止めは、彼女の言った『丸いお菓子』という言葉だ。
その言葉から察するに、恐らく彼女が作ったのはトリュフのようなチョコ菓子であったのだろう。
そしてああいう類の菓子は、よっぽど丁寧な個別包装でもしない限り、箱が揺れたり斜めになった時に、中の丸めたチョコが転がるのが自然だ。
だが、今こうして手に持ち、そして少し斜めにしてみても、中のチョコレートが動く感触は何一つない。
感じるのは、ただただ温かい箱の温度だけである。

「……お空。一つ聞きたいんだが、この箱をどこに入れて持ってきたんだい?」
「え? えっと、ポケットの中だよ」
「そのポケットの中に、この箱以外に何かを入れてないか?」
「うん、入れてるよ。これ!」

そう言って、元気良く空がポケットから取り出したのは、霖之助にとって随分と見覚えのある道具だった。

「……それは、もしかして携帯懐炉かい?」
「うん! 前にここでさとり様に買ってもらったやつだよ!」
「……そうか」

にこにこと機嫌が良さそうに告げられた空の言葉が、全ての終着点だった。

――彼女の言う携帯懐炉とは、読んで字のごとく、穏やかに燃焼する灰などを入れられる、携帯性の小型暖房のことである。
無縁塚に行けば、それとはまた別に使い捨てカイロという、遥かに取り扱いが簡単な最新式の懐炉を入手できることがあるが、使える状態で入手出来るのは殆どない。
それ故、昔からある灰を使うタイプの懐炉を、以前に空と一緒に店に来たさとりに売ったのだが、どうやら彼女はそれと一緒にこの箱を持ってきたのだと言う。

はっきり言って、この時点でもう、悪い予感は確信へと昇華していた。

「……分かった、ありがとう」
「?? ……ね、お兄さん。それよりそれ、開けてみてくれないかな?」
「――なんだって?」

その言葉に、霖之助にしては珍しく、はっきりと己の耳を疑った。

――おくびにも出さないでいたが、悪い予感が確信に変わった時点で、霖之助は既にこの場をどう誤魔化すべきかを考えていた。
わざわざ地底からこれを届けてきた彼女を前にして、余りにも厳しい現実を突きつけてしまうのは、いかに自分でも二の足を踏んだ。
ならば、適当に誤魔化すのが最も角の立たない方法であるのは自明だった。
幸い空の事なので、よほど不自然な事をしなければこの場はやり過ごせると思っていたし、この場さえやり過ごせれば、後はどうとでもなるとも思っていた。
通常、贈答品の贈り主がその場で贈った相手に対し、中身を検めさせるような事はまずしないはずなので、空がこれを開ける現場にさえ居合わせなければ、いくらでも誤魔化しようがあったのだ。
そういう意味では、多少はこの状況を楽観視していた。
どうにでもなるだろう、と。
尤も――その楽観は今、こうしてものの見事に打ち砕かれつつあるわけだが。

「……ここで、かい?」
「うにゅ! 初めてだったけど、結構上手に出来たと思うの。だから、開けてみて欲しいな」
「……」

にこにこ。
まるで邪気のないその笑顔は、例えるのなら、目の前に落とし穴がある事を知らぬ天使の顔だった。

――恐らくこのチョコレートは、空の言うとおり上手に出来たものだったのだろう。
自信がなかったのなら、こんな事は間違っても言うはずがない。
自信があるからこそ、それを贈った相手である自分に中を見てもらい、その上で何か言ってくれるのを期待しているのだろう。
彼女を子供だと言うつもりは毛頭ないが、これは人間の子供にもよく見られることだ。
随分と懐かしいが、昔の霊夢も魔理沙もそうだった。
だが――その期待が今は何よりも、重かった。

