淡色の空

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ながめの一日

こんばんわ、そしてお久しぶりです。淡色です。
大分どころか結構日にちが空いてしまいました。
こんなところまで訪れてくださる方には本当に申し訳なかったです…orz

さて、久しぶりの投下物は、これまた久しぶりに椛霖。
最近、ヤンデレを書いちゃったりもしましたが、
やっぱり書く分には可愛らしい嫉妬くらいの方がやりやすかったと言う…。

さてさて。それではいつものように、以下よりどうぞ~。

(霖之助、犬走椛)



――ぱたぱた。

まるで大掃除の時によく耳にする、はたきをかけるような音が聞こえる。
もしその音が聞こえている場所が、少し埃っぽい部屋の中だったのなら、特に違和感はなかっただろう。
だが、ここは妖怪の山の中、中腹よりやや裾野にある道である。
もしかしたら箒を使う者はいるかもしれないが、酔っ払った天狗でもない限り、ここではたきを使う者はまずいないだろう。
なら、一体何の音なのか。
――その答えは、その道のすぐ傍に立つ木の梢にいた。

「……ふぁ……む」

それほど大きくはない木だが、その中で最も丈夫そうな枝に座り込む一人の白狼天狗が、つい口を出そうになった欠伸を噛み殺した。
ついで、今度は暇そうに立派な毛並みをした白い尾を、ぱたぱたと左右に揺らす。
先ほどの音の正体はこれだった。

「……」

椛は枝に座ったまま、眼下に広がる山の裾を眺めていた。
だが、別に今は哨戒中であるとか、そういうわけではない。
ただ単に、人を待っているのだ。
相手は、魔法の森の入り口で変てこな道具屋を営んでいる、森近霖之助だ。
と言っても、別に逢引とかそういうものではない。
今朝方、霖之助が所用で山へとやって来て、しかも帰りは割と早いと言うので、帰りがけに将棋を一局指そうという、そんな誘いを受けただけだった。
実に単純で、他に曲解のしようがない目的だ――良い意味でも、悪い意味でも。

「……ん~」

ぐー、と一度背伸びをしてから、眼下に向けていた目を、今度は反対側の頂上へと向けた。
――確か、霖之助はまず最初に守矢神社にいる巫女に用があると言っていたか。
つい、と何気なくそちらへ視点を定め、少しばかり凝視すれば――いた。

「……あはは。香霖堂さん、何だか諏訪子様に絡まれてる」

そうして霖之助の姿を見つけて、思わず椛は苦笑した。
椛に見えたのは、何やら困惑の表情を浮かべている霖之助の他に、その困惑の原因になっているのであろう、にたにたと笑いながら霖之助の背中に引っ付いている諏訪子と、それを同じように苦笑しながら見ている神奈子と早苗たちの姿だった。
勿論、姿は見えても何を言っているのかまでは分からないが、その四人の表情と所作を見れば、大体何をして、何をされているのかは容易に想像がつく。
だから、椛は苦笑したのだ。『霖之助が諏訪子に遊ばれている』と、そう判断出来たから。
――そうして様子を眺めていると、不意に諏訪子は背中から霖之助の肩の上へと陣取る位置を変えた。
が、もうそんな諏訪子への対応は止めたのか、肩車の格好のままに霖之助は神奈子へと何かを話し始めた。
神奈子の方は、霖之助の肩の上にいる諏訪子が気になるのか、呆れ笑いのような表情でそれに受け答えしているのが見える。
ちなみに、神奈子の隣にいる早苗も、神奈子と似たような顔をしながら、何やら諏訪子と言葉を交わしているようだ。

「……香霖堂さんとあのお三方、意外と仲いいんだ」

そう口に出してみたが、まぁそうだろうな、と椛は思う。
あの二柱の神と一人の巫女は、外の世界からこの幻想郷へとやって来た。
そして霖之助は、その外の世界へと憧憬を持っている。
そんなせっかくの外からの来訪者を、霖之助が放っておくはずはない。
元々妖怪の山へはちょくちょく訪れているのだから、その時に交友を持ったのだろう。
何だかんだで好奇心の赴く所には出向く霖之助なので、別に不思議な事はなかった。

