淡色の空

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虎と読書と 弐

2012年、明けましておめでとうございます。
昨年は色々とあった一年でしたが、何とか継続して更新することが出来ました。
去年、ここに足を運んでくださった方々には多大なる感謝を。
相変わらず今年もマイナー路線を突っ走っていく感じになると思いますが、
今年もよろしくお願いします~。

……さて。
と言うわけで、今年初めての更新になります。

本当は年が明ける前に更新したかったんですが、
ちょっと色々重なってここまでずれ込んでしまいました;

という前置きを残しつつ、本題はいつものように以下よりどうぞ~。

(霖之助、星)

読書とは本来、本の世界に没頭して初めて為される行為であると、霖之助は考える。
集中せずに本を読んだとしても、それは『目を通した』と言うべきであり、真に読んでいると胸を張って言えることではない。
書かれている内容を集中して読み解き、噛み砕きながら理解する。
それこそが本来あるべき読書の姿だ。
――まぁ、書を読むという行為には、敢えて声を出して読むことで理解を進める『音読』という例外手段もあるにはある。
しかしいずれにせよ、書の内容を理解して初めて、読書としては及第点であろう。
そこから更に考察を経て、知識はより具体化して自分自身に沈着することになるのだが、それはまた別の領域なのでここでは置いておく。
つまり何が言いたいかと言えば、集中して本を読んでいるのであれば必然的に口数は減ることとなり、静謐な空間にはページを捲る音だけが響いているはずだということだ。
それは元々読書を好む自分やパチュリーは元より、普段から何かと騒がしい魔理沙ですら例外ではない。
――そう考えるのに、つい今しがたまで疑いなど持つはずがなかったのだが。

「ぅ……ぐすっ……うぇ……」
「……」
「……すん……ぅぅ……」

現在、この香霖堂の中には、読書をしている人物が二人いる。
一人は他ならぬ、この香霖堂の主である森近霖之助だ。
店の中のいつもの位置に座り、持った本のページに目を落としている姿などは、この店を訪れた事のある者なら誰でも一度は目にしたことがある姿だろう。
そして、残るもう一人は――カウンターを挟んで霖之助の正面に座り、号泣している寅丸星だった。

「ぐすっ……ぅ、ぅう……」
「……」

先に言っておくが、星は霖之助から見てもかなり集中して読書をしている。
本の世界に没頭し、その内容に釘付けになっているのは間違いない。
だがそれゆえに――その物語の世界に没頭しすぎたせいで、この有様だった。

「……すん……」
「……」

正直に言えば、その涙声が耳に障らないというわけではない。
集中して読書を行う時には、必要以上の音を好まない霖之助だ。
すぐ目の前からのこの音は、決して必要なものではない。
だが――読書に集中した結果生まれた音ゆえに、どうにも始末に悪い。
無論、誰かが自分の蔵書を集中して読み、その結果夢中になるのを悪く思うはずがない。
それに加え、星が読んでいる本を薦めたのは、他でもない自分だ。
言うなれば、そもそもの原因は己に帰結すべきものであると言えた。
そういう諸々の事情が重なり、注意するのが憚られた結果が、この現状だった。

「っ……ぅぇぇ……」
「……」

星はよほどその物語に没頭しているのか、既に読みすぎたページへと戻ったりしながら、幾度も幾度もその内容を堪能している。
終わるにはもう少し時間がかかるかもしれない。
そう、カウンターに置いてあった二つの湯呑みのうちの一つを手に取って啜りながら、目算した。

「……ふぅ」

ことり、カウンターに置いた湯呑みが小さく音を立てる。
そうして、我が身から出た錆が落ちるのを、霖之助も自分の本を読みながら待った。





――どのくらいそうしていただろうか。
ようやくぱたん、と本を閉じる音を耳にして、霖之助はその顔を上げた。
目の前には、持っていた本をカウンターへと置きながら、霖之助の想像通りぐしゃぐしゃになった涙を袖で拭う星がいた。

「ぅぅ……あ、ありがどう、ございまじた……」
「ああ……ほら、使うといい」
「ずびません……」

懐紙を渡すと、ちーん、と勢いのいい音が返ってきた。
よほど物語に感動したらしく、星はまだ鼻を鳴らしながら、目元の涙を懐紙で拭っている。

――まぁ、確かにどちらかと言えば、泣けるようなものを渡したのは確かだが……。

星から返してもらった本を受け取りながら、霖之助は少し小首を傾げる。
――『ごんぎつね』。
それが、霖之助が星に渡した本に書かれた題字であった。
確かにどちらかと言えば涙腺が緩む類の話ではあるが、こんなに星が号泣するものだとは思ってもみなかった。

