淡色の空

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さようなら、卯年

ご無沙汰していました、淡色です。

前回に頂いたコメントで、一昨年同様ネチョを期待されていた方が多かったようなので、
それを裏切るのも何だかなと思い、ちょっと仕上げてみました。
某スレにも紹介してみたので、こちらにも保存庫代わりに。

しかし、どういうわけか出来上がってみれば星さんのそれの倍近い長さに。
どうしてこうなった orz
期限に焦っていないと長くなるという、悪い見本ですね。

ところで、(見た目)お兄さんが、情事中に(見た目)少女に
「おいで」と呼びかけるのに、言葉に出来ないエロスを感じるのは私だけでしょうか……。

とまぁ、そんなアホみたいな前置きは程ほどに、本編は以下より。
R18なので、その点とかなり長めな点にはご注意してお進みください~

(霖之助、てゐ)


去年が終わり、新しい年がやって来る。
人間よりも長い年月を生きてきた霖之助には、もう何度経験してきたかも分からぬ節目であるが、何度経験しても晴れ晴れとした気分になるものである。
まぁ、それも気分だけで、特に大掃除をするとかいうわけではないのだが、霖之助からすれば気分だけでも十分だ。
そもそも、香霖堂は里の店とは違い、元旦であっても三箇日であっても特に店を閉めるというわけではないのだ。
新年を祝うのが気分だけになる、というのも致し方ないというものだろう。
――そんな言い訳めいた事ををつらつらと頭の片隅で考えつつ、いつも通りに店を開け、いつも通りにストーブの恩恵を授かりながら読書をしていると、ここ数日、労働をしていなかったカウベルが久しぶりにその声を上げた。

「やっほー。元気にしてるー?」
「こんにちは、店主さん。明けましておめでとうございます」
「おや。いらっしゃい、鈴仙にてゐ。こちらこそ、明けましておめでとう」

そうしてひょっこりと顔を出したのは、霖之助にとっても見慣れた二人の兎だった。
いつもならばまず用を問う霖之助だが、今回は不要であろう。
来店してまず交わされた鈴仙の挨拶を見るに、永遠亭と少なからず取引のある香霖堂に新年の挨拶に来てくれたのだろう。
こちらから永遠亭に行くことなど殆どないので、むしろ来てくれた分には全然構いはしない。
霖之助がいつも通りに本を開きながらではなく、わざわざ本を閉じて来客に相対したのも、そういう憶測によるところが大きい。
しかし――その挨拶回りという役割にそぐわないもう一人の兎の姿には、若干首を傾げないわけにはいかなかった。

「……しかし、鈴仙はともかくとして、てゐ。君がわざわざ挨拶でここに来るのは珍しいな」
「私もそう思うんですけど……」
「まぁ、別にやる事もなくて暇だったからね。ついでだから付いて来たのさ」

ぱぱ、っと素早くストーブの近くに陣取りながら、てゐはそう嘯いた。
まぁ、何かと悪戯好きな彼女からしてみれば、皆がのんびりと過ごしている元旦というものに、物足りなさや退屈を覚えても仕方がないのかもしれない。
だからと言って、その矛先を香霖堂に向けられても困るのではあるのだが。

「はぁ~……。やっぱりいいよねぇ、ストーブって。この温かさは癖になるよ」
「でも、いつまでもお邪魔してるわけにはいかないわよ。店主さんの所に挨拶したら、次は買い物しに行かなきゃいけないんだから」

どうやら鈴仙は、香霖堂の挨拶を終えた後に何かの買い物を頼まれているらしい。
里の方への挨拶回りはしないのだろうか、と考えて、そう言えば鈴仙は若干人里を敬遠していた事を思い出した。
永琳から仕事で命じられれば別なのだろうが、わざわざ自発的には出向かないといったところだろうか。
まぁ、それはそれで別に構いはしない。霖之助とて似たような状況なのだから。
――だが、そんな鈴仙の一言に、てゐは分かりやすいくらい、顔を顰めた。

「えぇ~……。寒いから嫌。って言うか、それって鈴仙がお師匠様から頼まれたんでしょ? 私は『ついて行く』って言っただけだし」
「ちょっと、ずるいわよ! 私だって寒いんだから」
「そもそも私、『手伝う』なんて一言も言ってないんだけどねぇ」

きゃいきゃい、とストーブ周りで二人の兎が論じ合う。
話を聞く限り、どうやら鈴仙はついて来たてゐと共に、里の方に買出しに行くつもりだったようだが――。

――まぁ、てゐに押し切られるだろうな。

理屈として、てゐの言う『一言も手伝うと言っていない』『ついて行くとしか言っていない』が真実ならば、最初に裏をとっていなかった鈴仙はその時点で既に後手だ。
加えて、幻想郷でも最古参であり、その上に詐術にも話術にも富む彼女に、あまり弁の立つわけではない鈴仙が対抗しなければならないというのが、最初にして最大の難関だろう。
多少は話術に自信のある霖之助ですら、てゐの前には些か分が悪いくらいなのだ。
元々余り口数が多くはなく、かつどちらかと言えば根の暗い鈴仙が、それに対抗するというのも些か厳しい話である。
――だから、いかにも『納得がいかない』と言わんばかりの顔をしている鈴仙が渋々引き下がるという結末は、ある意味最初から決まりきっていたものだったのかもしれない。

「はぁ……もぅいいよ。私一人で行ってくるから」
「行ってらっしゃーい。道中気をつけてね」
「……もぅ」

まるで最初から我関せず、という響きに聞こえるてゐの言葉に、鈴仙は深い深い溜息を吐く。
そうしてから、今度は霖之助へと申し訳なさそうに兎の耳が揺れる頭を下げた。

「すみません、店主さん。てゐが言う事聞かなくて……ちょっとの間、お邪魔させてもらってもいいですか?」
「……出来ればお断りさせて欲しいところだが、まぁ今年最初のお得意様の頼みだ。そのくらいは引き受けてもいいさ」

本音としてはまさしく断りたいのだが、永遠亭は紅魔館よりも額は少ないものの、香霖堂と付き合いがある取引先だ。
鈴仙自身も、そして極々稀にてゐも、それなりに香霖堂を利用してくれる存在でもある。
新年最初くらいは多少の頼み事を受け入れ、貸しを作っておくのも悪くはないし、こういう積み重ねが商売で大事な信頼を育みもする。
とは言え――そういう皮算用とてゐを置いておく危うさを天秤にかけた場合、後者の方が重くなる危険性があるのは無視出来ないのでもあるが。
そういう意味では、鈴仙も霖之助が受けてくれるとは余り考えていなかったのだろう。
霖之助が『是』の返事をしたことに少し驚きつつも、再びその小さな頭を下げた。

「あ、ありがとうございます。じゃあ……すみませんが、よろしくお願いします」
「ああ。君は君で、永琳からの仕事を完遂するといい」
「はい、ありがとうございます。……じゃあ、てゐ。くれぐれも店主さんに迷惑かけないでよ。それと、迎えに来る?」
「んにゃ、いらないさね。適当にあったまったら適当に帰るよ」
「……そう」

更に念を押す鈴仙の言葉に、てゐはまるで厄介者を相手にするようにしっしっ、と手を払う。
それにもう一度だけ、深く溜息を吐いてから、鈴仙はカウベルを鳴らしながら再び景色が白む中へと戻っていった。

「……全く。私の母親かっての」

その背中が完全にドアの向こうに消えてから、不満そうにてゐは零した。
鈴仙に何度も念を押されるようなことを言われたのが、まるで幼子に対するそれのように感じて不満なのだろう。
当然ながら、霖之助にもその気持ちは分かる。
――尤も、あくまでよく分かるのはてゐの気持ちではなく、何度も念を押した鈴仙の方の気持ちだが。

「……彼女は、純粋に心配しているだけだと思うんだが」
「……『お前じゃなくて僕の心配だがね』、とか、そういうこと考えてそうな顔してるさね」
「……いや、そういうわけではないが」

鋭いてゐの指摘に、内心ぎくりとする。
決して顔に出ていたわけではないはずだが、と考えたが、てゐならば推察出来そうなものか、と思い直す。
彼女は見た目のそれとは違い、かなり長命な妖怪兎である。
ある意味、紫と似たような存在と言っても過言ではない。
そしてあの賢者と似ているということは、読心は出来ずとも、また相手が表情を隠していても、ある程度は腹の中を探れる程度の洞察力があると考えて然るべきだろう。
そういう意味では、やはり気の抜けない相手であることに違いはない。
――のだが、そういう油断できないとか面倒な相手に限って、どういうわけか霖之助は縁が深い。
代表的な相手は勿論紫であるが、その他にも幽香やナズーリン、魔理沙や霊夢もそのうちに入るだろうか。
面倒ごとからは出来る限り避けて生きてきたはずなのだが、この世の縁というものは分からないものである。

「ふーん? ……まぁいいさね。それより、ねぇねぇ」
「うん?」

彼女にしては珍しく追求も何もなく、ただにたりとした笑みだけを浮かべて、とんとんと軽い足音でこちらへと歩み寄って来る。
――だがその歩みは、ここを訪れる多くの客のように、カウンターの前では止まることはなく。
カウンターの隣を通って、霖之助のすぐ目の前までやって来た。

「……どうかしたのかい?」
「とぅ」

そしてそのまま、妙な掛け声と共に、ぽすんと膝の上へと乗ってくる。
まるで睦み合うかのように近距離で向かい合っている格好で、てゐは浮かべていた笑みをより深くした。
――尤も、霖之助からしてみれば、急に膝の上に乗ってきたてゐの行動の理由には、ただただ首を傾げる他なかったのだが。

「……僕の膝は椅子じゃあないんだが」
「あれ、そうなの? どこぞのじゃじゃ馬は、『薀蓄付きの高性能な椅子』とかって言ってるのを聞いたことあるけど」
「……なるほど。それはそれは、いい事を聞いたよ」

『じゃじゃ馬』と聞き、また明らかに霖之助の膝の上に乗った事があるようなその口ぶりをする人物という条件で脳裏に浮かぶ顔は、残念な事に一人しかいない。
流石にあの娘の冗談交じりの言葉ではあろうが、よもや椅子扱いされるとは思ってもみなかった。
今度会うようなことがあったら、彼女の言う『薀蓄』とやらを説教を交え、思う存分に語ってやるとしよう。