「……あ。用が済んだのかな」

と、そんな事を暫くぼんやりと考えていたら、どうやら霖之助の方は用が済んだらしい。
神奈子と何事か言葉を交わしながら、軽く手を挙げたのが見える。
――ただ、どうやら帰ろうとしているのに、早苗と諏訪子に捕まって、その足を進められないらしい。
諏訪子は相変わらず何か裏がありそうに笑っているし、早苗もよく分からないが緊張しているような面持ちだ。
そんな二人に、霖之助は珍しく少々困り顔で対応しつつ――彼は基本的に無愛想な対応が多いが、客と興味のあるものには対応が大分甘くなるのだ――神奈子に目で助力を頼んでいるようだ。
だがその当の神奈子も、苦笑はするものの何かをする様子は見られない。
と言うことは、神奈子は二人に言っても無駄だと思っているのだろうか。
第三者たる椛の目からすれば、何だかただ傍観していると言うよりは、諏訪子と早苗が頑張ってあわよくば漁夫の利、というように見えなくもないのだが。

「……む」

それを見て、何となく口を尖らせてみた。
が、別にその動作そのものに深い意味はない。
用が終わったのに引き止められたのでは、こちらの時間が減る一方だからとか、そういうわけではない。
そもそも引き留められたとしても、まだ日が沈むまでは十分過ぎるほど時間がある。
よっぽど時間を潰さない限りは、まだ大丈夫のはずだ。
だから、その動作にあくまで意味はないのだ。

「……ん? あ、何だか決着はついた……みたい」

それから暫くの間、三人と問答をしていたようだが、結果だけ見ればどうやら霖之助の勝訴に終わったらしい。
肩車のまま、頭の上に陣取っていた諏訪子を幼児のように抱えて下ろして、霖之助は今度こそ神社へと続く石段を降り始めていた。
椛が思っていたよりも長居したみたいだが、まぁまだ大丈夫だろう。

「えーと……次は確か、にとりの所って言ってたっけ」

外の世界からの来訪者の次は、妖怪の山きっての技術者集団の河童。
――何と言うか、まるで絵に描いたかのような、実に霖之助らしい足跡だった。
変わっていると言えば間違いなく変わっているが、そこも含めて実に彼らしかった。

「……ん? あれ、厄神様だ」

すたすたと石段を降りる霖之助を眺めていると、今度はくるくる軽やかに回りながら雛がやって来た。
何やら気さくに言葉を交わし始めたところを見る限り、どうやら霖之助は雛とも知り合いのようだ。
その交友関係は知らなかったが――それすらも何だか、順当と言うか妥当と言うか、知って驚きのある事ではなかった。

「……香霖堂さんのお店、厄は凄くありそうだからなぁ……」

元々、香霖堂は売るために集めているのか、集めるために集めているのか分からない店だ。
しかも無縁塚という、極めて危険で生死の境界が曖昧な場所で拾い集めてくるそれが、全く厄や曰くのないものばかりというはずがない。
彼の場合、色々と変わっているので、寧ろそういう厄や曰くそのものを付加価値として認識し、保存している可能性も高い。
と言うか、絶対していることだろう。

――厄や曰くというものは、普通に使われた道具にはまず宿らない。

何らかの特殊な使用方法をされたか、長く使用されてきたか、或いはそういう意図で作成された道具に、厄や曰くは宿りやすいのだと、霖之助が以前話していたのを覚えている。
尤も、椛自身は道具には然程詳しくないし、余り興味も覚えない内容だったので、かなりうろ覚えではあるものの、そんな趣旨の事を言っていたことは覚えている。
恐らく雛は、世間話のついでに霖之助のそういう部分について注意しているのだろう。
――が、雛のそういう心遣いも、肝心の本人には馬耳東風のようで。
霖之助が人の話を聞き流す時によく浮かべる、妙に明後日の方向に向いた目と興味のなさそうな表情が、それを如実に物語っているように椛には見えた。
しかし当たり前の話だが、これだけ離れた場所から見ている椛にも分かるそれが、すぐ隣にいる雛に分からないはずがない。
少しだけ憮然とした表情をしながら、霖之助の隣ではなく正面に回って、また何事かを話し始めた。
多分、いや確実に説教なのだろう。
雛にしては、少々珍しい。