「うぅ……すみません。何だか、はしたないところをお見せしちゃいましたね」
「ああ、いや、気にすることはないさ。物語に感動することは決して悪くない。寧ろ書き手からすれば、諸手を挙げて喜びたいところだろう」

仮に霖之助がこの物語の作者だったのなら、少なくともそう思う。
尤も、この『ごんぎつね』は元々作者が聞いた口伝である『権狐』を基に創作されたものなので、全てを作者の功績とするわけにはいかない。
だが、それでも自分の著書にこうも素直に読者が感情を表してくれるのを、悪く思うはずがないと思うのだ。
――まぁ、それも程度と時と場合にもよるかもしれないが。

「……しかし、これは僕も一度目を通したが、まさかここまで君が感動するとは思っていなかったよ。それほどツボにはまったのかい?」
「……えぇ、まぁ」

すん、と少し鼻を鳴らして、星は頷いた。

「その、もしかして変、でしたか?」
「いや、そういうわけではないが。君は素直に物語を読むタイプだと知っているからね。……ただ、これを薦めておいてなんだが、君はあまり狐に対していい感情を持っているとは思っていなかったんだ。そういう意外さも加えて、少し驚いただけさ」
「ああ。『虎の威を借る』、ですか」

然り、霖之助は頷いた。
その故事成語に説明は最早不要だろう。
そういう言葉がある以上、冬になれば紫の代わりに燃料代を受け取りに来る藍と星が鉢合わせやしないかと、少しだけ心配もしていた。
だが、そんな霖之助の心配とは裏腹に、星はゆっくりと首を横に振った。

「別に、私はそんなことはありません。そういう言葉があることは知っていましたけど、私が騙されたわけではありませんから。……それに、このお話の狐の気持ちは、確かに本物だったと思いますし」
「……まぁ、そうかもしれないがね」

――『ごんぎつね』の結末は、なかなかに悲哀に満ちている。
日頃から主人公の狐である『ごん』は、自分の住処の近くにある村の村人たちに悪戯を繰り返していた。
その悪戯相手の一人である兵十が、ある時鰻を捕まえようとしていたのを、いつもの悪戯のつもりでごんは逃がしてしまう。
だがその十日後に、ごんはその兵十の母親の葬列を目撃する。
その時にごんは初めて、あの時に自分が捕獲を邪魔した鰻は彼の母親のために捕まえようとしていたのだと悟った。
その話を聞き、兵十に同情したごんは、その償いのためにまず里の鰯屋から鰯を盗んで兵十の家に届けるのだが、彼が鰯を盗んだとして鰯屋に殴られた話を後日、小耳に挟む。
それから、ごんは自分の力だけで栗や松茸を集め、それを兵十に届け始めるが、元々悪戯狐として名を馳せていたごんがそれを届けているとは兵十は夢にも思わない。
それを寂しく思いつつも、償いのためにまた翌日も栗を届けに来たごんだったが――。

「……確かに、元々は身から出た錆だったかもしれません。けど……自分が届けていたとも思われずに、最後は銃で撃たれる最期は……いくら何でも……」
「……そうだね」

ぐすっ。
物語の最後を思い出したのか、再び星の涙腺が緩む。
だが――その気持ちは、霖之助にもよく分かる。

「……この物語の場合、白黒がはっきりした勧善懲悪ものではないからね。親のいない子狐が、寂しさを紛らわすために悪戯を重ねる――無論、物語の中にはそう明記されていないが、己の過ちを認め、それを償おうとする素直さが、そういう背景を感じさせる。だから、読後の切なさや遣る瀬無さが尚の事増幅されるんだろうね」
「はい……。それなのに、この終わり方は……あんまりにも可哀想で……」

