淡色の空

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騒ぎのタネは白玉楼より

最近、気付いたら一日が終わっていることが多い淡色です。
のんびりやるのも程ほどにしないといけないですね、ハイ。
そしてのんびりやるとまた長くなる私の拙文。最早恒例です。

今回は本編登場の子供組+幽々子さんの組み合わせ。
霖之助さんは時折優しさを見せるけど、微妙に空回るイメージがありますね。
霖之助さんらしいっちゃらしいかもしれませんがw

(霖之助、幽々子、妖夢(+霊夢、魔理沙))


がすっ。

そんな鈍い音が、本を読むために俯いていた霖之助の耳に届いた。
その音につられて、ふいと霖之助が顔を上げようとした直後。

「きゃあっ!」

どちらかと言えば聞き慣れた部類に入る少女の慌てた声が、遅れて聞こえて来た。
惰性で目を上げると――まるで咲夜が時間を途切れ途切れに動かしているかのように、スローモーションで床へと倒れていく妖夢と目が合った。
その妖夢がカウンターの向こうへと消えた直後、ごつんという更に鈍い音が、霖之助の耳朶を叩いた。

「うぅ……いたたた……」
「……何をしてるんだ、君は」

倒れ伏して声を上げる妖夢に、溜息を吐きながら霖之助は声をかけた。
今日は珍しく真っ当な客として妖夢がやって来たため、こちらはいつもよりはまともに応対していたつもりだったのだが、彼女の方は相変わらずそそっかしいらしい。
――などと思っていると、妖夢はすぐ傍らにあった箱を、涙目になりながらばしばし叩き始めた。

「この箱に足を引っかけたんですよ! 私だって好きで転んだんじゃありません!」
「あぁ、そうか。いや、原因を聞けてよかったよ。何もないところで意味もなく転ぶのが好きな子だったらどうしようかと――」
「そんなわけないじゃないですか! ……もう、少しは片付けてくださいよぅ」

ぶちぶちと呟く妖夢だが、別に通路の真ん中に置かれていたわけでもない箱に足を引っかけたのだから、完全に妖夢の不注意だろう。
いくら霖之助とて、一応邪魔にならないような場所に置いた荷物に足をひっかけたなどという事にまで責任を持てないし、持つつもりもない。

「――」
「……うん? どうかしたかい?」

一瞬。
ほんの一瞬だけ、ふと眺めていた妖夢の浮かべた表情に、霖之助は僅かな違和感を覚えた。
どんな、と言われても、具体的な例を挙げるのが難しい。
それでもあえて言葉にするのなら――と思ったが、咄嗟だったせいか上手い喩えが浮かばない。
それくらい、ほんの僅かな違和感だった。
事実、霖之助のその言葉に顔を上げた妖夢の表情を目にした時には、その違和感は既に消え失せていたくらいだったのだから。

「あ、いえ。別に何もないですが……」
「……そうか」

しげしげと観察するわけではないが、今目を合わせている妖夢の表情には何もおかしなところはない。
――勘違いか何かだったかのだろうか。
妖夢自身にもう違和感はないし、本人が何もないと言っているあたりを考慮すれば、そういうことなのだろう。

「それならいい。気にしないでくれ。……それより、幽々子嬢からのお遣いは大丈夫かい?」
「勿論大丈夫です。そんな簡単に忘れたりはしませんから。……えっと、これとこれと、あとこれの会計をお願いします」

ことり、と妖夢が手にしていた品物数点がカウンターに置かれる。
転んだ時にも持っていたらしいが、ばらまかなかったあたりはさすがと言ってやった方がいいだろうか。
――いや、失敗した事で誉めても仕方がない。
妙なことで自信を持たれても困るので、やめておいた方が無難か。