「……香霖堂さんは、自分では感情が顔に出ないって思ってそうだけど」

実際のところ、余りそんな事はなかったりするのだが。
確かに明確に表情には出ないが、特に嘘を吐く際にはいつもの泰然自若とした雰囲気は消え、場合によっては言葉遣いも怪しくなるので、見る人が見れば一発でわかる。
某白黒魔法使いも『香霖に必要なのは嘘を吐く才能』と言っている辺り、さすが付き合いが長いだけあると頷けよう。
その割にその傾向は少しも改善しているように見えないので、霖之助は意外に根は真っ直ぐなのかもしれない。
――と、そんな事を考えているうちに、霖之助と雛のやり取りも一段落したらしい。
雛はまたいつものように機嫌が良さそうに微笑みながら、またどこかへふわふわと飛んで行った。
その姿を、霖之助は「やれやれ」とでも言いたそうに溜息を吐いて見送っている。
その二人の様子を見るに、どうやら今度は彼の方が折れたらしい。
まぁ、彼は彼なりに厄を集めてくれる雛を敬っているようなので、割と妥当な結末ではあった。

「……ふぅ……」

一つ息を吐いて、目を閉じる。
途端、今まで視界の大部分を埋めていた緑色が、一瞬にして全て黒に変わる。
見えるものは何もなく、瞼越しに日の光の明るさを感じるだけの世界だ。

――霖之助曰く、人間は外界刺激の受容体の大部分を視覚に頼っているらしい。
目で見る方が、耳で聞くよりもより多くの情報を得る事が出来る上に、その情報を処理するのも容易で、迅速に周りの状況に対処する事が出来るかららしい。
それは千里を見渡せる椛にも、実に頷ける意見ではあった。
聴覚を軽んじるつもりはないが、目で見る方が耳で聞くよりも素早く対処できる事は多いし、聴覚での判断を確認するために目で見るという行為も、その裏付けになろう。
しかしその重要性が故に、その視覚を押さえられれば、大抵の人間はあっという間に無力化する。
人間が闇を恐れる所以が、そこにある。
視覚とは、人間にとって文字通り生命線に他ならないのた。

だが、視覚を自ら遮る事によって、人間はより深く自己に埋没する事が出来るとも、霖之助は言っていた。
僧侶は瞑想をする際に、何故目を閉じるのか。
それは己が感知する外界刺激の大部分を寸断することにより、その刺激によって普段は薄まっている自己と向き合うためだと、いつものように本当かどうか分からない事を彼は饒舌に語っていた。
突き詰めれば、目を閉じればそこにあるのは自分の世界のみであるのだと。
だからこそ、自分と真正面から向き合えるという理屈は、椛にも理解出来る。
こうして目を閉じてみて、その暗闇にいる普段は薄まっている自分を振り返れば、何かにふと気付く事もある。
そう、例えば――『まるで監視するように誰かを見ている自分は、一体何をしているのだろうか』、とか。

「……まぁ、本当にその通りなんだけれど」

目を瞑って少し考えて、自分で気付いた事に椛は自分で突っ込みを入れた。
別にずっと見ているつもりなどなかったのだが、職業病なのか何なのか、普段は見慣れない霖之助の姿をふと目で追ってしまうのだ。
勿論、彼の方は椛が見ていることになど当然気付いてなどいないだろうが、相手が気付いていなければ見ていていいというものではない。
それが許されるのは、情報が生死を分ける程の規模で闘争が起きた時くらいだろう。
無論、今はそんな状況ではない。
至って平和な、いつも通りの妖怪の山だ。
そんな状況なら、『先程までの自分の行動が全く妥当である』と大きく言えないと思える程度には、椛にはまだ常識があった。

「……にとりの所は、すぐに用が済むって言ってたから……後は、のんびり待とう」

ぱたり、ふさふさの白い尻尾が揺れる。
確かに、今の椛は霖之助と将棋をするのが楽しみなために、その相手がいつ用を全て済ませるのかが気になるのは仕方がない。
が、だからと言って監視するように見ていたのでは、どうにも据わりが悪い。
霖之助の方は何も知らないのだから、それは尚更だった。
――他にする事がなくて手持ち無沙汰だが、どうせ時間を潰すのには慣れている。
楽しみを待つ時間というのは長く感じるが、頭の中で棋譜を並べていれば、それもあっという間だろう。