「……あー……今でないとダメかい?」
「うん! 今がいい!」
「……そうかい」

口調と語調でそれとなく察してくれはしないかと、一抹の期待を込めて尋ねてみた言葉も、見事な笑顔の前に一蹴された。
それに、霖之助は心中で深い溜息を吐いた。

――空の言に従って箱を開けるのと、それに従わずに箱を開けない二通りの選択肢が、目の前にある。
だが、そのどちらを選んでもその先には面倒事しか待っていないのは目に見えていた。
無論、この場だけで収めることが可能そうな前者と、展開次第によっては地霊殿すらも巻き込んでしまいそうな後者とでは、同じ面倒事のそのレベルは些か違う。
当然、出来ることならば面倒事は避けて通りたいところだが――どちらかを選ばなければならないのなら、より面倒がない方を選ぶのは当然の流れだろう。

――致し方ない、か。

天を仰ぎたい気持ちで覚悟を固め、霖之助はゆっくりと箱の包装に手をかけた。
かさり、かさりとゆっくりと包み紙を開けていく。

「……」

その手元を、空は少し緊張した面持ちで凝視している。
勿論、その気持ちは分かる。
分かるが、その先に待っているのは恐らく落胆であろう事を考えると、こちらの感情はどんどんと下がる一方だった。
そんな視線に耐えながら、霖之助は全ての包装を解き終わり、最後の砦である蓋に手をかけた。

――出来れば、今までの予想は全て杞憂であって欲しかった。
実際には何事もなく、ただ無事なチョコレートがそこにある。
そんな、まるで芥子粒のような可能性の未来が残っていることを、ただただ切に願いながら、その手に力を入れて――開けた。

「……うにゅ?」
「……やっぱり、か」

そうして、二人でその箱の中を目の当たりにして、空は首を傾げ、霖之助はついに我慢出来ずに天を仰いだ。
――綺麗な箱に収まっていたそれは、さっきの空が言っていたような丸いものでは、残念ながらなく。
それは霖之助の予想通り、上半分だけ球体を何とか保ち、下半分は流体となって崩れ、流れ去って少し固まっているという、何とも無残な姿に成り果てていた。
やはり現実というものは、単なる半妖が願った程度で覆るような情あるものではなかったらしい。
そこにあったのは、厳しくて避けようがないものだけだった。

「え? あ、あれ? ど、どうしてこんなに溶けてるの? 確か、もっと綺麗だったはずなのに……」
「……お空。君は、携帯懐炉と同じポケットにこれを入れてきた、と言っていたね」

その非情な現実に直面し、事態を未だに上手く呑み込めていない空に言い聞かせるように、訥々と言葉をかける。
これ以上、事態を拡散させぬために。
これ以上、事態を悪化させぬために

「ぇ……あ、うん……」
「このチョコを作ったのが君だと言うのなら分かると思うが、まず最初にチョコを溶かしたはずだ。その時、どうしていた?」
「え? えっと……うーんと…………忘れた」
「……そうか」

あんまりと言えばあんまりな答えに、思わず脱力しかけた。
なるほど。これならば、今のこの惨状はなるべくしてなったという事なのだろう。
まるっきり自業自得ではないか。
――そう、胸中で一人ごちるが、とりあえずこうなってしまった原因は説明してやった方がいいだろうか。

「君はチョコを温めたはずだ。チョコレートは温度が少し高ければ飴以上に容易に融けるから、加工が楽な分注意が必要なものなんだ。と言っても、この季節ならそうそう融ける事はなかったはずだが、君の持っていた携帯懐炉と一緒だったのがまずかったんだろうね」
「……うにゅ……そっか……」

告げられた事実に、空は見ていて分かるくらい、しょんぼりとその立派な翼を力なく垂らした。
霖之助が持っている箱を何度見ても、じっと穴が空くほど見ても、そこにあるのは空の記憶に残っているものとは似ても似つかない、不恰好に溶けかけている黒い塊だけだった。

――本当に、上手く出来たはずだったのだ。

勿論、地底の皆に手伝ってもらったりはしたものの、それは必要最低限だけで、殆どは自分が頑張って作ったものだった。
なのに、なのに。

「……綺麗に、出来たのに……お兄さんにあげようと思って、頑張ったのに……」
「……ふむ」

彼女から漏れ出したその言葉には、いつもの彼女らしからぬ落胆と悲哀がこれでもかと言うほど詰まっていた。
じっと箱を見落としているその目にも、徐々に徐々に光るものが溜まり始めている。
そんな空と、手元の自信作であっただろうチョコレートを交互に眺めて、霖之助は少し考えた。