「……全く。人を椅子扱いするとは、余り気分が良くないな」
「まぁ、その点については同情するさね。店主も大変だよねぇ」
「君のその心遣いは素直に有り難いと思うが……結局、君がやってる事も一緒なんじゃないのかい?」

彼女がどうして唐突に膝の上に乗って来たのかは分からないが、結局のところ、てゐがやっている事は魔理沙と全く同じだ。
まぁ、魔理沙が霖之助を背もたれにするように座っていたのとは違い、てゐはこちらを向いて座っているという僅かな違いこそあるが、大した差異ではない。
だがいずれにせよ、こうも近いと読書もし辛い。
何かに座りたいのならそう言えば済む話なのに、そういうわけではないのだろうか。

「――違うよ」

するり、音もなくてゐの細い両腕が、まるで抱き寄せるように首に絡み付いてきた。
ふとその表情を窺えば、相変わらず深く笑みを浮かべるてゐと目が合う。
まるで昔の魔理沙のような、この格好。
だが、格好こそは同じでも、あの時の魔理沙から感じた無邪気さと純粋さを、目前のてゐからは感じない。
彼女から感じるのは――その外見には余りにも不自然でそぐわない、アンバランスな淫靡さであった。

「……てゐ?」
「ねぇねぇ。店主ってさ。――姫始めって、もうやった?」

深く妖しい笑みを浮かべながら小首を傾げ、てゐは新年早々とんでもない事を言ってのけた。
『姫始め』とは、勿論多種多様な意味をも含む言葉ではある。
だが、この状況においてそれが指す意味と言えば、さしもの霖之助も一つしかない事くらい察しがつく。
しかし、もし仮にそれで合っているとしたら――きっといつもの悪ふざけの一環なのだろうが――新年一発目のジョークとしては、余り性質のいいものではないのは確かだった。

「……お帰りは、君が振り返った先を十歩ほど歩いたところにある扉だよ」
「いやいや、やっぱこういうのってお約束だと思うわけさね。まぁ私は『兎』だから、始めってよりは終わりって気がしないでもないけど」
「一体どこのお約束なんだか。それなら今の一言で十分だろう。……それに――」

――妖怪は、外見と実年齢が一致する事はない。
それは半分しか妖怪でない霖之助でもそうなのだから、純粋な妖怪兎であるてゐは言わずもがな、だ。
こんな形をしていても、その中身は相当の古株だというから驚きである。
だが、そういう事実を差し引いたとしても――てゐのような娘が、そういう事を冗談でも口にするのは、あまり宜しくないと霖之助は思うのだ。

「――君もあまり、冗談半分でも簡単にそう誘うのは考え物だがね。まぁ君は妖怪だから、人間や僕程度に遅れをとることはないだろう。しかしそれでも、少しは身を案じてもいいと思うし、場合によっては君の品性そのものも疑われかねないよ」
「――」

霖之助は、たまに周りから『枯れている』だの『朴念仁』だのと言われているが、これでも男である。
そういう経験は皆無ではないし、据え膳を頂いたこともある。
しかし、弁明に聞こえるかもしれないが、それは相手が誰でもいいというわけでは決してない。
相手がそれを生業としているか、或いは相手に恥をかかせないためであるという確固とした理由がない限りは、自制心が勝る。
元より種族柄のせいか、そういう欲が希薄であり、人間の男ほどぎらついていないからこそ、冷静な判断を下せるのだろう。
その点は幸か不幸か知らない。少なくとも、今は幸なのだろうと思うが。

「……ふぅん。一応、私に気を遣ってくれてるんだ?」
「気を遣うと言うか、まぁあくまで常識の判断だと思うけどね。君だって、冗談半分でそう言っていていきなり襲われたら困るだろうに」
「ま、違いないさね。――でも、さ」
「ん? ――っ!?」
「ん――」

――『いつもの軽妙なやり取りが続くだろう』。
そう思っていた矢先、急に眼前一杯に広がったてゐの顔と。
口元を這うように触れてきた生温かくて湿っぽい感触に、霖之助は二重の意味で言葉を失った。
まさか行動に移すと思っていなかった驚きで言葉を失ったのと、物理的に声を出せなかったという、二つの理由。
そのどちらの理由も、まるでこの現状を想定していなかった霖之助から言葉を奪うには十分だった。

「ぁん――ふ――」
「ふ――む」

――しかし、初めこそ驚きのせいで硬直して為されるがままだった霖之助だったが、やや間を置いててゐが口腔へと入れてきた舌に応え始めると、状況に変化が訪れる。
最初のそれは、よく使われる喩えで言うのなら啄ばむようなそれで、音はすれども湿り気を感じるようなものは殆どなかった。
片方が事に応じていないのだから、そうなるのが妥当でもあろう。
しかし、双方が応じ始めたのなら一体どうなるのか。
それはもはや、聞く必要もないだろう。

――ぴちゃり、ぴちゃり。

静かに、しかし確かな熱を持った水音が、次第にその勢力を増し始める。
普段から客がいなければ物静かな店内ゆえに、その淫音は店舗全体に響き渡っているような錯覚すら覚えた。
そういう音が、本来のそれよりも大きく反響して聞こえ、自分たちがしている事を改めて眼前に突きつけられるようにも思えるこの状況は、こうして睦み合う二人の体温を上げるには十分なお膳立てとなっていた。

「ん、ふぁ――はぁ」
「――ふ――ぅ」

そうして、幾度互いの口内で唾液を交換した頃だろうか。
どちらともなく、霖之助とてゐはまた、睦む前のように互いの距離を離した。

「……ふふ。何だ、意外とやる気じゃないのさ」

自分と霖之助の口元から延びた、口付けの証拠でもある透明で淫靡な架け橋が重力で切れるのを見て、てゐは満足そうに笑った。
それは、てゐからすれば珍しく打算も裏表もない、ただただ純粋に自分の行為に霖之助が乗ってくれたことに対する満足さゆえの笑みだった。
だが――いつも悪戯ばかりしている自分を見ている霖之助からすれば、とてもそうは見えない。
まるで自分の誘いにいとも簡単に乗ってきた、とでも言いたそうに見えたその笑みに、やや憮然としながら彼は否と答えた。

「……別に、そういうわけではないよ。どこぞの悪戯好きの兎が、こちらの親切心からの忠告を聞かなかったからさ。……しかし……」

ふと、言葉を途切れさせる。
――霖之助はてっきり、てゐはいつも通りに自分をからかうために、あんな事を言ってのけたのだと思っていた。
そうしてこちらの慌てふためく反応を愉しんだり、或いは強請り集りをするのが、いつものてゐという少女の常であった。
それを、今日という日まで疑う事は無かった。
だが、そうして返って来た答えはいつものそれではなく――彼女の得意な話術すら一切用いない、突如とした実行動だった。
無論、てゐは全てを話術だけでやり通そうとするほど、ワンパターンな頭脳をしていない。
時折、虚とも実とも取れぬような行動をとることもままあった。
だからこそ、『突如とした行動は例外と言えるのか』と問われれば、『一概には言えぬ』と霖之助は答えるだろう。

しかし、しかしである。
いつもの戯言程度で済むようなものならばいざ知らず、こういう身体的、粘膜的な接触を伴ったものを彼女が悪戯でするのかと問われたなら。
その時ばかりは、『流石にこれは例外だろう』と、少しばかりの期待も込めて言おう。
そして今が、まさに『その時』だった。

「……君にどういう腹積もりがあるのかは知らないし、また君がどういう価値観を持っているのかも僕は知らない。だが、実際にそれを行動に移すのは少々考え物じゃないか?」
「……ふぅん。あんだけ乗ってきておいてよく言うさね」
「だから、あれは乗ったとか乗らないとかではなく――」
「――ねぇ、霖之助」

こちらの言葉を遮り、てゐは彼女らしくない、少しだけ儚げな声で霖之助の名を呼んだ。
そうして、また少し縮む此と彼の距離。
さっきの再現のようにも思える近距離で、半人半妖と妖怪兎の視線が交錯する。
――その小さな黒瞳を、霖之助は真正面から見つめていた。
てゐとは互いに騙し騙され裏をかき合う、好敵手とも類友とも思っていた霖之助だったが、これほど近い距離で彼女の目を見るのは、さっきの口付けの件を含めてもまだ二回目である。
しかし、改めて間近で見るその目の奥には、彼女らしからぬ真摯さがゆらゆらと揺れていた。
揺れているのは、一体どういう感情なのだろうか。
それはまだ、分からない。

「……何だい?」
「私ってさ。よく悪戯兎だとか、嘘ばっか吐いてるだとか詐欺師だとか言われてるじゃない?」
「……なるほど。周りの意見を耳に留めておける程度には自覚があったらしいね。僕が巻き込まれたのも一度や二度ではないから、その点に関しては概ね、その通りだと言っておこうか」
「やっぱりそんなトコか。……じゃあさ。霖之助から見て私って――『嘘』を吐くためだけに、こんな事すると思ってたりする?」
「――」

あくまで態度そのものはいつものそれを崩さぬまま、てゐは霖之助が思っていたことと同様のことを、ただ静かに問いかける。
だが、そうして問いかけた後、霖之助を見据えてくる視線は、ただただ透明で真っ直ぐで。
いつもの彼女のそれは、策謀を頭の中で巡らせ、腹に一物抱えている事をそれとなくこちらに匂わせて警戒を誘う、そんな性質の悪いものだったはずだ。
それがどうした事か、今はそんな匂いは欠片すらも感じられない。
普段が普段だけに、それすらも演技ではないかと勘繰ってしまうのは無理ないことだろうが――ただ、その問いそのものにおいては、霖之助も先程思い浮かべていただけに、些か思うところがあった。
故に、これだけは茶化さずに、伝えようと思う。
警戒するのは、その後でもいい。

「……僕は、君とはいい意味でも悪い意味でもそれなりに親交があるが、君の本音を見聞したと思ったことがないからね。判断するには材料が足りなさすぎる」
「……」
「だが――詐欺と言うのは愚鈍な者に出来るものではないし、実際君は賢い。そして賢いのなら――『否』であって欲しい、とは思うがね」