――予行練習にもちょうどいいし、そうしてようかな。

ぼんやりと、今日の将棋でとろうとしていた陣形を頭の中に並べる。
――霖之助のとる戦術は、彼の特徴でもある突飛な知識や理論とは違って、実に基本に忠実だ。
こう言うと、然程強くないような印象を受ける人もいるかもしれないが、その認識は大きく誤っている。
基本とは、数多くの打ち手によって練りこまれ、成功率の高い実績に支えられたものである。
それ故に、嵌れば強いが失敗の多い奇策を好む相手より、随分と戦いづらい事の方が多い。
長い間将棋を指してきた椛でも、ちゃんと頭を使わなければ対等な勝負にも持ち込めない相手が、霖之助だ。
彼とは将棋を指す機会もそうそうないので、どうせ指すならちゃんと指した方が、互いも楽しめるだろう。

「……」

綺麗に並べられ、出番を待っている空想の盤の駒を、椛は動かし始める。
一度動かし始めてしまえば、後は流れるように一手一手、先へと進んでいく。
余計な事を考えていては空想の相手にも負けてしまうので、椛は自然、集中して見えぬ駒を繰る。
――だから、それが目に入ったのは、本当に偶然だった。

「――」

ふっと、本当に見るつもりもなく目に入ってきた、青と黒の姿。
さっきまでいた雛がいなくなったはずなので、見えるのは石段を降りている霖之助ただ一人のはずだった。
――しかし、その近くに烏の羽根を持った存在が、さっきの雛と同じように彼の近くに浮いているのが見えた瞬間。
まだ始めたばかりだった盤面が、全部綺麗に吹き飛んでしまった。

「……はぁ……」

互いに旧知の間柄らしく、にこにこと笑いながら何事かを話す文と。
それを淡々としながらも、珍しく面倒そうではない様子で受け答えをしている霖之助の姿を見て、大きく、それは大きく、椛は溜息を吐いた。
肺腑にあった空気の殆どを吐き出すかと思うくらいに。

――また、余計なちょっかいを出してるんだろうな……。

くたり、と、ついさっきまで機嫌が良さそうに揺れていた尻尾と耳が、力なく寝そべった。
――文が実際のところ、どういう目的で霖之助の近くにやって来たのかは、詳しくは知る由もない。
しかし、山を訪れた霖之助を見つけた文が何をするのかと言えば、『取材』という名のちょっかいくらいしか椛には思いつかなかった。
と言うか、まず十中八九はそれで合っているはずだろう。
あの人の行動原理の表向きの大半は、そんな理由くらいしかない。
だがまぁ、そんな事はどうでもいい。別に興味もない。
問題なのは、文が単なる立ち話に留まるだけでなく、霖之助の行動にも興味をもってしまった場合だ。
あの天狗のことだ。きっと付いていくことだろう。
それ自体は別にいい――まぁ、正直止めて欲しいと思わないでもない――が、そこで変に霖之助の薀蓄欲を刺激されると、椛としては大いに困る。
彼は、一度饒舌になってしまえば、後は放っておいてもずっと話しっぱなしになってしまう。
この後に『誰か』との約束があったとしても、果たしてそれを思い出して留まってくれるのか。
その部分に、椛は物凄く自信がなかった。
自信がなかったが、かと言ってこちらから出向いてどうこうする、というわけにもいかない。
結局のところ、椛は遠く離れたこの場所で、様子を見ていることくらいしかすることがないわけなのだが――。

「……止めよ。見てても仕方ないし」

一つ呟いて、ふいと椛はそっぽを向く。
そして今度こそ、間違っても視界には入ってこないように、くるりと反対側を向いて腰掛けた。
が、それも当然と言えば当然か。
どちらかと言わずともあまり好きではない相手を見ていたいとは、誰も思わない。
それは椛とて同じだ。
それだったら、さっき豪快に吹き飛ばしてしまったが、頭の中で将棋をしていた方がよっぽど有意義に時間を過ごせる。
盤面はまた最初からだが、仕切り直しの意味でも寧ろちょうどいいかもしれない。

「……」

駒が一つも並んでいない盤面を思い浮かべつつ、椛はその思考の隅に、何だか掴みどころのない靄がかかっているのを感じていた。
まさか、霖之助が自分との先約を忘れるとは思わないが――妙に機嫌の良さそうな文の表情を思い出すと、物凄く不安だった。
あの表情は、文が何か取材のタネになる話題を見つけた時によく見るものだった。
それ故にこそ不安だが――考えても詮無いことと、割り切る他に手段は無かった。

「……ふぅ」

軽く頭を振って、椛は目を閉じて、自分だけが見える盤面と向き合った。
今回は、比較的早く勝負が着く本将棋で行うことにしよう。
駒はもう既に並べ終わっている。
先手後手はどうするか――今回は、自分が後手でいこう。
そこまで決めれば、後は先手が第一手を指すのを待つだけだ。