――通常、こうなってしまったチョコ菓子には、余り価値はない。
菓子とは味の他にも、見た目もその菓子の価値を定める重要な要素だからだ。
和菓子がその好例だろう。
しかし、それはあくまで『商品』という立場からの観点であって、心が込められた『贈り物』という立場からは、そういう見方はすべきではない。
贈答品というものは、勿論商品の価値も無視は出来ないが、何よりも優先すべきなのは贈る側の気持ちを伝えるという意図である。
それは食べ物に限らず、贈り物であるのなら、あらゆるものがそういう観点で評価されるべきなのだ。

だが、現実的に考えれば、全てのものがそう評価されるというわけにはいかない。

贈り物なのだから、その物自体に不備があってはいけない。
如何に心を込めたつもりでも、その不備が故意のものでなかったとしても、相手はそう受け取れないかもしれない。
寧ろ、『こんな物を贈るとは』ということで、顰蹙を買ってしまう場合の方が圧倒的多数だろう。
そうなってしまえば、本来の用途、目的は完全に反転し、贈り物は贈り物としての用を成さなくなってしまう。
殊、貰ったものをその場で開けるのは失礼に当たるという考えが、更にそれを助長していると言えよう。
贈り主のあずかり知らぬところでの出来事に、釈明も弁解もない。
道具を扱う者としては非常に遺憾だが、一般的に考えればそれが普通である。

しかし、今この状況は、その一般には当てはまっていないは明白だ。
何故なら、霖之助は空の『目の前で』その贈り物を開き、そしてその不備が『故意でない』事を知っているからだ。
ならば、今自分の手中で固体と液体の中間にあるこの贈り物には、その正しい用途を全うさせるべきではないのだろうか。
そもそも食べるだけならば、食べられないものや腐っているものでなければどうとでもなる。
チョコレートも、融けているなら融けているなりの食べ方があるのではないか。
と言うか、大分前に目を通した料理本に、そういう記事があったような記憶が僅かながらにあった気がする。

――朧げだが、チョコレートについてやたら詳しい記事が載っている本があった筈だな。えぇと、確か……。

大分前の記憶を手繰り寄せ、その記事について徐々に徐々に思い出す。
殆ど流し読みに近い感じで目を通したはずだったのだが――こうして振り返ってみれば、意外と覚えているものだ。
確か、トリュフやチョコクッキーといった簡単かつ定番のチョコ菓子の作り方の他にも、チョコレートの性質や保存方法、その歴史にまで言及するなど、料理本にしてはやけに充実した記事だったので、物珍しさで覚えていたのだろう。
そしてその記事の中に、『チョコレートの楽しみ方』というものもあったはずだが――。

「……よし。お空、ちょっと待っているといい」
「え?」

暫し自分の記憶を整理して、ようやく朧げながらも目的の知識を掴み取って、霖之助は唐突に席を立った。
空には簡単にそうとだけ言い残して、自身は足早に店の奥へと戻っていってしまった。
――そうして、静かな店内に残ったのは、いきなり霖之助がいなくなって事態が上手く飲み込めない空と。
開けられて、空のポケットの中よりは低い温度に触れ、再び固体に戻りつつあったチョコレートだけだった。

「……もう、遅いよ……」

大分固さを取り戻しつつある、その黒い不恰好な塊をじっと見下ろして、空はぽつりと呟いた。
今更固まったところで、もう元の形とは全然違う。
こんな融けかけた氷みたいな形で固まっても、もう霖之助にこの惨状を見られたという状況を取り繕う事は出来ないのだ。
それは余りにも遅きに失している。
それくらい、空にも分かった。