訥々と、抑揚も少なく答えたそれは、まさに霖之助個人の願望でもあった。

――世の中に、己の身体を売る者は少なからず居る。
だが、それが己が生きるためとしての職業であるのであれば、そこに貴賎の価値を持ち込むべきではない。
労働は全てが貴く、その世界では怠惰のみが絶対悪であるべきだからだ。
しかし、極々稀にではあるが、そうではない者もいる。
その場合に限り、霖之助は対象の品性や人格に疑惑と軽蔑の目を向ける。
まぁ、向けるだけで他にどうするというわけではないが、そういう相手と進んで交誼を結びたいと思うかと問われれば、否である。
理由は簡単だ。自身の品性までも疑われかねないからである。
となれば、現在交誼を結んでいる相手がそうではないと願うのは、きっと普通だと思うのだ。
てゐほど賢く、自分と丁々発止の策謀を巡らせられる相手だからこそ、その念は強かったと言えるだろう。

「……ふんふん、そっか」

そんな霖之助の答えに、てゐは満足そうに――霖之助の気のせいでなければ、少しだけ嬉しそうにも――頷いた。

「……じゃあさ」

先程よりも深く、そして僅かに重みの増した膝の上の存在は、まるで項垂れるようにその小さな額をこちらの胸へと預けてきた。
そうすると、もうこちらかてゐの表情を窺うことは出来ない。
見えるのは、癖のある黒髪と、頭頂部に揺れる白い兎の耳だけだ。
そうしてそこからは、何の感情も感じ取ることは出来なかった。

「私が今、こうしているのは――どっちだと思う?」
「……さてね」

だから、いつもの彼女らしくない、どこかしおらしさすら感じる『これ』は、果たして『虚』なのか『実』なのか。
面と向き合っても尚、その本意を掴み取りにくい因幡てゐのそれを、表情すらも窺えないこの体勢から図るのは難しい。
難しいが――その時ですら経験した事のないこの近距離の体勢は、それとなく、その答えを教えてくれているような気が、した。

「君の言う事は、いつも嘘か真か分からないからね。自業自得と言えばそれだけだが――」

はぁ、と一つ、溜息を吐く。
いつもの呆れたような溜息――と、霖之助の胸に額を預けていたてゐは思ったかもしれない。
それすらも表情を窺えないために知りようがないので、実際のところ、霖之助からすればどちらでもよかった。
しかし、少なくともそういう風に聞こえる『かもしれない』溜息の割に、霖之助の表情は単に穏やかな苦笑を浮かべていただけだった。

「……だがまぁ、君にしては珍しく『真』を言っていると、そう期待していないと言えば、嘘になるがね」
「……そっか」

少し癖のある、割と綺麗な黒い後ろ髪に、梳くように指を通す。
膝上の兎は、少しくすぐったそうに身を捩りながら、笑った。


 ◇ ◇ ◇


――どうしてこうなった。

香霖堂店内で一人、店主は密かに天を仰いだ。
――そう、一人だ。
ただ一人でカウンターにいつものように鎮座し、しかしどういうわけか困り顔で、少々の蜘蛛の巣が目立つ天井を仰いでいた。
例えば、いつものように魔理沙や霊夢が訪れたとしても、一人で頭痛でも耐えているような顔をしているようにしか見えないだろう。
だが――。

――ちゅ……ん、は……ぅ……。

これまたどういうわけか、非常に小さいながらも不自然に湿った音が漏れ聞こえる。
音と音の合間には、まるで少女の吐息のような――しかし、通常のそれでは当然なく、甘美で淫靡さすらも含んだ生温かさを纏った――ものも紛れているように聞こえる。
そんな、第三者からすればかなり不可解な状況で、霖之助は頭を抱えていた。
――しかし、これが不可解なように見えるのは、あくまで店の入り口側から見た場合である。
くるり、一歩でもカウンターの内側へ回れば――そこには、まるでかくれんぼでもしているかのように姿を隠していた、今の霖之助が浮かべている表情の元凶の姿が確認できたことだろう。

「……てゐ。あの『お約束』は、あれでもう済んだんじゃなかったのかい?」
「んぅ?」

霖之助の足と足の間に、てゐはいた。
――勿論、ただそこにいたわけではない。
まるで傅くように霖之助の足元に入り込み、そして霖之助の陰茎を、その小さな口に咥えていた。
俗に言う口淫というものであるが、実年齢はともかく、見た目だけなら十分に幼いと言えるてゐがそれをしていると言うのは、そっちの気がなくとも何とも言えない感情を想起させる。
そんな霖之助の心情を知ってか知らずか、てゐは口に既に十分なまでにそそり立つ陰茎を咥えたまま、霖之助の言葉に小動物のように小首を傾げた。

「ぃやひや、あんはふひはへへいっはほうは――」
「何を言っているかさっぱりだ。喋る時くらいはちゃんと喋りなさい」

口に霖之助の分身を咥えたまま喋るものだから、何を言っているのか全く分からないてゐに溜息を吐く。
まるで口に食べ物を詰め込んだまま喋る霊夢と魔理沙だ。
尤も、今のこれはそんな日常のものとは比べ物にならない状況なのであるが。

「ぅん――ぷは。いやいや、あんな口だけで言ったようなものじゃあねぇ。それに、霖之助言ったじゃん」
「? 何を?」
「私がちゃんと本当の事を言ってると期待してる、って」
「……それは、確かにそうだが……」

それが指すのは、ほんの少し前に確かに霖之助自身が口にした言葉だ。
そしてその言葉には、偽りはない。

――てゐには、それなりに悪戯をされたり、或いは詐欺まがいの事をやられたりもした。
だが、勿論それに霖之助はただ黙っていたわけではない。
悪戯をされれば、機会を見てその意趣返しをすることも当然あったし、詐欺まがいの事をやられれば同様にやり返しもした。
凡そ、そのやり取りは悪友のそれと見て大きなズレはない。
それ故に、そこに嫌悪はなかった。
てゐは本音を曝け出す事は余りなかったように思うので、向こうが本音ではどう思っていたのかは知らないが、少なくとも霖之助自身は彼女に対し、多少の警戒心を常に抱えながら、同時に親しさもまた感じていた。

『――少なくとも、嫌いな相手や無関心の相手に、本拠である迷いの竹林を越えて何度も悪戯をしに行こうとは思わないのではないか』。

そんな思考がふと頭を過ぎった事も、ある。
そういう相手から、不意に本音と思えるような――こちらを求めているとも思えるような心情を吐露されたのだ。
それを、唐突だからと正面きってばっさりと袈裟斬りにするほど、霖之助は冷血ではない。
こういう類の期待は余り持つべきではないと思ってはいるが、そこに一抹の本音を混ぜてしまうのは、情を持つ生き物ならば不可避のものだろう。
それが、先程の一言に繋がった全てであった。

「……まぁ、ぶっちゃけるとさ。ちょっと嬉しかったんだ」

ぽつり、てゐが呟く。
やや俯き加減だが、その表情は先程膝の上にいた時の、真摯なそれと重なって見えた。

「あれをさ、『どうせまた嘘だろう』とか言われたら、ちょっとどうしようかとは思ってたわけだし。だから、そのくらいには――うん。まぁ、そういうことさね」
「……そうか」
「……それに、さ」

つい今しがたの真面目だった表情を、てゐはあっと言う間に崩し去った。
代わりにその表層に出てきたのは、いつもの彼女らしい、悪戯っぽく浮かべた快活な笑みだ。
――それと共に、きゅっと力を少しだけ込めて握ったのは、霖之助のもう一つの分身であった。

「霖之助だって、割とやる気あるみたいだしね。やっぱりって言うか、自分で言うのも何だけど、あの紅白巫女とか白黒魔法使いとか半人半霊の面倒見てるのって、やっぱりこっちの気があるからなんじゃない?」
「……単なる生理現象だよ。こんな外刺激があれば、誰だってこうなる」

ついさっきまでてゐの口腔内で舐られていたせいで、十分に潤滑し、かつ堂々と天を穿っているそれを扱くように、てゐの手が上下する。
途端、腰を抜かれるような快感を覚えるのは、これはもう男として仕方ない事だろう。
もし何の刺激もないのに反応していたのなら、てゐの言う謗りも免れないものであっただろうが、今のこれは決してそういう仮定の上での結論ではない。
そもそも生まれてから百年以上、そういう趣味を自覚した事はないし、また誰かに指摘されたこともないのだから、決して自分は歪んだ性癖の持ち主ではないはずだ。
だから、彼女が何と言おうと、これは断固生理現象であると言い張る所存だ。

「ふぅん? ……でもまぁ、いいよ。ここまでしてちっとも反応されなかったら、そっちの方が困るから」
「……そう言われるのも、何だか複雑なものだな」
「ま、気にしないことさね。――あむ」
「――っ」

再び、陰茎がてゐの小さな口に飲み込まれる。
と言っても、霖之助とてゐでは体格の差が大きいので、実際に彼女の口に飲み込まれているのは亀頭と竿の上部だけである。
だが――。

「ん、ふ……ちゅ……あ、む」
「……っ……」

口腔内では、その小さな口に似合った小さな舌が、割と敏感な亀頭を丁寧に舐り。
同時に、口でカバー出来ない部分はまるで壊れ物を扱うかのように、時折強弱を交えて扱いてくる。
そこから来る快感は、霖之助自身、情事がかなり久方ぶりである事を抜きにしても、長時間耐えるには難しい領域のものであることに疑いはなかった。
――しかし、てゐの手つきは、上手いと言うか慣れていると言うか。
見た目からは俄かに想像がつかないのだが、まぁ、彼女は自分よりも遥かに年上の存在であることを考えれば、これが妥当なのかもしれない。
仏門にいたわけでもないだろうし、寧ろ少しの経験もない方が奇異だろう。
人外の中では若年であるはずの自分ですら、全くの無経験というわけではないのだから。