――そうして、仮想の対戦相手として呼び出した霖之助が、音もなく定石通りに2六に歩兵を突いて、対局は始まった。


 ◇ ◇ ◇


秋の日は釣瓶落としと言われる。
井戸の釣瓶は、手を離せばあっと言う間に落ちてしまう様を、沈むのが早い夕日になぞらえた言葉である。
特に秋は、日の長い夏と同じような感覚で行動してしまう事が多々あるために、尚の事日が短くなった事を痛感しやすいのだろうと霖之助は考えている。
現に、今日一日はそれなりに急いで行動していたつもりだった。
だが気が付けば、山の端に太陽が半分近く沈んでしまっている現状を省みるに、その喩えは非常に的確だったと皮肉にも実体験をもって痛感せざるを得なかった。
――そう痛感する原因となった人物は、未だに霖之助の方を向こうとしてはくれない。
つーん、と音が出そうなくらい、こちらに背を向けたままだった。

「……本当に済まなかったよ、椛君。こんなに遅くなったのは僕にも予想外だったんだ。だから、そう怒らないでくれないか?」
「怒る? 別に怒ってなんかいませんよ、私は」

嘘吐け。
危うく口から出そうになったそれを、寸前で霖之助は飲み込むことに成功した。
実に面倒くさいが、ここで椛の機嫌を悪化させる方が更に面倒な事に発展しかねない。
利があるなら、ある程度の事なら我慢してそれを取る。商人とはそういうものだ。

「そうか。それじゃあ仮に君が怒っていないとして、そろそろこちらを向いて話をしてくれないか。僕は君の尻尾と会話をしているつもりじゃないし、尻尾に謝罪をしていても仕方ないと思うんだが」
「ヤです」

つーん。
今度こそ、そんな音が聞こえた気がした。ついでに、尻尾がしっしっ、と払うように揺れた。
取り付く島もないとは、まさにこの事だ。
――椛は怒っていないと言い張っているが、これを見ればどう考えても嘘だ。
そもそも、霖之助には珍しく、その原因に対して心当たりがあった。
この山へ用事でやって来た時に椛と交わした、『用事が早く済むから将棋でも指そう』という約束がそれだ。
無論、霖之助は守るつもりだったのだが、色々あってそれが果たせなかったのだ。
その約束を交わした際、椛自身は平静を装っていたようだが、ぱたぱたと元気良く動いていた尻尾がその心境を如実に語っていた。
恐らくは楽しみにしていてくれたのだろう約束を反故にしたのでは、椛でなくとも機嫌が悪くなるのは必至だ。
だからこうして、霖之助はまず相手と正面から相対して謝罪しようとしているのだが、椛の機嫌が一向に上向きにならない。
だかが将棋の約束くらいで、と思わないでもないが、一体何がこうまで彼女を頑なにさせているのか分からない。

「……今日指せなかったのは確かに残念だが、僕と君はまだ長い先がある。今生の別れをするわけでもないのだから、また機会はあるじゃないか」
「ええ、それはそうですね。香霖堂さんも半分は私たちと同じですから、理屈で言えばそうなるでしょうね。それには私も異論はありません」

相変わらず霖之助の方を振り返ってはくれないが、その辺りはきちんと理解しているらしい。
となると、それ以外の事で立腹しているのだろうか。
と言っても、後は何があるのだろうか。
遅れるつもりで遅れたわけではない事は説明もして謝りもして、椛も了承してくれたのだから違うだろう。
そして次の機会についても、彼女はきちんと理解している。
他に何か、こちらに不手際でもあったと言うのだろうか。

「……色々な方との話も弾んでいたみたいですし。楽しかったなら、実に結構な事じゃないですか。香霖堂さん」
「いや、楽しかったと言うか……ん?」

椛の言葉に、霖之助はふと首を傾げた。
――椛は、何を以って『色々な相手と話が弾んで楽しかっただろう』と言っているのだろうか。
確かに、霖之助が今回訪れた先である守矢神社や河童の里という名前を聞き、そして霖之助の趣味や嗜好を知っているならば、時間がかかったのは楽しかったから、という予想をするのはそう難しくない。
外の世界についても、そして幻想郷一の技術集団である河童も、どちらも霖之助の興味を大いに引くものではある。
だが、だからと言ってそれだけで『色々な相手と話が弾んだ』と断じるのは、少々無理があるのではないのだろうか。
まず守矢神社だが、あそこには早苗と諏訪子と神奈子の三人しかいない。
河童の里には多くの河童がいるが、人見知りの気が強い河童とは、にとりくらいしかまだよく話す相手がいない。
つまり、どんなに多く計算しても四人が限度だ。どう考えても多い人数ではない。
それなのに色々な相手とは、これ如何に、である。