――もしかしたら、お兄さん、呆れちゃったのかな……。

「……っ」

唇を噛む口元と、ポケットの中に入っていた携帯懐炉を握る手に、少し力が入る。
――握り締めたポケットの中のそれは、相変わらず温かかった。
まるで春のように優しいくせに、今はその優しさのせいでこんな気持ちになっている自分がいる。
それなのに、そんなのお構いなしに、温かい。
その事実に、戸惑う自分がいる。
怒ればいいのか、諦めればいいのか、呆れればいいのか。
それもよく、分からなかったのだ。

「――と、待たせたね、お空」
「……お兄さん」

そうして、自分にしては珍しく葛藤することしばし。
ついさっき、自分の前から消えた声に、ゆるゆるとお空は顔を上げる。
そうして目に入ったのは、どういうわけか牛乳が入った小さな手鍋とカップを二つ持った霖之助の姿だった。

「……それ、どうしたの?」
「ああ、これかい? これから使うんだ」

そうとだけ返して、霖之助はカップをカウンターの上に置き、手鍋はストーブの上へと載せた。
どうやら、牛乳を温めているらしい。
カップが二つあるのは、それを注ぐためだろうか。
――正直、今ここでそれを勧められても、あんまり気分ではないのだが。

「……」
「……ふむ」

ゆっくりと鍋を揺らしながら、静かな時間が流れる。
時折、鍋が揺すられる音以外ない、静かな静かな時間だ。
尤も、その静かな時間に何も思わないかと言えば、嘘だ。
霖之助はどう思っているのか知らないが、少なくとも空からしてみれば――この静けさは、不安だった。
あのチョコレートに特に何も語らず、傍目から見れば、全く関係ないことに没頭しているその後姿には、言葉に出来ない不安を感じるのだ。
まるで、自分の贈り物が無視されているかのように思えて。

「……よし。そろそろいいか」

そうして、また少しの時間が過ぎた頃。
漸く霖之助は、手鍋を手にカウンターへと戻り、その中身をそれぞれのカップへと注いだ。
ほかほかと湯気が上るそのうちの一つを、静かに空の前へと差し出した。

「ほら、君も一つどうだい?」
「……うん……」

勧められたそれを目の前にして、少し迷いながらも、空は頷いた。
これを断ってしまっては、これ以上霖之助の心象を悪くするだけでしかない。
確かに余り気分ではないが、温かいミルクは好きだから、口にすれば多少は落ち着くだろうと、そう思ったのだ。
――しかし。

「よし。それじゃあ、頂こうか」
「――うにゅ?」

その言葉に、カップに口をつけようとしていた空の動きが止まった。
言葉につられて霖之助の手元を見てみれば、いつの間に持ってきていたのだろうか、和菓子を摘むような時に使う大き目の楊枝を片手に、あの不恰好なチョコレートへと手を伸ばしていたのだ。

「……お兄さん。それ、どうするの?」
「? いや、どうするも何も、食べる以外に何かあるのかい?」

そう答えながら、霖之助は器用にその楊枝で融けて隣とくっついてしまっているチョコレートを一口大に切り分けていく。
そうして切り分けたそれを――ゆっくりと、カップの中に沈めた。

「……?」
「外の世界には、いくつかチョコレートの食べ方というものがあってね」

よく事態が飲み込めず、首を傾げている空に言い聞かせるように、楊枝でカップをかき混ぜながらふと霖之助は話す。
カップをかき混ぜていくと、最初は純白だった牛乳が、次第に茶褐色へと変わっていく。
楊枝に感じていたチョコレートの堅さも、どんどんと柔らかくなっていくのが楊枝越しに分かる。
まぁ、温かい牛乳の中に沈めれば、当然のことではあるのだが。

「普通は固形のものを口にする事が多いが、中にはそうでない食べ方もある。その中の一つが、これだ」

程よくチョコが溶け、茶褐色の中にまだ牛乳本来の色が残っているくらいで、霖之助は混ぜる手を止める。
そうして、それをゆっくり、味わうように飲み込んだ。
――途端、口に広がる、牛乳の持つ仄かな甘みと混じったチョコレートの甘みと、僅かな苦味。
直接チョコレートを食べるよりは強くない、穏やかな甘さが中々悪くない。
なるほど、これは実に美味な『食べ方』である。