「ん……ふぁ、ふ……ふぉぅ? ひもひひい?」
「だから、そんな事しながら喋るんじゃないと言うに」

久方ぶりに寄り来る快感の波に揺れていると、また陰茎を含みながら言葉を交わそうとするてゐに再度、溜息を吐く。
相変わらず、こちらの話を聞かない娘である。
もしこれが仮に食事の席であるなら、行儀云々で注意するのだが、状況が状況だけに行儀もへったくれもないところが難しい。
しかし、まぁ――今程度の言葉なら、何となく何を言っているのかは分かるので、返事に困るというわけではなかったが。

「……久方ぶりだからということもあるだろうが、正直、随分と感度が良くて面食らっているんだ。特に、君が咥えたまま喋ろうとすると、妙な具合に舌や吐息が当たってくるから尚の事でね。見た目も行儀がいいとは言えないから、控えてくれるといいんだが」
「……ふぉっは。……ふ、ぅん……」

すぐ目下にある黒髪を撫でながらそう告げると、思いの外てゐは素直に頷く。
それに少しだけ意外さを感じながらも、そのまま何気なく髪の毛を手櫛で梳いてやると、少しくすぐったそうに鼻を鳴らした。

「――ぅ、ふ……ちゅ、ぷ……ん、は……」
「……っ……ふ……」

そうして、穏やかに自身を撫で付ける大きな手のひらを受け入れながら、湿った淫靡な水音の演奏は再び開始される。
時折、少しだけ苦しそうに――しかし、どこか雌の喜びを滲ませる鼻声が、静かに、しかし確かな存在感を以って響いた。

「ん、ん――ぅ、は……ちゅ……ん」
「……く……っ」

妖怪兎故の体温だからだろうか、彼女の口内はかなり温かい。
その中に包まれている己の愚息からは、久しく感じた事のない快感がどんどんと本体である霖之助の脳髄に押し寄せてくる。
丁寧に亀頭を舐る弾力のある舌や、竿に快感を与えるために上下に動く小さな手が、それを更に増幅させていく。

――しかし、それよりも何よりも。
あの因幡てゐが、己の目前に傅くようにしてそんな淫事をしているというギャップそのものが、言葉で形容しがたい感覚を霖之助へと芽吹かせている。
普段の言動、仕草、そして何よりその容姿が、今彼女のしている事と極めて乖離しているのだ。
そこに感じるのは、罪悪感かそれとも背徳感か。
名前は定かではないものの、ただ確実なのは、それが快感というものを地味に、しかし確実に押し上げてくるということだった。

「……っ」

そうしているうちに、不意に霖之助は、じくりじくりと感じていた下半身の疼痛が酷くなってきたのを感じ取った。
思わず腰を浮かせそうになるその感覚に、一抹の不安を覚える。
この感覚が行き着き、そして放たれる先は、未だにてゐの口内に在ったからだ。
――しかし。

「ん、ん、ん――は――ふ、ん――!」
「――っ!? てゐ、ちょっと待っ――」

霖之助の限界が近いことを、てゐもまた口内の怒張から感じ取ったのだろうか。
てゐは今までのそれより扱く手のペースを上げ、少しだけ深く、肉棒の先を飲み込んだ。
途端、今まで亀頭で感じていたものとは違う、柔らかい喉の感触が、全ての引き金となった。

「く、っ、てゐ、待て、もう限界なんだ。そろそろ離して――」
「っ――!」

自らの股間に顔を埋めるてゐを引き離そうと、霖之助はその頭を掴む。
しかし、てゐはそれに反抗するように、陰茎を扱くのを止めて両手で霖之助の腰へと抱きついてきた。
自然、更に深く飲み込まれる形になった剛直が、ついに――その限界を、迎えた。

「て、ゐ――う、っ、く――!!」
「ん!? ん、ぅ、んんん――!」

どくん、とまるで爆ぜるように、白濁とした精液がてゐの喉奥に目掛けて放たれた。
その予想外の勢いに、てゐは目を丸くしつつも、決して口を離そうとはしなかった。
初発のみならず、それに次々と続いて放たれた粘性のある奔流も、勢いを殆ど失うことなく口内に流れ込んできた。
元々、ただでさえ飲み込みづらいものなのに、流れ込んでくる速さが飲み込むそれと完全に釣り合っていない。
そうして釣り合わない分は、てゐの口から溢れ、口元や陰茎を伝って、床に白い溜まりを作り上げた。

「――っく――てゐ、大丈夫、か?」
「ん――ん、ん、ふ――ぅ――」

自分の肉棒が、まるで痙攣でも起こしているかのような射精を繰り返し、漸く収まった頃に、霖之助は変わらず自分の分身を口内に飲み込んだままのてゐに声をかけた。
しかし、当然と言えば当然だが、てゐから言葉による返答はない。
ただ返ってきた返事は、ふるふると小さく振られた頭と、苦しそうに吸気を求める呼吸音だけだった。
――正直、自分でも相当久しぶりだったせいか、かなりの量を射精してしまったと思うのだが、思ったよりもてゐの口内から零れた白濁は少ない。
まさかと思うが、その殆どを飲み込んだのだろうか。
――あの精液の行き場が他にないところを考えれば、その『まさか』なのだろう。
てゐの体格等々を考えると、霖之助にとっては不可抗力だったとは言え、少し無茶をさせてしまっただろうか。
しかし、かと言って店内に撒き散らすわけにもいかなかったので、そこはてゐに感謝しなくてはならないのだろうか。
どちらとも言えず難しい判断だが――ともかく、霖之助はすぐ近くにあった手拭いを手に取り、てゐの口元から溢れた精液を拭う。
大人しく拭われている間も、てゐはこくりこくりと、その小さな喉を鳴らしていた。

「――ぷ、っはー……。ちょっと霖之助、どんだけ溜めてたのさ! 飲み込みづらくて死ぬかと思ったよ!」

そうして、漸くその全てを飲み込んだ後に吐かれた第一声が、それだった。
何と言うか、さっきまで自分の精液を懸命に飲み込もうとしていたそれとは違う、いつもの態度に、霖之助は思わず苦笑を浮かべた。

「いや、そう言われてもね。実際、僕も結構久しぶりだったから、自分でも少し驚いたくらいだよ。……しかし、何だか無理させたようで済まなかったね」
「全くだよ、もう。……好きでやった事だから、まぁいいけどさ」
「……そうかい」

くしゃり、と癖のある髪を撫でる霖之助の手を受け入れながら、てゐは呟くようにそうとだけ返した。
まるで吐き捨てるかのような、ぶっきらぼうとも言える物言いではあったが、その言葉自体は、随分と温かくて柔らかみのあるものだった。
――物言いはどのようなものであれ、彼女は決して美味であるはずがないものを飲み込んでくれたのだ。
そこに、言葉とは裏腹の確かな温かみを感じるのは、無理ないことだろう。

「……さて。ぃしょっと」

少しの間、その手を心地よさそうにてゐは受け入れていたが、やや間を置いて再び霖之助の膝上へと飛び乗ってきた。
そうして、相変わらずその強張りを保ったまま、その存在をすぐ目の前で露にしている霖之助の陰茎に、てゐはどこか愛おしいものを掴むようにして手のひらで包み込む。
霖之助の拍動と共に、まるで生きているかのように揺れるそれを見つめながら、少しだけ満足そうにてゐは笑う。
――その表情の意味するところを、霖之助が分からぬはずがない。

「……続けるのかい?」
「意外と霖之助って面白い事言うね。こんなになったままでよく言うさね」

その言葉と共に、少しだけ男根を握る指の力を強くする。
程よい圧迫感と、自分の体温とは違う手のひらの熱と感触に、霖之助の意志とは無関係に陰茎が拍動する。
いくら意志では律せない部位であるとは言え、見た目は幼いと言っても過言ではない少女に握られて反応するというのは、中々に厳しいものがある。
知らず、言い訳じみたような言葉が口を衝いて出た。

「……あくまで生理現象だよ」
「まぁそうだよね。でも、別にそれは構いはしないし、文句言うつもりもないよ。……だってさ」

するり、音もなく霖之助の分身を握っている手とは逆の手を、てゐは霖之助の目の前へと差し出した。
一体何事かと目を凝らしてみると――どういうわけか、その指が何かの液体でてらてらと濡れ光っていた。
ぱっと見た感じ、少々粘性がある液体のようだが――と、そこまで見て、霖之助は悟った。

どうして彼女の指が濡れているのか。
その指を濡らしている液体は何なのか。

それを、自ら霖之助に示してみせた彼女に問いかけるのは野暮と言うものだろう。
それくらい、霖之助にも理解は出来た。

「……私も、気が付いたら自分で弄ってて、こんなだし。お互い、ここまで来たら生殺しは嫌でしょ?」
「……まぁ、それには同意するが……」

同意はする。
しかし、自分と彼女との体格差を考えると、そう簡単に頷いていいものかと一瞬躊躇う。
もし、仮にてゐが『無理だ』と言っていたのなら、生殺しだろうが何だろうが止めるつもりではいた。
だが――てゐが示してみせた、彼女自身の愛液で濡れた指と、よくよく近くで見てみれば薄い桜色に上気した頬。
そして、どこか夢見心地にいるかのようにとろんとした目が、彼女の翻意の困難さを暗に物語っているような気がした。
そもそも、誘ってきたのはてゐの方からである。
それなのに、彼女の方から翻意を求めさせるというのは、寧ろ酷ですらあるだろう。

「……いいのかい?」
「冗談きついさね。悪かったなら、とっくに霖之助の大事なトコ噛み付いて逃げてるさね」
「……それはそうか。君はそういう奴だったな」

かちり、悪戯っぽく歯を鳴らしたてゐに、霖之助は何だか苦笑が浮いた。
いつもの彼女らしくない妖艶さを感じるくせに、こういうやり取りはいつも通りのそれだ。
つい今まで雰囲気に中てられていたのか、柄にもなく固くなっていたらしいが、それを目にしたら緊張も一気に解けた。
そうして少しだけ冷静になった頭で、この現状についてどうすべきか考慮する。