まぁ、確かに今日は思ったよりも話が延びたり、不意に出会った相手に声をかけられたりといった事は多かった。
早苗と諏訪子には、せっかくだから少し休んでいったらどうかと言われたし、たまたま見かけたから声をかけたという雛には、いつものように話を半分くらい聞き流していたら、珍しく足を止めて説教もされた。
それが終わったと思ったら、今度は文に見つかり、『ネタになりそうだから』とかいう理由で河童の里までついて来られもした。
更に、にとりを訪ねていたはたてと鉢合わせをしてしまったのが、今思えば運の尽きだった。
結果、にとりとの用事自体はそれほど時間がかからなかったのだが、文とはたての妙な対抗意識を感じる取材云々で大きく時間がとられてしまい、現在に至る。
ああ、そう言えばようやく解放されたかと思ったら、ここに向かう途中でやたら機嫌のいい静葉と穣子にも絡まれたんだったか。
秋になったせいか、平時に会うよりもかなり活発でハイテンションだった二人をいなすのも中々大変だった。

――しかし、こうして状況をまとめてみると、椛の言うとおり、確かに色々な相手と話をしていたことに今更ながら気付いた。
尤も、それが楽しかったかどうかと言われれば疑問符が付くものばかりだが、いずれにせよ、そういった諸々の事情は、その場にいなかった椛には到底知りえないことのはずである。
もしかしたら、ただの勘と憶測だけで言っているだけなのかもしれないが――その割には、妙に自信があるような言い切り方も気になるところだ。
――まさか、とは思うが。

「……もしかして、今日はずっと、そこから見てたのかい?」
「……」

霖之助の言葉に、椛は沈黙で答える。
沈黙は肯定も否定もない。
だが、質問に対する黙秘というものは大抵肯定の裏返しだ。
現に、今までゆっくりと左右に揺れていた白い尾が、ぴたりとその動きを止めた。
図星だったのかどうかまでは判断出来ないが、この現状から考えてまずそう思って間違いないだろう。
正直、監視されていたようで気分は良くないが、椛がそれなりに事情を把握しているのなら、弁明はより容易くなる。
この降って湧いた機会を逃す手はないだろう。

「……ふむ。なら、むしろちょうどいい。見ていたなら分かると思うが、約束に遅れたのは大部分が文とはたてのせいでね。にとりへの用は予定通り早めに済んだんだが、取材云々で絡まれて中々解放してくれなかったんだ。その他にも、早苗君たちに用が済んだのに休息を勧められたり、雛には珍しく説教されたり、妙に上機嫌な秋姉妹に変に絡まれたりもしてね。向こうは悪気はなかったんだろうが……まぁ、楽しかったかと言われれば、正直なところ疑問を感じざるを得ないところだがね。おかげで、こうして君との先約に遅れるというとばっちりを喰らう羽目になっている」
「……」

そう弁明する霖之助の言葉に、椛は殆ど無反応だった。
ややもすれば無視しているようにも見えるそぶりだが――微妙に、しかし確実にぴくぴくと動いている耳が、そうではないと言外に否定していた。

「まぁ、色々あったがそういうことさ。不可抗力とは言え、先約を違えた事そのものは本当に済まなかったと思っているし、その埋め合わせを望むなら、便宜を図るつもりでもいるんだ。……それでもまだ、納得出来ないかい?」
「……」

しばし、無言。
これ以上の弁解はないと言い切った霖之助からも、それを聞いていたはずの椛からも、言葉がない時間が少し続いた。
――ふと空を見れば、もう太陽は山の向こうに顔を隠し終わり、代わりに白銀の光が、淡く夜の帳を照らし始めていた。
それに気付いて、霖之助は僅かな焦りを覚えた。
今日は日が沈まないうちに帰れる算段でいたので、明かりの類を何一つ持っていない。
妖怪に襲われる心配は殆どしていないが、流石に真っ暗闇の中、山を下りるのは慣れた道とは言えさすがに厳しい。
独力で下りるなら、もうここを後にしなければならない時間だ。
椛に道案内を頼めるなら、もっと暗くなっても問題はないのだが、椛の機嫌が未だ不透明な今、それをあてにするのは危険である。
椛がまだ納得いかないと言うのであっても、とりあえず一旦ここで切り上げて、後日にまた改めるのが無難だろう。
正直、また山に来るのは面倒極まりないが、先約を違えた詫びも碌にしないと言うのは商家の沽券にも関わる。
約束していた将棋も、その時に指せばちょうどいいだろう。
ならば――。