「これは『ホットショコラ』という飲み物だよ。一般的には日本ではココアと同義だが、ココアとチョコレートは元々同じ材料から出来ているから、そこに名前以上に大きな違いはない。……けれど――」

混ぜていた楊枝をカップから出すと、先端には幾分か溶けて小さくなったチョコレートがまだくっついていた。
それを、ミルクと共にではなく、直接口へと入れて味わう。
――甘すぎず、苦すぎず。男性が食べるものとして上手く味が調整された、実に美味なチョコレートだった。
彼女の言うとおり、本当に上手く出来ていたらしいことは、それだけで十分にわかった。

「……こうして、ココアと一緒にチョコレートも楽しめるからね。一挙両得だろう?」
「――うん」
「それにこれだと、このくらい柔らかいチョコの方が都合がいい。寧ろちょうどよかったんじゃないかな」
「……えへへ。そっかぁ」

霖之助の、いつも通りに平坦な言葉に、しかし空はゆっくりと、笑った。
――確かに、どうせ溶かして食べるのなら、元から融けていた方が都合はいい。
それは誰が見たって明らかだ。
けれど――そんな食べ方を、わざわざ今ここでしなければならない理由はない。
声の調子や表情こそ、いつもの気だるそうなそれと同じにしか見えないが、わざわざその食べ方をしている霖之助を見ていると、何だか胸が温かくなってくる。
きっと、霖之助は気を遣ってくれたのだろう。
それくらいは、自分にも分かった。

「……ねぇ、お兄さん。どうかな? 上手に出来てる?」
「ああ、中々美味しいと思うよ。甘すぎなくて、僕にはちょうどいい」
「えへへ。ありがと!」
「君もどうだい? 贈ってくれた人に勧めるのも考え物ではあるが……」
「いいの? じゃあ私も食べる!」

にっこりと笑って、空も霖之助から別の楊枝を受け取って、その『不恰好』なチョコレートへと手を伸ばした。
霖之助がやったように一口大に切り分けて、それをミルクへと沈めて、混ぜる。
ぐるぐる混ぜて、大分ミルクに色がついてきたのを見計らって、空はカップに口をつけた。

「――うん。おいしい!」
「そうか。それは良かった」

来店時と同じように笑うようになった空を見て、霖之助も静かに、静かに微笑んだ。
――そうして、太陽と霖による小さくささやかなバレンタインが、漸く始まった。


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コメントコメント


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やはり 霖之助×アホの子 は素晴らしい…

| URL | 2012/02/18 (Sat) 08:57 [編集]


うにゅほはアホの子可愛い。

この失敗から学んで次こそは……いや、でも鳥頭だしなぁ……来年も同じことしちゃうんだろうなぁ……
でも次の年はちゃんとしたチョコ持って来て「よくできたね」って褒められて羽ぱたぱたさせてるのかな。「好きな人に言われた事は忘れないよ!」って感じで。

さとり様とお燐と一緒に作ったなら、この二人も渡しにくるのかなぁ。


しかし相変わらず霖之助さんの面倒見のスキルは高いなぁw
ご馳走様でした!

| URL | 2012/02/18 (Sat) 12:46 [編集]


アホの子は純粋だからなあ。


にしても、バレンタインのときは凄かったですよね
あめふらさんの8連続投稿は……

すかいはい | URL | 2012/02/18 (Sat) 20:55 [編集]


お久しぶりです。
今回はバレンタインの話は、心が温かくなりますね。
そして普段はやや無愛想な霖之助が時折見せる優しさや気遣いに、男の僕も……ホレてまうやろ~~~www

OG-Thompson | URL | 2012/02/22 (Wed) 01:41 [編集]


ヒャッハーお空霖だー!
お空が可愛すぎて死ぬる^q^

| URL | 2012/02/25 (Sat) 19:02 [編集]


 
 

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