「ああ。どれ、少し待つといい。すぐに済ませるよ」

カウンターに置かれた品を検めながら、妖夢にそう声をかける。

――今回、妖夢が棚から選んだのは、書き物用の和紙の束と磨る必要のない墨と、そして小筆が二本である。
他人の買い物からの推察はあまり上品ではないが、どうやら今回は幽々子の趣味に使うものを頼まれたらしい。
まぁ、妖夢自身が使うものをこの店に買いに来たことはないので、幽々子から頼まれたものであろうことは予想はしていた。
ので、別に思うところはない。やはりそんなところか、という程度だ。
――それよりも、こうして買った品物を、妖夢が途中で落とさないかどうかの心配の方が遥かに大きい。
彼女にはとんでもない前科があるため、それを知る霖之助からすれば、心配するなという方が無理な話だ。
せっかくまともな客として来ているのだから、持って帰りやすいように包むのも顧客サービスというものだろう。

「……よし。ほら、包んだよ。念のために言っておくが、帰りにどこかに落としていかないようにするんだよ」
「私だってそう頻繁に落とし物なんかしませんよ!」
「欠点を指摘されれば誰だってそう言うだろうね。しかし、君には残念ながら前科がある。寧ろ注意されたことを素直に受け入れるのが正しいものだと僕は思うよ」
「むぅ~……」

霖之助が提示した代金と引き換えに、妖夢は不満そうに口を尖らせながら品を受け取った。
不満そうに思うのは向こうの勝手だが、そう思うくらいなら自己をしっかりと研鑽していくべきだと霖之助は思う。
お遣いの品物程度のものならともかく、人魂灯のような貴重な品を落とした挙句に忘れていたなどという前科があっては、信用を取り戻すにはまだまだ時間が必要ということだ。

「まぁ、気をつけて帰るといい。君の主人にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい、分かりました。それじゃ、店主さん」

ぺこりと半霊と共に一礼してから、からん、と軽快な音を立てて、妖夢は香霖堂のドアを潜る。
――抜けていたり未熟なところはあるが、最後に一礼を忘れないあたりは、さすがに腐っても従者というところだろうか。
まぁ妖夢の場合、腐るどころかまだ熟してもいないのだから、その言葉を使うのは間違ってはいるのだが。

「……まぁ、彼女も成長すれば、今よりはマシになるだろう」

そう口にしてから、気付いたように霖之助は苦笑した。
――別に自分は妖夢の保護者でも何でもないのに、口にした言葉はまるで保護者のそれだったからだ。
どうやら、この店によくやって来る少女二人の世話が板につきすぎてきたらしい。
まだ子供どころか結婚すらしていないのに、である。
苦笑も浮かぶというものだ。

「……全く」

浮かんだ苦笑いを噛み潰しつつ、霖之助は読みかけだった新聞を開く。
ばさり、という音と共に、随分と見慣れてきた灰色の紙とその上の活字が、香霖堂店内の代わりに目の前に広がった。
――こうしていると落ち着くのは、この新聞紙独特の色合いとインクの匂いがそうさせるのだろうか。
本を読む時にも感じるそれは、不愉快どころか寧ろ心地よささえ覚える。
新聞だけに限らず、何か書物を読む時のこの紙とインクの匂いと、活字が自分の中に染みこんでくる感覚は霖之助の好むところだ。
それ故に集中もするし、心もまるで波紋すら立たない水面のように落ち着いてくる。

――そうして静かな空間の中、いつも以上に気持ちが和いだせいだろうか。
ふと頭を過ぎったのは、つい先ほど妖夢に感じたあの小さな違和感だった。
その後に何も感じなかったため、気のせいだと思っていたのだが――その割には、妙に頭に残っている。
これでも人を観察する眼にはそこそこ自信があるため、頭に残るということは、それなりに何か感じるところがあったということだろうか。
だが今となっては、それを確かめる術はない。
とりあえず声をかけてはみたが、妖夢も『何もない』と返された。
実際、その後の所作に不自然な点は見られなかったし、転んだ拍子に何かを壊していたとしても、何かを隠すようなそぶりも見当たらなかった。
あの状況で、妖夢が霖之助に対して何かを隠す理由は何もなかったのだ。