「――なら」
「ん?」

ようやく聞こえて来た椛の声に視線を戻すと、枝に足をかけてぶら下がり、上下逆さまになった椛と目が合った。
つい先ほどまでの言葉の不機嫌さとは違い、その表情そのものには不機嫌さは見当たらない。
だが、視線そのものは至って真面目で――そして、どことなく覚悟を決めたような、そんな真摯さがあった。

「なら……これから、その埋め合わせに付き合ってくれますか?」
「……これから、かい?」
「ええ。ちょうど日没になりましたし。見たところ、香霖堂さんは明かりを持っていないみたいですし、慣れていると言っても道も見えない中帰るのは、少し危ないと思いますよ」
「……ふむ」
「どうせ私は明日、非番ですし。わざわざ大変な思いをして帰るのであれば、その埋め合わせを今、してくれませんか?」

椛の背後で、まだ僅かながら赤い光を保っていた太陽が、完全に沈んだ。
これからは、明かりがなければ月光と星の光だけを頼りとしなければならない時間帯だ。
完全な闇に覆われるであろう山中は、椛の言ったように少々危険な道のりになる事は避けられない。
もし今話しているのが男の天狗であったなら、その誘いに乗るのも悪くはないと思えたのだが、如何せん今の相手は椛だ。
別に何かをするつもりなど毛頭無いが、外聞というものを気にするのであれば、間違いなく即答で頷ける内容ではない。
埋め合わせで将棋を指すのであれば、恐らくは彼女の家で指すことになるのであろうが、そんな場面を他の烏天狗に押さえられでもしたら目も当てられない。
そんな事は椛自身もよく知っているはずなのだが、随分と本気な目をしているところを見ると、それすらも織り込んでこれを提案しているのかもしれない。
――念のために、確認しておこう。

「……まぁ、確かに今から急いで下りるにしても、大分面倒になるのは確かだ。それに、僕は謝罪する立場にいる以上、君がそう言うのならそれに応えるのは吝かではないが……君はそれでいいのかい? 仮にそんなつもりがなくとも、他の天狗に勘付かれれば面倒な事になると思うんだが」
「大丈夫ですよ。他の誰かに見つかりづらい裏道なんて、いくらでも知ってますから。それに――仮に見つかっても、別に私は困りませんから」
「……その『仮に』がもし起こったら、正直僕が困る事になりそうなんだがね」

実情は全く違っていたとしても、男女が二人で一つ屋根の下にいるという事実は、間違いなくゴシップのネタとしては最高のものだろう。
どうせすぐに収まるとは思うが、それでも暫く面倒そうな対応をしなければならないのが目に浮かぶ。
――そんな最悪の未来を想定したせいで、ついつい飛び出してしまった溜息を耳にして、相変わらず逆さまだった椛の目が、少しだけ悲しげに細められた。

「……やっぱり、文様の急な取材は良くて、私の急な頼みはダメなんですか……?」
「……文のあれは、別に許可した覚えはないんだがね」

目の前の白狼天狗は、存外卑怯だった。
霖之助はそんな心積もりはなかったのだが、そう言われてしまうと、非のある側としては何も言えなくなってしまう。
打つ手を少しずつ狭められていくようなこの気分は、喩えるならまるで投了寸前の玉にでもなったかのようだった。
何とか最後の悪あがきを考えようと、必死に思考を回してはみたが――どうやら詰みのようだった。

「……分かった。元々するつもりだった埋め合わせだ。君がそう言うなら、僕はそれに付き合わせてもらうとしようか」
「――はい」

参った、とでも言うように苦笑を浮かべた霖之助を見て、椛はようやくうっすらと笑みを浮かべた。
枝にぶら下がった状態からしなやかな動きで着地すると、今度ははっきりと笑いながら、自分よりも頭一つ分高いところにある霖之助を見上げて、言った。