――てゐは、色々な事を考えて、その上でこの先へ進む事を決断したのだろうな。

そう思い至るのに、然程時間はかからなかった。
てゐは賢い。
それは例えば慧音のような、知識の量で例えられる賢さではない。
説明書のような決まりきったものがない、感情を持った相手との折衝すらも含む、咄嗟の判断力や頭の回転の速さ、未来への計算高さも含めた賢さである。
そんな彼女が、一時の情の流れで自身の全てを委ねるような決断をするとは思えない。
今の自身の感情と行動による結末、そしてそれによる採算を考え、それでも一歩踏み込んだ――そう考えるのが、因幡てゐという少女の思考としては妥当なように思える。
そして仮にその推論が『真』であるならば、その踏み込んだ勇気を無碍にするのは、何よりも勝る彼女への侮蔑になるのだろう。
――『据え膳』などという言葉の意味は、とっくに超越していた。
ただ、己の採算を度外視してこの先へ進もうとするてゐに、男として応えねばなるまいと、そう思うだけだった。

「……分かったよ。おいで、てゐ」
「――うん」

頷き、手を伸ばしてきたてゐを抱えて、対面して向き合っていたのを、向こう向きへと座り直させる。
そうしてから、霖之助はするりとそのワンピースの中へと手を滑り込ませた。

「ぁ――ん」

まるで己の腕の中に抱きかかえるかのようにして、霖之助の手が後ろからてゐの服の中へと侵入する。
そうして何気なく秘所の近くへと指をやると――少しだけ温かく、湿っている箇所へと簡単に行き着いた。
彼女が示して見せた手の証拠が、正にそこにあった。

「……割と感じやすい方かい?」
「……女にそんな事聞くあたりが、やっぱりダメだと思うんだけどね、私」
「ああ、いや――確かにそうだな。失礼した」

ついつい、浮かんでしまった疑問が抵抗もなく口を衝いて出てしまったのだが、確かに女性に聞くものとしては下の下に属するものだっただろうか。
さっき示された彼女の手は理解出来たのに、疑問を感じるとそれも見えなくなってしまうのは悪癖と呼べるものかもしれない。

――もう下手に口を開かない方がいいかもしれないか。

そう心に決めつつ、下着の上からその湿り気の中心部へと指を這わせる。

「――ん……んぅ、は……」

下着の布一枚を隔て、なぞるように指の腹で割れ目を上下に擦ってやると、普段の彼女からは想像し難いくらい可愛らしい声が、すぐ耳の横から漏れ聞こえてくる。
それに些かの満足を覚えつつ、少しだけ指に込める力を強めて、今度は膣口を重点的に引っ掻くように刺激してやる。

「ぁ、あ、ん……や、ぅぅぅ……」

意識的か無意識的か、霖之助の手を拒むようにてゐの足が閉じようとする。
恐らくは無意識的なのだろうが、既にその最奥に達している霖之助の手には全く無意味である。
だが、そういった彼女らしくない仕草によるギャップだからこそ、愛らしさのようなものを感じるのもまた、事実であった。
そうして、そこに少しばかりの嗜虐心を感じてしまうのも、男の性というものだろうか。

「………」
「ぁ、ちょ、待っ――ぁ、ぅ、んんんっ!!」

空いた方の手を、お世辞にも豊かとは言えない胸へと向け、その中心部で自己主張を激しくしていた突起を摘み、扱く。
同時に、なぞっている割れ目の少し上でその存在感を増しつつあった肉芽も、親指で軽く押し潰してやると、てゐの嬌声が一段階上がった。
直接の刺激である乳首の感触と、下着越しに感じる陰核の同時の刺激は、十分に強い快感の波となっててゐの体を巡った。

「ん、んんん! あ、ぁ――つ、よ――ん、あ、ん――!」

陰核と胸の突起をこね回しながら、少しだけ膣口を引っかく指に力を入れる。
薄布一枚を隔てて、僅かに指がその内部へと沈み込む。
少し力を緩めて、また込める。
まるで兎が餅を搗くような、僅かな圧迫の強弱が、リズミカルに繰り返された。

「や、あ、は――はー……何か、さ。霖之助、焦らすの、上手いよね」
「ん? ……そうかい?」

ふと、熱で魘されたかのように頬を熟れさせたてゐが、じっとりとした目で振り返る。
快感のせいか、途切れ途切れで吐かれたその言葉には、しかし霖之助自身としては心当たりがない。
てゐがこういう情事に全く慣れていないとは思っていないが、何にせよこの体格差だ。
せめて少しでも辛くないように、と思っての慣らしだったのだが、される側からすればそうも捉えても仕方なかったのだろうか。

「なんか、物凄く慣れてる、って言うかさ……そんな感じ」
「……まぁ、その点はノーコメントとさせてもらうよ」

どこか不貞腐れたようにも聞こえるその声には答えない。
確かに全くの無経験というわけではないが、かと言ってまるで男娼みたいな言い方をされる程というものではない――はずだ。
まぁ、深く考えても仕方ない。
少なくとも下手だと痛罵されるよりは、霖之助の精神にとってもてゐの身体にとっても悪い事ではないのだから。

「……しかし、焦らしていたと思わせたのはすまなかったね。――君がそう言うのなら、次へと行こうか」
「は? ……って、あ、こら――あ、な、ぁ、んんん!」

にやり、と少しだけ意地の悪い笑みを浮かべて、霖之助はその手を、敏感な場所を守っていた唯一の防壁へと滑り込ませる。
布越しでない秘所が、既に十分な温かさと湿り気があるのを確認し――霖之助は、人差し指をその膣口へと沈み込ませた。
十分に潤滑していた生命の出入り口は、思っていたよりも遥かに無抵抗にその指を迎え入れた。

「あ、ふ、ぅぁ、は――」
「……ふむ。僕にそんなつもりはなかったが、確かにこれだけ見れば焦らしていたと言われても仕方なかったかもね」
「は――ぁ……ふん、だ」

すぐ膝の上にいる兎の耳元に、自身の指に感じる現実を突きつけてやれば、これまた随分と可愛らしくそっぽを向いてむくれる。
それに少し苦笑を浮かべて、霖之助は行為を続ける。

「あ――は、ぁぁぁ……」

――つぷり、つぷり。

ゆっくり、しかし確実にてゐの体内を出たり入ったりする淫音と嬌声が、しんと静まり返った店内に響く。
しんしんと積もる雪は、周りの音をその白壁で遮断し、まるで何処ぞの聖域かと思うほどの静謐を齎す。
しかし、そこに響くのはそれと正反対の、本能が為す営みの音である。
積もったばかりの新雪に足跡を残すかのような感覚に、霖之助は言葉には形容しがたいものを感じた。
いやがうえにも高まる興奮を自覚せずにはいられなかった。

「……てゐ……」
「んぅ? ん! ん――ふ――」
「ふ――ん――」

その名を呼び、小さく後ろを振り返ろうとしたてゐの顎を少しだけ掴んで、その少し脱力して空いていた口に舌を入れる。
少々急だった口吸いに驚いたように、少しだけてゐは目を見開いたが、それに抵抗は示さず、自身もゆっくりと霖之助の舌に自分の舌を絡ませた。

「――ふ――ぁ、む――」
「ぅん――ちゅ――りゅ、は、ぁ……」

後ろから抱きかかえるようにしても尚、自分の顎よりも下に頭がある少女と互いの唾液を交換しつつ、その愛撫は止めることなく続ける。
その光景は、何も事情を知らぬ者が見れば犯罪的に見えたことだろう。
もし、霖之助が後になって冷静な頭でそれを振り返れば、ただただ頭痛の種にしかならない光景だったかもしれないが、互いに昂ぶっている今となっては、それすらも互いに興奮を高める材料にしかなり得なかった。

「――んん!? ん、ぅ、ぅぁ、んんん!!」

片手で膣口やその入り口への愛撫を続け。
もう片方の手で、さっき下着越しにしたそれと同じように、物欲しそうに膣口のすぐ上で存在をアピールしていた陰核を軽くこねくり回してやると、塞がれている口の隙間から嬌声とも叫び声とも取れぬ声が漏れ出た。
つい今しがたまで、ただ単純に霖之助の服の袖を掴んでいた手にも、見ずとも分かるほどに力が込められる。
だが――その力も、霖之助の愛撫を止めるほどのものではなかった。

「ん、ふ――ん、ん」
「ん! ん、ん、んぁ、ぅぅぅ……ん!」

二箇所から来る快感に、てゐは変わらず声にならぬ声を上げる。
互いに絡める舌も、その動きは別の場所に意識を飛ばされているせいで緩慢になってはいるが、決して止まりはしない。
互いに互いを、霖之助もてゐも変わらず求め続けていた。

「――ん、は、ぁぁ……」
「ぁ、ん、ふ――ん、ぁ……りん、のすけぇ……」

ゆっくり、名残惜しそうにその唇を離すと、てゐの切なそうな声が漏れる。
それと共に、愛撫していた指も止めると、少しだけ期待に揺れる目でこちらを振り返ってきた。
多分、いやきっと、この次に行われる行為に寄せる期待がそうさせているのかもしれない。
しかし、それは決しててゐだけではない。
霖之助自身もまた、己の愚息がてゐの痴態に反応して、これまで以上にその勢いを漲らせているのだから。

「……てゐ。いいかい?」
「……うん」

自分の臀部から、その怒張の勢いをてゐも感じ取ったのだろう。
まるで心の臓のそれのように拍動するそれに、てゐはゆるゆるとその手を向けた。
――ぬるり、てゐの手が亀頭に触れると同時に、粘性の高いもので濡れた。
透明なそれが何かなど、最早問う必要もない。
どうやら霖之助もまた、自分に愛撫している間に、普段のそれからは想像出来ないくらい昂ぶっていたらしかった。
それを証明するように、ひょいと後ろから両足を抱えられて、てゐの身体が少し宙に浮く。
つい、と、何気なく下に目を向けると、自分の性器の前に霖之助の陰茎が、猛々しい程の存在感を以って待ち構えているのが見えた。

「……いくよ」
「――」

こくり、肯定の意だけをてゐは示す。
それを受けて、霖之助は後ろから自身の亀頭をてゐの膣口へとあてがい――そしてその身体をゆっくりと、沈めた。

「ぁ――ぁ、ぅ、ぁぁぁんんんん!!」
「く――ふ、ん――」

愛撫している最中は十分に潤滑していると思っていたのだが、いざ挿入しようとすると、やはり体格の差が大きくその障害となる。
滑るように、しかしそれよりも遥かに強い押し入る、分け入るような感覚のままに進むその膣壁からの圧迫感は、中々に凄まじい。
それでも少しずつ少しずつ、てゐの体重に任せるように身体を沈めていく。
少しずつ、少しずつ。
てゐの嬌声を背景に、その胎内へと侵入っていき――やがて、その行き止まりを亀頭の先に感じた。