――ならば、それでいいのではないだろうか。

そうは思うものの、どうも腑に落ちない感覚しか残らない。
何と言うか、気になると言うのよりは少し違う、どちらかと言えば嫌な予感に近いものだ。
だからこそ、無視も出来ずに持て余しているのかもしれないのだが、解決は難しい。
さて、どうしたものか――。

「おーっす。香霖いるかー?」
「霖之助さん、いる?」

そう考えようとしていた矢先、からんからん、と鳴るカウベルと共に、あれだけ静謐さを保っていた店内にこれまた聞き慣れた声が飛び込んできた。
新聞紙の向こうから聞こえてきたその声に、霖之助は広げたばかりの新聞紙を半分たたみ、店の出入り口を見やった。
店の入り口には、随分と見慣れた影が二人分、並んで立っていた。
それが誰であるかは、もはや目を凝らさずとも霖之助には分かっていた。
――どうやら、頭に残った違和感を考える暇がなくなりそうだ。

「……ああ、いるよ。ここの店主だから、いないはずもないだろうに」
「まぁな。香霖は伊達に『動かない古道具屋』なんて言われてないからな」
「その割にはたまにいないんだもの。動かないなら動かないで、いつも居てくれたら楽なんだけど」

霊夢と魔理沙の姿を視認してから、霖之助もいつも通りに返事と、少しばかりの皮肉を返す。
しかしそんな皮肉を笑い飛ばしながら、霊夢と魔理沙はとことこと霖之助の元へと歩み寄ってくる。

――全く。噂をすれば影、か。

やれやれ、と溜息を吐きながら、他に考え事をしていたせいか殆ど頭に入って来なかった新聞を全部たたみ、カウンターへと置く。
霊夢に、魔理沙に、妖夢。
この三人とは、何かの因縁でもあるのだろうか。別に世話好きでも何でもないはずなのだが。
そう考える霖之助の顔には、再び苦笑いの表情が浮かんでいた。


 ◇ ◇ ◇


――からん。

いつも通り来客もなく、好き勝手に店内で寛ぐ霊夢や魔理沙と共に午後を過ごしていると、不意にカウベルが鳴った。
客でもなくそれを揺らす二人は今、店内にいる。
となると、それは本当の来客である可能性が高いだろう。
そんな僅かな期待を秘めて上げた視線の先には、その期待に応えられるだけの人物がいた。

「おや、幽々子嬢じゃないか。君が直々に来るのは珍しいな」
「ええ、そうねー。こんにちは、霖之助さん」

文字にするなら、まさに『ふわふわとした』口調だろうか。
来客の中では非常に珍しい部類に入る幽々子が、にこにことした笑みを浮かべていた。

「あら、今日はいつもの二人もいるのねー」
「おー、珍しいな。幽々子が直々にこんな寂れた店に来るなんて」
「珍しいどころの話じゃないんじゃない? 普通だったら妖夢を寄越すでしょうし」

店内にいた霊夢と魔理沙に気付き、幽々子は霖之助にしたように簡単に声をかける。
それに魔理沙は物珍しそうに、霊夢はどうでも良さそうにお茶を啜りながら返事を返した。

「今日はどうかしたのかい? 午前中に妖夢が来ていったばかりだと思ったんだが」
「ええ、そうね。そうなんだけど……その妖夢の事で、ちょっとお話があるのよ」
「? 話、かい?」
「ええ」

音もなくこちらに歩み寄ってくる様は、さすがは亡霊とでも言うべきだろうか。
尤も、幽々子は絵に描いたような在り来たりの幽霊ではないのだが、まぁそれは然程重要ではないので置いておく。
それよりも妖夢の事で話があるというのは、一体何だろうか。
――ほんの一瞬、頭の隅に置かれたままだったあの違和感が、再び頭を過ぎった。
もしかしたら、あの違和感は本当に何かあったために感じたもので、幽々子はそれについて霖之助に話をしに来たのだろうか。
そうだとするなら、白玉楼の主がわざわざ足を運ぶようなことだ。
やはり、あの場で看過すべきではない何かがあったということだろうか。