――どちらが悪い、と言うわけではない。
確かに星が『身から出た錆』と言ったように、発端はごんが繰り返してきた悪戯であった。
だが彼の狐は、そこで己の行為によって兵十の孝行の機会を永遠に潰してしまった事を悔い、償いを始めた。
所詮は狐である身で出来る程度の償いではあるものの、その時点で彼を『悪』と見做すことには無理が生ずる。
真性の悪には、己の行動に一切の疑念を持たないがために、まず償おうという気持ちすら生まれないからだ。
そしてその理論で言うのなら、元々被害者であり、物語の終末で加害者となった兵十もまた、『悪』と見做すことは出来ない。
孝行の機会をごんによって失った遣る瀬無さは、言葉に語りつくせぬものがあっただろう。
それこそ、ごんの姿を見つけ、火縄銃を持ち出したくらいだ。
積もり積もった怨恨や殺意を、その内に抱えていたのは明白である。

ただ――実際に銃弾として向けたその殺意も、兵十からすれば絶対ではなかったらしく。
ごんが今まで栗や松茸を届けてくれた事を知った後には、まだ煙の昇る火縄銃を取り落としている。
その銃口から立ち上る青い煙と、兵十の言葉に目を瞑りながら頷いたごんのやり取りが、その結末を更に物悲しくする一石になってもいて、その余韻を残しながら物語は閉じる。
そこに残る余韻とは何かなど、それを読んでいた星の号泣を見れば最早問う必要もないだろう。

「……この寓話のように、獣や人外の存在が、何らかの理由で人間に物品などを贈ろうとする物語は多い。だが、それらを振り返ってみれば、概ねは悲劇に終わるものが殆どだね」
「……そう言えばそうですね。鶴の恩返しも、雪女の伝承もそうですし……」

『鶴の恩返し』――これは今更説明するまでもない。
恩を返そうと我が身を削る鶴との盟約を人間側が反故にした結果、鶴が人間の元を去らざるを得なくなった寓話だ。
『雪女の伝承』も、地域によって例外はあるようだが、それとほぼ同列のものと思って問題はない。
どちらの寓話も、人間が交わした盟約を何らかの理由で遵守しなかった結果、訪れた悲劇だ。
尤も、そのどちらも『目の前での死別、自らの手による殺害』という結果ではないので、登場人物を見舞った悲哀の度合いで言えば、ごんぎつねの方が些か深さがあると言えばあるだろうか。

「……いずれにせよ、そういった寓話は彼ら人間の持つ『人間性』そのものによって引き起こされるものだ。好奇心や健忘というものは、彼らとは切っても切り離せないものだからね。それを持っていたが故に、人間はいつの時代も進歩してきた。……その特性ゆえに起きた悲劇なら、それは皮肉以外の何者でもないだろうがね」
「……そう、ですね……」

霖之助の言葉に頷く星は、どこか弱々しい。
声の弱さもそうなのだが、彼女にしては珍しく表情に影が差している。
だがまあ――それも、彼女たち命蓮寺の面々がこの幻想郷に来た理由を考えれば、致し方ないといったところだろうか。
普段はのほほんとしている星だが、彼女ほど人間の良い面も悪い面も見てきた人物はいないだろう。
『悪い点』という意味での経験なら、誇れはしないが霖之助も見劣りはしないだろうが。

「……店主さんも、半分は人間なんですよね?」
「ん? ああ、そうだね」

ふと、恐る恐るこちらを覗き込むように、星がそう尋ねてきた。
それに何の事もなく頷いてはみたものの、霖之助が半人半妖であることなど、星ならとっくに知っているはずだった。
無論、こうして改めて再確認するまでもない。
そんな今更な質問への答えに対し、彼女はどういうわけか『そ、そうですよね……』と頷きながら、その肩身を狭くし始めた。

「……それが、どうかしたのかい?」
「い、いえ。その、店主さんならそんな事はしないって信じてますから! だから、気にしないでください」
「……?」

気にしないでくれ、と星は言うが、とてもではないが無視出来るような様子ではない。
しかし普段ならそれでも、霖之助は『星がそう言うのなら』と、余計な詮索は切り上げたことだろう。
ただ今回のこれは、星が何を勘違いしているかは知らないものの、見過ごせば面倒な事になるという予感がした。
そもそも、彼女は『何を』信じると言っているのだろうか。
その辺りの不透明さも、霖之助の疑惑を深める一因となっていた。

「……いや、その顔と所作で気にするなと言われてもね。何を勘違いしているかは知らないが、僕は単なる半人半妖であって、それ以上の存在ではないんだけどね」
「それは……重々、承知してはいるんですけど……」
「……まさかとは思うが、星君」