「あ、ぁ――ん……! ……ぜんぶ、はいった……?」
「ああ……」

少しだけ苦しそうなてゐの声に頷く。
――しかし実際のところ、てゐの胎内に入ったのは、陰茎の四分の三ほどだ。
全部というには少し余りあったのだが、それを馬鹿正直に告げたところで何の意味があるだろうか。
物理的にこれ以上は無理なのだ。
そもそも霖之助の愚息を受け入れたという事そのものが驚きでもあるのだから、寧ろよくそれだけ入ったものだと言うべきだろう。

「……苦しくないかい?」
「……正直、ちょっと。最初から分かってたけど、やっぱ、きついさね……。全く、これで何人の女を泣かせてきたんだか」

にやり、いつものような笑みをてゐは浮かべながら、霖之助を振り返る。

――全く。どっちが情緒を理解していないのだか。

先程、てゐに感度の良さについて質問を投げかけ、呆れられたのを思い出しながら、霖之助は溜息を吐く。
恐らくこの台詞も、こちらが似たようなことを言えば非難、もしくは罵倒されていたことだろう。
結局は成らなかった未来だが、何とも理不尽である。
――だが、こうもやられっ放しで釈然としないのが、この男の特徴でもあった。
目には目を。歯には歯を。
やられたらやり返す権利は、遥か古代から法によって保障されているものなのだ。

「おや、それを聞きたいのかい? 今、君とこうしているのに他の女性を語るのは、流石に僕でも不適当かと思うんだが」
「……あれ?」

こういう話題は、てっきりいつものように聞き流されるか黙殺されると思っていたのだが、寧ろ話題にのってきた霖之助にてゐの出鼻が挫かれる。
つい、と少しだけ後ろを振り返れば――どこか面白そうに含み笑う、半妖の顔が見えた。

「まぁ、君がそう言うのなら仕方ないな。――そうだな、僕が覚えているところだと――」
「……てい!」
「痛っ!」

これから意趣返しをしてやろうかと思っていたら、まさかの顎への頭突きで中断を余儀なくさせられた。
と言うか、その身体は霖之助が抱えて半ば浮いているのに、実に器用なものである。

「……何をするんだ」
「……ふんだ。分かってるのに言おうとするなんて、酷い奴」
「……君が聞いて来たんじゃないか」

凡そ、今まさに繋がっている男女のやり取りとは思えぬ会話である。
もし第三者にそれを指摘されたのなら、残念な事に当事者である霖之助自身も頷かざるを得ないだろう。
それくらい、何と言うか余りにもいつも通りだった。
――だが。

「……だからって、言おうとするなんて酷いよ。ホントに女心が分からない奴」
「……全く。君は相変わらず勝手なものだな」
「な――ん、ぁ!」

予想通りと言うか、相変わらず理不尽な返答に思わず溜息が出た。
それに何かを反論しようとしたてゐだが――不意に自分の奥を押される感覚に、言葉に嬌声が代わった。

「ちょ、いきなり、奥、押さないでよぅ……」
「君が余りにも勝手だからね。僕も勝手にさせてもらったまでさ。……続けても?」
「……うん」

とりあえず彼女は、言おうとしていた反論を飲み込むことに決めたらしい。
まぁ、霖之助もいつも通りのやり取りをしていたものの、実際は腰に感じていた疼痛が増している事に、そろそろ忍耐が追いつかなくなっていたところだった。
てゐの膣内は圧迫感もそうだが、小動物特有のそれのせいか温かい。
動かずにいるだけでも、実は相当心地よくて仕方がなかったのだ。

だが――それは恐らく、てゐ自身も似たような状況だったはずだ。
霖之助と軽快なやり取りをしている最中でも、まるで入ってきた雄の剛直を離さぬよう、絶えず蠢いていたのだから。

「ん、ふ――あ、ぁぁぁ……」

ずるり。
まるでそう聞こえそうなくらい、ゆっくりと陰茎が引き抜かれる。
そうして入り口近くまで戻り、再びその最奥まで押し入るように抽送する。

「あ、は――んんん!」
「く――っ――」

最奥の行き止まりにぶつかる度に、てゐの声が一段階跳ね上がる。
女性の快感とはどのようなものかを、男性である霖之助が推し量る事は出来ないが、亀頭が子宮の入り口を押すたびに走る膣壁の締め付けを見る限りでは、相当感じているようにも思える。
万人が万人、奥に挿入される事で快感を得るわけではないらしいが、この反応を見る限りでは、この体格差はプラスへと働いているらしかった。

「あ、ぅぅぅ――ん!? は、っ、っぁあああ!」
「――? ……ふむ」
「ぁ、ゃ、ちょ――っあぁ!」

幾度か抽送を繰り返していると、ふとてゐの声の質が明らかに変わった。
特に何かをしたわけではない――と最初は思ったのだが、どうやらさっきの挿入で子宮口に到達した際、先程とは違って背中側ではなく、少し腹部側にずれて押し上げたのが効いたらしい。
証拠にもう一度、同じような場所を押し上げてみると、再度同じようにてゐは喘いだ。

「……ここがいいのかい?」
「ぁ、ちょっ、っあ! れ、連続は待――っぅんんん!」

てゐの言葉を無視し、少しだけ先程の抽送と変えて、力強くその部分を押し上げてやる。
何とか声を抑えようとしているのか、自身の口を手で覆い隠すてゐだが、それでも漏れ出る喘ぎ声は実に蕩けそうな響きでかつ扇情的だった。

「ぁ、ゃ、ん、ん、ん、ん!」

てゐの身体を浮かす程度を浅く、かつ短い間隔で突いてやれば、それに応じててゐの嬌声も間隔が短くなる。
霖之助の抽送の速さと強さに応じて、素直なまでにてゐの反応が変わる。
そんな素直な反応に、寧ろ訝しさのようなものを感じるのは、相手がてゐだからだろうか。
この期に及んで疑っても仕方あるまい、と思ってはいるのだが、やはり普段の素行はこんな時でも根強く残ってしまうものらしい。
――だが、そんな理性的な思考とは裏腹に、本能的な部分は、着実にそのステップを高みへと上り詰めていた。

「ぁ、ぁ、んんん――りん、のすけぇ……!」
「く、っ――て、ゐ――」

最初は意識的に、そのストロークのタイミングを変えていたはずだった。
だが、今のそれは違う。
『気付いていたらこうなっていた』類のそれだった。
一定の韻を踏んでいるようにすら見える、挿入を繰り返す強さもまた同じである。
そして、特に合図があったわけでもなく、互いの名前を呼び合ったこれもまた――同じなのだろうか?

「っ、は――りん、のすけ、ちょっと、待っ、て!」
「――は――ん――?」

自身の足を抱えた霖之助の腕を力なく掴みながらの制止の声に、霖之助に薄まりつつあった理性が本能的な動きを止める。
そうして腕の中にいるてゐに目を向けると、桜色を通り越し、紅色に染まった頬と蕩けた目で、こちらを見返していた。

「……どう、したんだい?」
「……前が、いい」
「は?」
「ん――!」

――にちり。
互いに交合する前より粘り気の増した音と共に、てゐは自身の中に収まっていた陰茎を引き抜いた。
そうして力なく立ち上がると、くるりと振り返ってこちらを向き合ってから、再びぺたりと膝の上へと座る。
また最初のように、霖之助とてゐは互いに向き合う体勢となった。

「……てゐ?」
「……やっぱ、相手が見えないって、何だか嫌さね。だから――前からが、いい」
「……そうか……いや、そうだね。同感だ」

霖之助からは、ずっとてゐが見えていた。
当然だ、自分がてゐよりも後ろにいたのだから。
だが背中を預ける側からすれば、後ろにいるのが誰なのか分かっていたとしても、状況が状況ならば些かの不安を覚えるのも無理はない。
特に性交というのは、睡眠中と同じくらい第三者に対して隙を晒すような行為である。
蟷螂のように、交尾が終わると相手を捕食するような動物もいるのだから、てゐのその気持ちも致し方ないものの類であろう。

「ぁ、ぁ――ん、ぁ、は……」
「っ――!」

そうして向き合ったまま、てゐは自分で霖之助の肉棒を自分の膣口に当て、腰を落とす。
互いの性器は、最早どちらの体液か愛液か分からぬ程に潤滑し、これと言った抵抗もなく飲み込まれる。
後ろからでは分からなかったその結合部分が、こうしてはっきりと見えるということに、霖之助は何とも言えない感情を覚えた。
そもそも、明るい場所でこうして睦み合うという経験自体、決して多くはない。
経験がないのだから、まるで若年の男のように興奮を覚えるというのは、これはもう仕方ないことであろう。

「ん――は、ぁ……でも、さ。私、霖之助を信用してないとか、そういう理由じゃ、ないよ」
「――――あ、ああ。そうなのかい?」

まるでこちらの考えている事を読んでいるかのような言葉に、一瞬思考が停止する。
しかし、彼女ならそれくらい分かりそうなものか、と思い直して、頷いた。
――そうなると、彼女はどうしてわざわざ体勢を入れ替えるような事をしたのだろうか。
黙っていただけで、もしかして実はあの格好では具合が悪かったのか。
敢えて黙っていて、後でそれを直接バラすという、意地の悪い事でもしようと考えているのだろうか。
――少しそう考えて、てゐならそういう事をしそうなものだと思ってしまうあたり、彼女の普段の素行が窺い知れるというものだろうか。
だが真実は意外なことに、穿った考え方をして奇襲に備えていた霖之助の防壁を、正攻法で堂々と突破していった。

「なんかさ……こっちの方が、らしいじゃない?」

言って、ぴったりと正面からくっ付くように、彼女は抱きついてきた。
こうされると彼女の表情は窺えないが、実に満足そうに揺れる兎の耳が、雄弁に今彼女が浮かべている表情を代弁しているように見えた。
そしてそれを目にすれば、彼女の言う『らしさ』とは一体何なのか――それを推測するのに、大した労苦はいらなかった。