しかし、とは言っても妖夢が店にいる間、特に変わったようなことは何一つしていない。
精々、あの箱に躓いて見事に転んだことくらいで、それ以外は霖之助は本を読んでいたし、妖夢もお遣いの品を大人しく探していただけである。
他に変わった出来事もなかったのに、わざわざ彼女が香霖堂まで足を運ぶだろうか。
答えは否、である。
だから、きっとそうではない事を話しに来たのだろう。
では、それは一体何なのか。
――言葉を待ちながら先の展開を予測する霖之助に、幽々子は笑顔で細めていた目を、少しだけ感情のないものへと変化させた。
ぱちん、と音を立てて扇が閉じられ。
そして、幽々子はゆっくりと口を開いた。

「――妖夢を傷物にした責任、取って下さる?」
「……は?」
「……え?」

ぽつり、と霖之助へ向けて告げられた言葉に、しかし声を上げたのは魔理沙と霊夢だった。
ぽかん、と口と目を開いたまま固まってしまっている。二人が浮かべるには割と珍しい表情だ。
――などと、霖之助がどこかぼんやりとしながらも冷静に思えるのは、きっとまだ幽々子の言っていることを十全に理解出来ていないからだろう。
まぁそれも当然だ。
いきなりこんな事を言われて理解出来るような心当たりは、こちらには何一つないのだから。

「……すまないが、君が何を言ってるのか、さっぱり理解出来ないんだが」
「あら、恍けるつもりかしら? 私は妖夢から直接聞いたのだけれど」
「妖夢から?」

そう幽々子は言うが、妖夢から聞いたのなら尚のこと分からない。
心当たりがないのは妖夢とて同様のはずだが、ではこの状況は一体どういうことなのだろうか。
……しいて心当たりを挙げるとするなら、午前中に店に来た時に派手に転んだことくらいだが、額を床に打ちつけて切ってしまったという様子はなかったし、声もかけて大丈夫だと、妖夢本人にも返された。
言葉通りの意味もそうでない深い意味も含めて本当に心当たりも何もないので、幽々子の言っている意味が分からない。

「……いや、やっぱり心当たりがないな。何のことかさっぱりだ。……だから、その忍び寄るような殺気を出すのはやめてくれないか。さっきから首筋が寒くて仕方ないんだが」
「あらあら。ごめんなさいね、つい」

にこにこと微笑みながら、あっけらかんと幽々子は言い放つ。
しかし、確かに殺気は大分収まったものの、依然としてこちらを威圧してくるような何かは飛ばしたままだ。
やはりあの程度の問答では、霖之助の言うことを全然信じてはくれないらしい。
そのくらい幽々子にとって妖夢が大事な従者なのは、まぁ理解出来る。
理解は出来るが、当の霖之助からすれば明らかな冤罪や勘違いで害を被るのはまっぴら御免だ。
実際に幽々子が何らかの加害行動をとることは――霊夢や魔理沙が店内にいることもあって――ないだろうが、万が一に何かあった後では困る。
何か対策をとる必要はあるだろう。
――そう考え始めた、その時。

「……おい、香霖。一体どういう事なのか説明してくれ」
「……そうね。割とどうでもいいけど、話は聞いてみたいわ」

今まで沈黙したままだった二人のうち、まず魔理沙が、ゆっくりとした口調で割って入ってきた。
その後に、霊夢も魔理沙の意見に同調して頷いた。
――口調や言葉こそいつも通りの二人だが、その時に発せられた言葉は、何故か妙に無感情で平坦な声だった。