ごんぎつねを読破してからの、この妙な問答。
そして、『霖之助ならばそんな事はしない』という星の言葉。
更にそこに彼女の能力と、自分と星が知り合うことになった経緯を加味して考え、導き出される予測に、霖之助はやや呆れたような溜息を吐いた。
まさに『まさかとは思う』事だが、彼女の様子や言葉を考えると、きっとこれが正解なのだろう。
口に出すのも億劫になるような事だが、自分も彼女も覚り妖怪ではないため、仕方ない。

「――僕が兵十のように、時々この香霖堂に利益を運んでくれる君に、いつか銃を向けるとでも思ったのかい?」
「ぅ……そ、それはその、ちょっと想像はしましたけど……そんなに冷たい目をしなくても……」

呆れ果てた、と目で語る霖之助に、小さく星が抗議する。
寧ろ明確に口に出さなかっただけ、霖之助からすればまだ柔らかい対応だったのだが、この店を訪れる客の中では間違いなく上位に入る常識人である星には慣れていないものだったのだろう。

「まぁ、物語の登場人物に共感するのは構わないよ。寧ろ物語という架空のものを読むにあたっては不可欠な事だ。だが……たかだか半妖でしかない僕が、毘沙門天の弟子でもある君に敵うはずがない事くらい、言わずとも分かっているだろうに」
「それは……そうかもしれませんが……」
「『かもしれない』じゃなくて、そうなんだよ」

一体星は、自分の何を恐れているのだろうか。
これが仮に、互いに相手に対して何の情報もないうちに対峙しているなら、まだ話は分かる。
だが、霖之助と星は互いに能力や人柄を知り合っていると言っても過言ではない程度には、互いを知っている。
ならば、彼女は自分に対し、何も恐れる事はないはずなのだ。
――だが、それを口にしてもなお、星の表情は好転はしなかった。

「……確かに、店主さんの言う事は正しいと思います。私も妖怪ですから、多少のことではビクともしないとは思います。……けど……」
「ふむ。『けど』?」

どうやら星は、こちらの言っていることが正しいことは理解しているらしい。
そのうえで反論があると言う。
では、その反論とは一体何なのだろうか。
星にしては珍しい反応ではあるが、霖之助はその希少さゆえに、寧ろ逆に些か興味を覚えた。
その先を促し、少し待つ。
――星は、少し遠くを見るような目で、朧げに笑いながら、続けた。

「けど……ふとある日、いつも通りにここを訪れて……それで、突然店主さんに銃口を向けられたら……私はきっと、耐えられないと思いますから」
「……」

話しながら、その場面を想像でもしたのだろうか。
ふるり、とその身を震わせて、再びその金瞳に雫を溜まらせている姿は、先程まで号泣していたという事実を差し引いてもなお、弱々しく見えた。
そこに、本来は強力な存在であるはずの毘沙門天の部下という立場を見ることは出来ない。
現実ではない、想像上の不安を恐れるその姿は、まるでただの人間の少女であった。

――妖怪とは、肉体ではなく精神に依る存在である。
仮にダメージを受けた場合、肉体のそれと精神のそれのどちらが影響が大きいかと言えば、間違いなく後者である。
それは人間は肉体の病気にかかりやすく、妖怪は精神の病気にかかりやすいという事実からも窺い知れる。
それらを踏まえて、星の先程の言葉に包含された真意を考えたのなら。
語弊を恐れず、かつ多少の自惚れすらも許容されるのであれば、自ずと星が『何』を恐れているのかを推察することは、そう難しい事ではなかった。
少なくとも、この場にいる半妖店主にとっては、そう思えた。
――しかし。

「……ふぅ」
「……っ」

霖之助の、変わらぬ呆れの感情を感じる溜息に、星はその背筋をびくりと硬直させた。
だが、霖之助はそんな星の様子には構う事なく、更に言葉を継ぐ。
何故なら――如何なる考えや想像があったにせよ、此方が呆れていたというのは、他ならない事実だったからだ。

「……正直、少々意外だったよ。僕としては、君とは問題ない友誼を交わしていると認識していたんだが」
「え?」
「一体いつから君の中で、僕は客に危害を加えるような常識知らずに成り下がっていたんだい? 一応、冷やかしは帰ってもらう発言をしたことはあったと記憶しているが、力づくでそれを実行したことはなかったはずなんだがね」
「あ……いえ、その!」