「――意外、だね」
「何が、さ」
「君も、意外と可愛らしい考えをするものなんだな」
「……嘘ばっかり吐く詐欺師は、二流もいいところさね。ちょっとは嘘の中に本音を混ぜないと、だよ」
「それはそれは、高説を有難う。――で、さっきのあれは、大部分を占める嘘なのかい? それとも、その中に僅かに混じった本音なのかい?」
「……知らない」

少しだけ強く、背中に回された腕に力が込められ、よりぴったりと額をこちらの胸へと当ててくる。
恐らくは、表情を悟られないようにしているのだろう。
まぁ、それはそれで別に構いはしない。
既にそういう行動が、彼女にしては珍しく、如実に本音を漏らしているのだから。

「……まぁ、それはどちらでもいいさ」
「……ん、同感。――ん、ぁ」

互いにどちらともなく呟いて、てゐはゆっくりと腰を上げる。
今度は霖之助の手を借りず、自分の足の力で霖之助を抜き――そして、体重でそれを再び自らの膣内へと落とし入れた。

「――っ!」
「あ、ひ、ぁぁぁ! ふ、深……!」

今まで挿入する時は、霖之助がある程度深さを調整していた。
全て入りきらないのが分かっているのだから、それは当然の行いだった。
だが――てゐが自身の体重で挿れた今のは、違う。
途中で止まることを考慮しない、容赦ないまでの一撃に他ならない。
実際、霖之助が今の挿入で亀頭に感じた肉の感触はこれまでで一番大きかったのだから、てゐも同様と考えておかしくはない。

「てゐ、余り無茶はしない方が――」
「ぃ、いの!」

霖之助の言葉を弾き飛ばし、てゐは再び自らの力で陰茎を抜き――そして、自らの体重でそれを挿れる。

「っ、ぁ、ぃ、ひっ!」
「く――っ――」

再び亀頭に感じる、強い肉の感触。
しかし感じるのは当然、それだけではない。
竿の方に感じる、膣壁からの締め付けと温かさは、最初のそれよりも確実に増している。
寧ろ快感の度合いで考えれば、まるで蠢いているかのようにすら感じる膣壁からの方が遥かに大きい。
こんな状態なら、放っておいてももうすぐで果てる事だろう。
――それはてゐも同様のはずだ。
つい先程と比べても、てゐの胎内の動きは遥かに増している。
そう考えると、彼女がこうして自分で抽送を繰り返しているのも納得出来る。
彼女もまた、限界が近いのだ。

「ぅ、ぁ、ぅんんん! りん、のすけぇっ! もう、ちょっとで、きそう!」
「あぁ――っ――僕も、だ!」

霖之助も、懐の中にいるてゐを抱きかかえながら、それに応える。
――その時に、ふとすぐ目の前で揺れている、小さな兎の耳が目に入った。

「――ぁ、む」
「ひゃぁっ! ちょ、りんのすけ、耳、やめて!」

目の前でぴこぴこ揺れるものだからつい甘噛みしてみたら、思ったよりもいい反応が返ってきた。
その反応の良さは、嬌声だけではない。
彼女の耳を甘く啄ばむ度に、その膣内もまるでそれが別の生き物のように蠢いた。

「……ふむ、なるほど。兎の耳は重要な器官だから、敏感なのも納得は出来るが――」
「ゃ、んんん! 耳、咥えたまま、しゃべらないで!」

抽送を忘れ、耳からの刺激にてゐは震え続ける。
そんな様子に、少しだけ可哀想な気持ちも生まれるが――それを超えて生まれたのが嗜虐心であるところが、霖之助が霖之助たる所以ではないだろうか。

「ほら――下がお留守じゃないか」
「ひ――っ!! ぃ、ゃ、んんんんんっっっっ!!」

てゐの耳を軽く啄ばみながら、下からてゐを突き上げる。
彼女の体重に加え、下から突き上げる力も相まって、今までよりも更に深く最奥へと肉棒が当たる。
より深く子宮の入り口をこじ開けようとしてくるその感触と、耳からの背筋が竦むような感触が入り混じり、よく分からない快感となって、てゐの全身を駆け抜けた。
ただでさえ、もう達する寸前に近かったところへのこの快感は、対抗しようとするには余りにも荷が勝ちすぎた。
――同時に霖之助も、自分の分身すべてを満遍なく包み込み、蠢くように締め付けてくる感覚に対抗する余裕は、もう殆どなかった。
たまに出る軽口の口調こそは余裕のように聞こえたが、それはあくまで男としての矜持がそうさせていただけである。
正直――もう、限界もいいところだった。

「ひ、ぁ、んんんん! あ、く、る! イ、っく――!!」
「く、っ――! 僕、も、もう――」
「りん、のすけぇっ!」

互いに形振り構うことなく、お互いに強く強く抱き合う。
姿だけ見れば、親子がそうしているようにしか見えないほどの体躯の差である。
しかしその間に流れる空気は、親子などという温かで緩やかな代物ではない。
そこにあるのは――むせ返る程の、雄と雌の臭いだった。

「てゐ――っ!! く、っ、ぅぁあああ!」
「ひ、っ!? あ、ふ、ぁぁぁぁああああああっっっっ!」

最後の最後、果てる寸前に突いた無意識に近い挿入は、これまでで最も力強く小さな子宮の入り口をこじ開け。
その中へと、自身の全てを吐き出すような感覚を霖之助は覚えた。
一度、てゐの口内へと射精しているにも関わらず、まるでその衰えを感じさせないほど、力強く陰茎が拍動して白濁液を吐き続けた。
てゐも、それを自身の中に滲み出るような温かさで感じ取った。
気のせいかもしれないが、その精液の重みすら、子宮で感じ取れた気がしたのだ。

「――っふ――ぅ、は、あぁぁぁぁ……」
「あ、あ――は、ぁぁぁぁ……」

二人揃って、大きく息を吐き出した。
店内にはストーブがついているせいで、気付けば今の二人は汗だくだった。
――しかし、行為の余韻に浸る今でも尚、霖之助の剛直はまだ拍動を続けていた。

「は――ふ、ぅぅぅぅぅ」
「あ、あ……す、ご――まだ、出てる――」

未だに自分の中で揺れる霖之助の剛直を直に感じながら、自分たちの結合部に目を落とす。
やはり、自分と霖之助の体躯の差は大きかったのだろう。
自身の中に収まりきっていない精液が、ごぽりと霖之助の竿を伝って外へと漏れ出ていた。

「――ぁ――何か、勿体ない気もするね……」
「仕方、ないさ。君と僕の体躯に差がありすぎるからね」
「むぅ――んっ……!」

漸く射精が収まった陰茎を、ずるりとてゐの体内から抜いた。
それが栓になっていたのか、先程漏れ出ていた精液よりも多い量が、ぼたりと床へ落ちた。

「はぁ……凄いね。一回出してるのに……何だかお腹の中、重い気がするよ」
「それは流石に気のせいだと思うが……それより、風呂を沸かそう。入っていくといい」
「うん」

床に落ちた自身の精液の中で目立つものを、懐紙を使って拭い取る。
てゐにも何枚か同じものを渡して、霖之助は母屋へと踵を返した。
てゐとて、そういう後片付けするところは余り見られたくないことだろう。
霖之助も余り見られたくはない類のものなのだから。

――僕も早く入りたいし、出来るだけ早く風呂を沸かしてやろうか。

そんな事を考えつつ、霖之助は真っ直ぐに風呂場へと足を急がせた。


 ◇ ◇ ◇


「ふ~んふ~んふふ~ん」
「……随分と機嫌がいいじゃないか、てゐ」

互いに風呂に入り終わり、ひとまず身体が乾くまでの一時。
一番最初のように、香霖堂店内のストーブ前で鼻歌を歌いながらその恩恵を受けているてゐに、何となく霖之助は声をかけてみた。
それに、てゐは機嫌が良さそうに、しかし何でもない内容を返す。

「ん? いや、別にそういうわけじゃないけどね」
「? ……そうかい」

どう見ても機嫌が良さそうに見えたのだが――まぁ、彼女がそう言うのならそうなのだろう。
別に深く詮索するつもりもないので、答えがどうであろうと構いはしなかった。

「――しかし、やっぱり誰も来なかったねぇ」
「……」

ふと、てゐがにやにやとした笑みで呟いた一言に、霖之助はすぐさま渋面を作る。
彼女が何を言いたいのか、それが瞬時に理解でき――それが、霖之助にとって危なく今までの生涯で最大の汚点を残しかねないものだったからだ。

「……いつもだったら、それを嘆くべきなんだろうが……まさかそれに感謝するような日が来るとは……」

項垂れるように、霖之助は深い深い溜息を吐く。
その原因をただ言葉にしただけならば、何の事はない。
店に閉店の掛札を掛けず、それどころか扉の鍵すら掛けずに事に及んでいたのである。
――ー言葉でなく現実にしたら、一気に背筋に冷たいものが上がってくるのを感じた。
もし仮に来客があったら――それを考えるだけで、寿命が数年単位で縮む思いがする。
しかし何より性質が悪いのは、それをてゐは分かっていて言わなかったという点だろう。

「……失念していたのは、完全に僕のミスだが……それくらい、教えてくれても良かったじゃないか。君だって見られていたら困るだろうに」
「んー? ……まぁ、それが霖之助にとっての幸せだったなら、そうなってただろうねぇ」
「? ……あぁ、そういうことか」

てゐの能力は、人間を幸福にする程度の能力である。
その上でてゐの言葉を考えれば、今回は『他の誰かに目撃されなかった』事が、霖之助にとっての『幸運』だったのだと、そう彼女は言いたいのだろう。
尤も霖之助の場合は半分しか人間でないので、その能力がどの程度通じるのかは不明であるが、少なくとも自分に露出癖がなかった事だけは証明されたようである。
もし自分でも気付かない、潜在的な部分にそんな嗜好があったら、今頃とんでもない事になっていたところだったのだろうか。
――まぁ、既に無事に済んだ事を考えても仕方ないので、もう気にしないことにする。
気にしても仕方がないし、こちらの精神に余分な負担がかかるだけである。

「……ま、別に見られても良かったしね」
「ん? 何か言ったかい?」
「いんや、何も」

とぅ、と声を上げて、てゐは座っていた椅子から飛び降りる。
そして、ここに来る時に来ていた防寒着をいそいそと着込み始めた。
どうやらそろそろ帰途に着くつもりらしい。
――そこでふと外に目をやれば、もう窓から差して来る陽の光は橙色に染まりつつあった。
冬の日が沈むのは早い。
ここから永遠亭の距離を考えると、もうそろそろ出発しなければ日没を迎えてしまう。
ストーブに当たり、髪も乾いた事であろうし、帰るにはちょうどいい頃合だろう。

「おや、帰るのかい?」
「ん。そろそろ帰らないと、陽が沈んで寒くなるしね。……よし、と」

防寒着をあっと言う間に着込み終わり、そのまま出口へと向かうのかと思えば、てゐはとことことカウンター前までやって来た。
そうして、幾分か低いところから、こちらをじっと二つの黒い目で見上げてくる。

――……? 彼女にしては珍しく、わざわざ挨拶でもするつもりなのだろうか?