「いや……説明しろと言われても、僕にもよく分からないんだ。分からないものを説明は出来ないだろう?」
「そんな訳あるか。何もないのに、幽々子がわざわざ冥界からこんなところまで来るわけないだろ」
「魔理沙に同感ね。正直に言ってよ。別に取って食べられるわけじゃないんだから」

どうだか。
それが、霖之助の自然に浮かんだ感想だった。
口にしたその言葉の割に、霊夢の目は全く笑っていない。魔理沙も同様だ。
確かに実際取って食うわけではないだろうが、何か仕出かしそうな雰囲気はしっかりと滲み出させているではないか。
それなのによくもそんな事を言えたものである。
――とは思うものの、現実は嘘偽りのない霖之助の言葉を聞いても、魔理沙と霊夢は明らかにそれを信用していない。
霖之助の敵か味方かで分類すれば、恐らくは敵側だろう。
幽々子の味方というわけではなさそうだが、こちらの味方でなく、日和見もしないのなら、敵以外の何者でもない。

「……」

まさに前門の虎、後門の狼である。
この死地を突破するには、この話題の中心にいるであろう妖夢本人を呼ぶか、或いは霖之助が本当に白であることをどうにかして説明してもらうかしかない。
しかし、前者の妖夢はこの場にいないし、後者は信じてもらうまでかなり困難を要するのが目に見えている。
つまり、どちらも面倒くさい。
面倒くさいが、現状の店内を包む雰囲気が、現状のままの放置を明らかに許してはくれなそうだ。
前からは、あくまでにこにことした微笑を絶やさない幽々子が。
すぐ横からは、明らかに不機嫌そうに目を細めた魔理沙と、興味がなさそうな素振りはするが霖之助から目線を外さない霊夢が、じっとこちらの様子を窺うようにしている。
無視を決め込んだ突破は、これを見る限りあまり得策ではない。

――はぁ。

胸中で一つ、溜息を吐く。
妖夢の召喚が望み薄であるならば、必然的に残ったもう一つの選択肢を選ばなければならない。
面倒だが、余計な被害を受けないためには仕方がないか。
まずはもう少し、幽々子から詳しく話を聞く必要があるだろう。
それから対策を考える。
そう、これからの段取りを考えて、霖之助が口を開こうとした、その時。

「こんにちはー……。あ、やっぱりここにいらっしゃいましたか、幽々子様。突然出かけられて、一体どうされたんですか?」
「あらあら。妖夢じゃない」
「お? まさかのご本人登場だぜ」
「あら、ほんとね」
「――」

からん、と鳴ったカウベルと、まさに諦めかけていたもう一つの選択肢の鍵を握る人物の声に、霖之助は思わず拳を握り締めた。
どうやら気まぐれな偶然と奇跡を司る神は、今日に限って力の弱いこちらに味方してくれているらしかった。

「ちょうどよかったわ。霖之助さんがずっと白を切りとおしなのよ。霖之助さんたちも本人の口から言われた方が納得するでしょうから、何があったのか説明してあげなさい」
「……? えっと……何があったんでしょうか? 店主さん」
「いや……話すと長くなるんだが……まぁ何にせよ、君が来てくれて助かったよ」
「はい?」

幽々子からのいきなりの説明命令、そしてこちらもいきなりの霖之助の感謝の言葉に、妖夢は訳が分からないと言わんばかりに首を傾げる。
ついでにじっとこちらを見てくる目には、『何が何やら分かりません』とはっきりと書いてあった。
実に分かりやすくていい。分かりやすすぎるくらいだが。
――しかしその様子を見るに、どうやら妖夢は、どうして幽々子がここに来たのかすら把握出来ていないようだ。
それなのに、十分な状況説明すらない状態でそんな事を言われても、何をどう説明すればいいのか分かるはずもない。
こればかりは妖夢でなくとも、少しばかり荷が勝ちすぎる作業ではる。
いつもなら未熟なり何なりと言ってやるところかもしれないが、今ばかりは自分の救世主となり得る存在を邪険に扱うのは止めておこう。
――まずは、状況説明からか。