「じゃあ、よろしくお願いしますね、香霖堂さん。今日は待っている間、ずっと負けっぱなしでしたから、今度こそ勝たせてもらいますよ」
「……待っている間、誰かと将棋でも指していたのかい?」
「ええ。と言っても、頭の中で香霖堂さんを相手に、ですけど」
「ほう。どうやら君の中の僕は、今日は調子が良かったらしいね。なら、僕も偶像の自分に負けないようにしなければならないな」

椛の一言で、少しばかり霖之助のやる気に上向き補正がかかる。
彼女の中にいる自分より、今こうしている自分の方が弱いなどと言う事はあってはならない。
偶像の自分は、あくまで過去の存在を元に作られたものであり、それが故に決して進歩しないが、今こうして思考している自分は確実に進歩しているはずだ。
むしろ、過去の自分が勝てた椛ならば、今日の自分が勝てない方がおかしいというくらいの心積もりで行くべきだろう。
それに、わざわざ待っている間に自分と仮想対局していた椛にも、落胆させるような結果を見せてはいけない。
それくらい楽しみにしていてくれたのなら、それに応えてやるのもまた、吝かではないのだから。

「……まぁ、昼は私が色々と集中出来なかったせいもあるんですけれど」
「うん? 何か言ったかい?」
「いえ、何も。……じゃあ、行きましょうか。裏道を通りますから、はぐれないよう気をつけて下さい」
「ああ。よろしく頼むよ、椛君」

二人、互いに頷いて、その場を後にする。
――そうして、完全に生物の気配がなくなって静まり返った後に残ったのは、薄ぼんやりと月光に浮かぶ、自分に座っていた主の一部始終を見ていた木が一本だけだった。


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コメントコメント


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椛かわゆい…

次回は文ちゃんのゴシップ騒動編ですねわかります。

あと、椛かわゆい…

雛との2828な絡みもみないなー(チラッ

最後に、椛かわゆい…


| URL | 2011/11/10 (Thu) 06:33 [編集]


椛可愛いよ椛。
どうも、唯です。

やっぱり店主はいろんな所で旗を立ててるんですねw
でも最終的に椛の所へ来ているという他キャラへ対しての間接的な旗折り……流石です。

色んな事があって将棋に集中できない椛可愛いよ椛。
香霖堂でもきっと色々と考えて集中できないんだろうなぁ。

次回は雛霖ですね、分かりま(ry

唯 | URL | 2011/11/10 (Thu) 14:47 [編集]


初の書き込みになります。

いつも作品の数々を、楽しみながら読ませて貰っております。

霖之助と他の少女が親しげにしている場面を見て、軽いヤキモチを焼いてしまう椛が何とも可愛らしかったです。

>「……やっぱり、文様の急な取材は良くて、私の急な頼みはダメなんですか……?」

悲しげな瞳でこんなことを言われたらもう・・・!
ボーイッシュに描かれることの多い椛ですが、こういった少女チックな椛が自分は大好物です!
この後二人でいるところを他の天狗に見つかって、翌日の一面記事を飾るわけですね分かりまs(

長文失礼致しました。

葉巻 | URL | 2011/11/10 (Thu) 20:04 [編集]


もみじいらいら
ですな
そこで椛の攻撃
りんのすけは つれだされた
もみじは   テンションが5あがった

次の椛はなにをしますか?

dact | URL | 2011/11/11 (Fri) 17:11 [編集]


尻尾と椛の機嫌が目に浮かぶようなお話ですね。
拗ねるところがもう、可愛いらしくて、もうっ!

そして、内容はどうあれ既成事実を作ろうとする椛……恐ろしい子!

らぷこ | URL | 2011/11/11 (Fri) 23:14 [編集]


霖之助一発殴ってくるわww
なんかだんだん朴念仁というよりはコミュの足らない子になりかけてるような
まぁ一日であれだけ濃い連中相手にしてたら疲れるわな

そして将棋中にうとうとしてしましそのままねてしまう
一手を考えていた椛はふと見上げたら座ったまま寝てしまってる霖之助を発見
ちょっとムとしたが珍しい寝顔をみれてほっこり
そのまま布団に寝かせて出ようとしたら、暖かさを求めた霖之助に尻尾捕まえられて硬直
真っ赤な顔のままちょっと考えてそのまま一緒に・・・
これきた かつる

猟奇王 | URL | 2011/11/15 (Tue) 22:19 [編集]


 
 

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