呆れ混じりの霖之助の言葉に、星の顔が一瞬で焦りに染まる。
まさか、彼がこんな想像上でしかない架空の話を真剣に考え、深く思考して応えてくるとは思っていなかったのだ。

「その、あくまでそれはそう想像してただけで……私も、店主さんがそんな事をしてくるとは思ってませんけど、でも、そう考えたら……って……」
「……」
「……その……考えてみただけ、なんです。だから、成り下がるとか、そういう事は全然なくて……」
「……」
「……あ、の……」

言葉を吐くにつれ、星の視線が少しずつ下がる。
それは、彼の冷たい視線に耐えきれなかったためか。
或いは、それがただの感想であったとしても、または仮定であったとしても、結果として彼を貶めるようなものになってしまったことへの後悔のためか。
いずれにしても、そういった暗い感情から、星はすぐ目の前の霖之助を直視出来なかった。
――星にとってそれは、単なる例え話のつもりだった。
ちょうどこの場にいた自分と霖之助の立場が、よくよく考えればごんと兵十のそれに似ていることに気付いたのは、単なる偶然で。
その発見を土台に、自分たちをあの二人を当てはめて考えてみたら――想像以上に心に辛く、辛く響いたのだ。
それを本の感想と共に、霖之助に伝えたかっただけだったのに。
それ以外の意図は、微塵もなかったのに――。

「……ぅ……」
「……ふむ。まぁ、君ならそうだろうね。概ね予想通りといったところか」
「…………へ?」

つい今しがたの、呆れと冷たさが混じった言葉とは明らかに違う、いつもの彼らしい声が頭の上から落ちて来た。
それに半ば驚いて、弾けるように顔を上げれば。
少し珍しく、いつもよりも若干柔らかい顔つきをした彼と、目が合った。

「呆れたのは事実だが、かと言って他人の想像を詰る程、僕は狭量ではないさ。僕だってこの物語を読んで、君と僕との関係に似ていると思ったからね」
「……えっ、と……?」

くっくっ、と小さく笑う霖之助を見て、少しずつ星にも正常な判断が戻り始める。
そうして冷えて来た頭で、霖之助の表情を観察しつつ、今のこの現状を考えて。

「……――っっ!」

そうして、気付いた。
――今までのは全て、からかわれていたのだと。

「て、店主さんっ!! 驚かさないで下さいよ!」
「ああ、いや、すまなかったね。僕の方もまさか、君があんなに真に受けて考え込むとは思わなかったんだ」

がー!と虎のような勢いで詰め寄ってきた星を、霖之助はどうどうと宥めすかす。
だが星からしてみれば、さっき味わった驚きと恐怖は、この程度で沈静化するようなものでは当然、なかった。

「ほ、本当にびっくりしたんですよ! 凄く、こわ、怖かったです、し!」
「……あー、その、だね」

たんたん、と星はカウンターを叩きながら抗議する。
怖かったのは本当らしく、涙目で鼻を鳴らしながら、途切れ途切れに言葉を投げ付けてくる。
そのたび、置かれている湯呑みに入っているお茶の水面が揺れるのだが、まぁ抗議が本気っぽい割に中身が零れないだけ、まだマシだろうか。
しかし――絶対に有り得ない仮定をされた事に対して、少しばかり意趣返しをしようとしたが故の行動だったのだが、こうも本気で怖がられてしまってはこちらが完全に悪者である。
普段この店を訪れる来客に、星のように素直に反応してくれる相手は余りいない。
それ故に、逆に彼女のように真っ直ぐな反応をされても対応に困る、というのが本音だったりする。
これが妖夢だったらまだ幾分かやりやすいのだが、当然、妖夢と同じ対応をするわけにもいくまい。
となれば、素直に謝る他ないだろう、というのが、最終的に霖之助が選んだ選択肢であった。

「……驚かせた事は素直に謝るよ、星君。すまなかった」
「ぅ……あの、その、えっと……」

いつもの彼からは余り見ることのない真摯な謝罪の姿に、勢いの良かった星の抗議も止まらざるを得なかった。
普段、のらりくらりとしている姿しか見られない人物が、真面目に謝っているのだ。
これを茶化したりする事が出来るほど、幸か不幸か星は非常識ではなかった。
その間隙を衝くように、更に霖之助は言葉を続ける。