「……ふむ。じゃあまずは現状から説明しようか。幽々子嬢がここにいる理由なんだが――」

訥々と霖之助は言葉を紡ぐ。
とは言え、霖之助ですら現状を十全に把握しているわけではない。
何の漏れもなく説明するとなると難しいが、少なくともこちらに不利のない証言を妖夢から引き出せるよう、上手い話の持っていき方をしなくてはならないだろう。
尤も、魔理沙と霊夢だけなら簡単なそれも、幽々子がいるとなるとそう簡単ではなくなるだろうが、それも仕方がない。
ともかく、今は当事者に、あったことの全てを口にしてもらうだけなのだから。


 ◇ ◇ ◇


――そうして、数分後。
霖之助の身の潔白は、妖夢自身からの説明によって半分は証明された。
妖夢の説明から確実に言えることは、幽々子が口にした『女性を傷物にした責任』という言葉の持つ裏の意味になるようなことは、何一つなかったということだ。
まぁ、それも当然だ。
霖之助には何一つ身に覚えがない上に、まだまだ未熟な上に一応客としても訪れる少女相手に狼藉を働くつもりもない。
そもそも実際に事を起こそうとしても返り討ちが目に見えている。
動機が万が一にもない上に、結果も万が一にもないのだ。
それは余りにも当たり前な帰結だった。
――では、どうしてあえて『半分は』としたのか。
それは、幽々子の言った言葉のもう半分の意味には、霖之助にも心当たりがあったからだ。

「……全く。足を挫いていたなら挫いていたで、どうしてあの時に言わなかったんだ」
「本当ねぇ。私も足を挫いたとしか聞いてなかったから、てっきり霖之助さんが怪我をさせたまま放り出したのかと思ったわ」
「うぅ……すみません」

妖夢を椅子に座らせ、靴と靴下を脱いだ足を見て、霖之助と幽々子は溜息混じりにそう告げた。
捻った患部は目を見張るほど酷くはないが、元々色白の妖夢には些か目立つくらいは赤くなっていた。

――事の起こりは午前中に妖夢が来店し、あの箱に足をひっかけて転んだ時である。
見た目にどこも怪我を負っていないように見えた妖夢だったが、実はその時に足を捻ってしまっていたらしかったのだ。
症状の程度を聞けば、歩けるには歩けるが体重をかけると辛い、とのこと。
捻挫というほど重いものではないが、庭師や剣術指南役として動く必要のある妖夢にすれば、やや辛いものだったことだろう。

しかし、妖夢はその時の霖之助からの問いかけには何も答えなかった。
知らぬ存ぜぬで押し通したのだ。
理由を聞いてみれば、平時にいつも霖之助に未熟だなんだと呆れられていたために、捻ってしまった事実をその時には言い出せず、そのまま帰る選択肢を選んだから、らしい。
小言を言われたくない気持ちは分からないでもないが、随分と幼稚で呆れた選択に、それを聞いた時には思わず聞こえるような溜息を吐いてしまった。

――だが白玉楼にいるのは、つい最近知り合った霖之助ではなく、長年従者として仕えさせてきた幽々子である。
彼女はすぐに妖夢の歩き方がどうもおかしい事に気付き、指摘したのだ。
初めは誤魔化していた妖夢だったのだが、幽々子相手に彼女程度の誤魔化しが通じるはずもない。
問い詰められたために正直に話したところ、幽々子は納得した様子でその時は引き下がったのだが、気付けば白玉楼から姿がなくなっていたために探しに来た、というのが、全ての顛末らしかった。
蓋を開けてみれば何の事はない話だったのだ。