つい先程まで睦み合っていたとは思えないくらい、霖之助の思考はいつも通りである。
しかし、それはてゐにしてみても同様だった。
互いが互いに、一度身体を重ねたくらいで、相手に対する態度を急変させるつもりは毛頭ない。
結論から言えば、お互いこういうどこか近いくせに遠い、遠いくせに近い距離が、最も心地いいのだ。
――だが、これからてゐが告げようとしている一言は、その距離に大きな変化を齎すかもしれないものでもあった。
この心地よさが壊れるのか、それとも――。
その先に続く言葉が具体的にどんなものになるかは、てゐ自身にもまだ分からない。
それを決めるのは、少々悔しいが――目の前にいる半妖なのだ。

「――ねぇ。知ってる?」
「? 何をだい?」

挨拶かと思ってその言葉を霖之助は待っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
寧ろ、何か知識を問うてくるような問いかけだが、まさか自分に問いかけをしてくるとは、てゐにしては珍しい愚行ですらある。
だがまぁ、訊かれたのなら答えてやるのは吝かではない。
元より、こちらから話す事はあっても、向こうから尋ねられることなど殆どない。
故に、少しだけ気分良く、何でも訊くがいいと待ち受けていると――不意に、てゐが破顔した。

「兎ってさ、決まった繁殖期はないんだ。年中繁殖期って言われる事があるけど、それは決まった繁殖期がなくていつでも増えれるだけ。ちょっとニュアンスが違うんさね」
「……」

彼女にしては実に『いい笑顔』でそんな事を言うてゐに、何とも言えない感覚を覚えた。
例えるなら――紫に突然背後に立たれたような、それに近かった。

「――じゃあ、ここからが問題。どうして兎は、繁殖期がないんだと思う?」
「……ふむ……」

霖之助自身、兎に特定の繁殖期がないことはとうの昔に知っていた。
だが、その理由まで考察した事は殆どなかった。
なので、もし時間が貰えるのなら、今から少々考察しても良かったのだが――てゐはそもそも、霖之助の答えを期待していなかったのだろう。
或いは、あくまで問いの形式をとっていただけだったのかもしれない。
いずれにせよ、てゐはほんの少しだけ間を置いた後、更に笑みを深くして、言葉を続けた。

「それはね――交尾で排卵されるからなのさ。その都度その都度で妊娠出来るから、そんなものいらないってわけ」
「……そう、なのかい?」
「そうなの。――だから」

とんとん、と、てゐは実に楽しそうに踵を返し、店の入り口へと向かう。
そうして扉の直前で再び霖之助を振り返り――今まで見た中で最も『少女らしい』笑みを浮かべた。

「もし、『それ』が霖之助にとって幸せなら――『そう』、なるかもね。その時は、ちゃんと責任とりなよ?」

くしし、と、いつものように悪戯っぽく笑うくせに、その顔はどこまでも文字通りの『笑顔』であった。
普段はそうは見えないが、今だけなら『シアワセウサギ』と名乗られて納得するような、そんな表情。
――それと対照的だったのが、霖之助のそれであった。

「……はぁ……」

唐突に、そして矢継ぎ早にてゐから告げられた事実は、全てを受け止めるには余りにも重いものだった。
普段吐く溜息とは一線を画す、重い重いそれが漏れ出た。
――と言うか、普通に考えててゐ自身も、そんな軽い気持ちで言えるようなことではないのではないだろうか。
人間同士であれば、間違いなく人生の墓場と呼ばれる場所まで直行しなければならない出来事である。
それは正に一大事と呼ぶに相応しいもの――なのだが。

「ふ~ん……。そんな堂々と目の前で溜息吐くなんて何て奴」
「……僕は、君がどうしてそんな平然としていられるか不思議でならないよ」

てゐはあくまで、普段と同じような態度を崩さない。
言葉尻こそぶすくれているようにも聞こえるが、表情は何一つ変わっていない――つまり、ずっと笑んでいるのだ。
にこにこ、にこにこ、と。

「――ふぅ――」

普段、何でもない日常にそれを目にしていたのなら、きっと悪い予感しかしなかっただろう。
彼女が浮かべる、喜色満面と言っていい笑みは、大抵その先の不穏な未来を予想させるものでしかなかったからだ。
だが――今、目の前のシアワセウサギが浮かべている笑みを見ていたら、ふっと胸中に蓋をしていた重石が軽くなったような気が、した。

「……そう、だな……」

――『それ』が霖之助にとって幸か不幸かは、まだ分からない。
今は色々と感情が錯綜しているので、その点に関しては、まだ正しい判断が出来かねているのだ。
だが――もし『そう』なったのなら、一角の商人として一個の男として、とるべきものはとらねばならないだろう。
常々、霊夢や魔理沙にも言っていることだ。
世間一般の常識すらも理解、実践出来ずに、どうして幻想郷一の商人など目指せよう。
その程度の器くらいは持っていると、目の前の素兎へ、声高らかに宣言してくれよう。

「――分かった。僕も男だ。とるべきものはとる甲斐性くらいはあるつもりでいる」
「――」

――ここで初めて、てゐの浮かべる表情に亀裂が入った。
喜色に僅かな驚きが混じり入って、少しだけバランスの乱れたものへと変わる。
それと入れ替わりに、霖之助の表情が少しだけ、穏やかなものに変わる。
よく霊夢や魔理沙相手に浮かべているそれに似ているが、よくよく見れば――僅かな僅かな慈しみが混じっていた。

「それに、僕は半人半妖だ。元々が歪のせいか、繁殖能力は高くないはずだろう。だから、もし本当に『そう』なったら――それが、僕にとっての『幸福』だという事なんだろうな」
「……うん。そっか、ありがと」

そうとだけ、てゐは呟き返した。
――そう、あればいい。
叶う事は望まず、ただ薄ぼんやりとそう思っていただけだった。
寧ろこの半人半妖相手では、そう思っていた方が確実だろうと思っていた。
冷笑も罵倒も、或いはそれ以上のナニカも、覚悟していたから。

――じゃあ、この今の『これ』は何なのだろうか。

不思議な感覚だった。
誰かを幸福にしたら、それと同じくらい、自分にも返ってくるのだという事が。

「……別に、礼を言われるようなものでもないよ。寧ろ当然の事だろうに。……その時は、永遠亭から香霖堂に所属を変えるかい?」
「……分かんない。その時になったら考えるさね。……じゃあ」
「あぁ。またおいで、てゐ」

くるり、踵を返して、今度こそてゐは香霖堂を後にした。
からんからん、と客の帰りを告げる音を耳にしながら、扉の向こうに消えるシアワセうさぎの背中を見送って――霖之助はゆっくりと、その背を椅子に預けた。

「……ふぅ……。結局のところ……僕はまた、いつも通りに彼女の術中にはまっていた、ということなのだろうか……」

いつも通りの、気だるそうな声の色。
それが、ストーブの燃える音以外何も聞こえない空間に響くものだから、尚哀愁が重なって霖之助の耳に戻る。
――だが、もし仮にこの場に第三者がいたら、その人物はきっと首を傾げたことだろう。
言葉の内容も口調も、正に面倒そのものとしか聞こえない霖之助の独白。
だが、その言葉を述べている店主の表情は――。


これ以上ないくらい、穏やかそうに笑っていたのだから。

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コメントコメント


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パンツ荒む日本海に投げ込んだ。

…って、てゐwwww
背徳感がマッハだけどロリコンにはたまら(ry

| URL | 2012/01/24 (Tue) 06:14 [編集]


タイトル見たとき星さんのSSからネチョだってすぐにわかったけど、無意識に鈴仙を思い浮かべてたからビックリしたわ。
けど、さすがてゐだな。個人的に鈴仙とは比べものにならないくらいエロいと思ったし、心がほんわり暖かくなったよ。
続き書きませんかね? 少し先の話が見たいです。妊婦なてゐと霖之助さんの新婚生活とか、子沢山な森近一家とか個人的に希望!

のた | URL | 2012/01/24 (Tue) 19:30 [編集]


どうも、唯です。

最初鈴仙さんかと思ってましたがまさかのてゐさん、意外だったのとそれを掻き消すくらいのすさまじいえろさでした。

てゐ霖もいい物だと思えました。感謝!

さぁ、次は鈴仙だ

| URL | 2012/01/24 (Tue) 23:46 [編集]


まあ、ほどほどにね
うん、ほどほどに
そう、ほどほどがいい
期待してるから

dact | URL | 2012/01/25 (Wed) 02:20 [編集]


ネチョに入るまでが唐・・・スピーディでよかったw
しかし体格差があるから完全にロリコンですどうも有難う御座います
年齢からしたら、男子小学生を襲う三十路女くらいあるんだけどねw

やっぱり経験豊富そうだな幽香もベッドでは泣かせまくっていたんだな


もちろん迎えに来た鈴仙がバッチリ見てるんだよね、さらば兎年だし

猟奇王 | URL | 2012/01/27 (Fri) 12:16 [編集]


 
 

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