「しかし、これだけは弁明させて欲しいんだが――君が挙げた、あのごんと兵十の関係と僕らの関係は、似ているけれど絶対に違うと思うんだ」
「……?」
「と言うのも、僕には兵十のように、君に銃を向ける理由がない。『敵わないから』という理由が本元だが、この店を訪れる友人や客を害する理由が何一つないというのも大きい。僕は商人だから、損得勘定で考えて損しかない外れ籤を引く理由がないんだ」
「……それは、そうでしょうけど……」
「――だが、例外はある」

両手を口の前で組み、じ、と霖之助は星を見る。
口調のそれと同じく、珍しく真摯に見据える目線が、どこか不安そうな星のそれとカウンターを挟んで交錯した。

「……例外、ですか?」
「ああ。なに、難しい事じゃない。――君の方から、僕に何らかの危害を加えてきた場合だ」
「……っ」

ついさっき、自分が言った言葉と似たようなそれは、ずしり、と、内腑に重く圧し掛かってきた。
霖之助の真面目な口調と相まって、その重さはここ最近でも五指に入るほどの重みだった。

――そっか。これが、あの時の店主さんの気持ち、か……。

思わず口を衝いて出そうになった否定の言葉を飲み込んで、星はこの重さを実感する。
確かにこの気分は、『仮定』であっても『決め付け』にしか聞こえなくなる、不思議な感覚だった。
『そんなに自分が信用ならないのか』という気持ちが、ぐるぐると自分の中を駆け巡るのを、必死で押さえ込む。
――霖之助が、自分に意地の悪い意趣返しをしようと思った気分も、これなら理解できた。

「そうなった場合は、僕も何らかの自衛手段をとらざるを得ない。そうなる理由は、別に何でもいい。……今まで生きてきて、昨日の友が今日の敵だなんて事は、いくらでもあった事だからね」
「……」
「――だがまぁ」

呟いて、霖之助はゆっくりと席を立つ。
その姿を、星が不安そうな目で追いかけてきた。
それに薄く笑いかけて、言う。

「君の本音を聞く限りでは、僕が兵十になる心配をしなくて済みそうだったからね。その点は安心したよ」
「……ぁ、の、それは、えぇっと、何と言うか……」

そう指摘すると、星はようやく自分が口にしていた言葉の真意を理解し始めたのか、顔を真っ赤にして手をもじもじし始めた。
あれだけ正面きっての啖呵だったというのに、まさか気付かないとでも思っていたのだろうか。
今更と言えば今更な反応ではあるが、それを含めて彼女らしいと言えば彼女らしい。
それをゆっくりと視認してから、霖之助はカウンターに置かれていた湯呑みのうち、星に宛がっていた方の湯呑みを手に取って、踵を返す。

「何か淹れてこよう。お茶――いや、そう言えばこの前牛乳を貰ったから、久しぶりにココアでも淹れてみようか。それでいいかい?」
「ぇ? あ、はい……じゃぁ、その、それで……」
「よし。じゃあ、少し席を外すよ。淹れる準備をしてこよう」

そう言い残して、流しへと向かう。
――お茶と違い、どういうわけかココアには人の気持ちを落ち着ける作用があるように思う。
お茶にはない、牛乳とココアの率直な甘みがそうさせるのかは知らないが、アリスやレミリアといった西洋の文化を好む少女は勿論、魔理沙や阿求、慧音にも好評なところを見ると、強ち的外れでもないのかもしれない。
となれば今、恐らくカウンターの向こうで慌てている星には、それが必要なことだろう。
自分は――出来ればコーヒーが欲しいところだが、淹れるのが面倒だから、いつも通りのお茶でいいだろうか。
なかなか強烈な苦味で、自分の緩みかけている気持ちを引き締めたかったのだが――まぁいい。
お茶にも渋味はある。
それで代用できるだろう。
出来なくとも――少しくらいは、こういう穏やかな気分に浸るのも悪くはない。

「……たまには、いいか」

ひっそりと呟いて、流しにあった小さな手鍋と牛乳、ココアを手に、再び店の方へと足を向ける。
――互いに気持ちを落ち着けたら、またゆっくり、感想でも語り合うとしよう。
それこそが読書の醍醐味であるし、また楽しみでもある。
そしてその楽しみの中にこそ、霖之助と星の二人が、ごんと兵十を見舞った悲劇の二の舞にならない鍵があると霖之助は考える。

――それが、『語り合う』ことだ。

ごんと兵十は終ぞそれが出来なかったが故に、あの結末を手繰り寄せてしまった。
逆に言えば、それが出来る霖之助と星には、やはり彼女が危惧するような事態が起こるとは到底想像しえない。
だから、ゆっくりと互いに語り合って、確認し合えばいい。
――そう、色々と。

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コメントコメント


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新年は鈴仙のネチョなんじゃないかと、実は期待していた(´・ω・`)

| URL | 2012/01/04 (Wed) 06:15 [編集]


あけましておめでとうございます。今年も淡色さんの作品を楽しませていただきます。
ところで、作中の星ちゃんが可愛くて新年早々生きるのがつらいwww

朱月 | URL | 2012/01/04 (Wed) 06:31 [編集]


あぁ星ちゃん可愛いなぁもう。
勝手に妄想して勝手に突っ走って……流石はドジっ娘、天然系ヒロインに必要な要素が揃ってるぜ。

ごんぎつねは名作ですよね。自分も国語の授業中に泣きそうになった事が何度か……
弐が来たという事は参を期待してもいいんですかね?(チラッ

新年一発目からご馳走様でした!

唯 | URL | 2012/01/04 (Wed) 11:54 [編集]


前例を思ってこれもネチョSSではないかと期待していました。申し訳ありません。(^_^;)
今年も淡色様の文をたくさん見られたら本当に嬉しいです。遅れたが明けましておめでとうございます。

| URL | 2012/01/04 (Wed) 18:47 [編集]


ブログの方では初めまして、
コメント失礼します。私、霖紅と申すものですm(_ _)m

ご挨拶が遅れてしましましたが
明けましておめでとう御座います。淡色さん(^ω^)♪

新年始めから素晴らしい星霖をありがとうございます♪
今まで恥ずかしくてコメントできなかったんですがw;
年初め+淡色さんの星霖コンボで我慢できず…w

これからもこっそり草葉の陰から淡色さんのSSを
楽しみにさせて頂きますので
よろしくお願いします♪ 草】っ'ω')チラッチラッ

それでは、コメント失礼しましたー(^ω^)

霖紅 | URL | 2012/01/05 (Thu) 23:44 [編集]


妄想が激しいと大変だな
実はごんの話の元ネタが霖之助と藍で
半妖で昔に町外れに住んでいた霖之助が
藍が盗んだモノのせいにされていた
そして母親のために用意した最後のご飯も藍がとってしまい、母親はそのまま死去
それを見た藍が自分の罪を自覚して償いをはじめるが霖之助は怒っており、そのまま返し続けていた藍を撃ってしまう、藍だと気づき後悔し埋めてあげる霖之助
そのまま家には戻らず旅にでてしまう、しかし藍は霖之助に対する気持ちが強くそのまま妖怪として生まれてしまう、その後紫の式となってもその思いは消えず
油揚げをもってる霖之助を発見してから通うようになる
藍は償いは終わっていないと考え霖之助にさりげなく償いを続けていたが、そこには一匹の虎が座っている
段々と気持ちが狂い出す藍はとうとう強制排除しようと試みる
その方法とは霖之助に催眠をかけ霖之助自身に追い出さ
せれば精神に弱い妖怪などイチコロと考える
そしてそれは実行され、香霖堂にルンルン気分でドアをあけた星飲みた光景は、自分に向かって銃を突きつけた霖之助だった

ここまで妄想余裕でしたww

猟奇王 | URL | 2012/01/09 (Mon) 03:04 [編集]


相変わらず淡色さんの文章力は素晴らしいと思います。
羨ましいです。
今回の「ごんぎつね」これもかなり懐かしいですね。
小学時代、音読で読みました……が、当時は文字を読むことが嫌いでしたので、特に感想が無かったような気がしましたが、淡色さんの今回の作品で「ごんぎつね」を読んでみたら、色々と考えさせられる。
そして、惨めで可哀想な最期ですね……。
後は、淡色さんの星はかわいっす! 星の株が上がりましたwww
次回作も楽しみにしております。

OG-Thompson | URL | 2012/01/11 (Wed) 01:05 [編集]


 
 

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