「ま、そんな事だろうとは思ってたけどな」
「そうね。まぁ妖夢らしくていいんじゃない?」

その話を聞いてから、先程とはうってかわって魔理沙と霊夢は上機嫌だ。
だが、そんな事だろうと口で言っている割には、あの時の二人の目は随分と本気さが感じられたのだが。
どう考えてもその言葉は嘘だろうとは思ったが、まぁいい。
この二人の機嫌が乱高下するのは、今に始まったことでもない。放っておいても問題はないだろう。
それよりもとりあえず、妖夢の手当ての方が先だ。
香霖堂に備え付けられている薬箱から永遠亭特製の粘着式湿布を取り出し、それを空気が入らないようにぺたりと妖夢の細い足首へと貼り付けた。

「……っ」
「少し冷たいだろうが、我慢してくれ。これが効くらしいんでね。じきに慣れるさ」

途端、びくりと足を引っ込めようとした妖夢にそう声をかける。
永遠亭の湿布は独特な香りがすると共に、患部に貼ると背中を竦めるような冷たさを感じる。
自分で貼る分には然程問題ないが、人に突然貼られると悲鳴を上げる程度には強力なものだ。
しかし、炎症を起こした部分にはその冷たさが効くらしい。
永琳が作成したものでもあるので、効き目は折り紙つきだ。問題はないだろう。
――問題があるとすれば、怪我ではなく妖夢自身の方なのかもしれないが。

「……しかし、怒られたくない気持ちは分からないでもないが、変に意地を張らないでくれないか。いくら君がまだ未熟とは言っても、大なり小なり怪我をした見知った子を放っておく程、僕は冷血漢になったつもりはないんだが」
「そ、それは……そう、なんですか?」
「どうして疑問形なのかは、この際問わないでおいてあげよう。そうなんだよ」

妖夢の中では、霖之助は一体どういう位置づけなのだろうか。
今の反応を見る限りでは、随分と不安になるような位置づけにされているような気がしてならない。
確かに屋根の雪を全て片付けさせたりはしたが、それだけで鬼か悪魔かとでも思われているのだろうか。
冗談ではない。
世の中には霖之助以上に狡猾で血も涙もない輩が大勢いる。
そんな連中に比べれば、自分はかなり穏和な方であることは疑いようがない。
――そもそも、血も涙もなければ、こうして手当てなぞしてやらないというのに。

「……霊夢も魔理沙もそうだが……君は僕からすればまだ子供だ。若さは無茶をするための免罪符でもあるが、だからと言って度が過ぎた無茶を看過出来る大人はそうそういない。それが知っている相手なら尚更だ。……それを覚えておくといい」
「は、はぁ……」
「……ふん」
「……お茶が美味しいわ」

――頼れる大人がいるなら、素直に頼ればいい。
そう、霖之助としては告げただけなのだが、思いの外三人の反応は芳しくなかった。
妖夢は明らかな苦笑いを浮かべ、魔理沙は不機嫌そうに視線を逸らし、霊夢は無表情かつわざとらしい口調でお茶を啜っている。
何も間違ったことは言っていないし、寧ろ心配している心を告げたはずなのに、どうしてこんな反応をされなければならないのだろうか。
何とも理不尽なものである。
親の心子知らずとは、まさにこういうことを言うのだろう。
子を持たない霖之助ですらそう思うのだから、子を持つ親はこれ以上のことを体験しているのだろうか。
それを思うと、世の中の親という存在に、同情と共に多大な尊敬の念を禁じえない。
――尤も、従者の教育を他人へ放り投げたことのある主には、感じたことのないものであろうが。

「……まぁ、そういう訳だ。確かに責任の一端は僕にあるのかもしれないが、殆どはこの子の自業自得だった、ということでいいだろう?」

薬箱をしまいながら、霖之助は幽々子へと言う。
幽々子としても、妖夢の説明不足が招いた事態であることを理解しているので、その言葉には不服はなかった。

「そうね~。私もちょっと勇み足だったかしら」
「こういう出来事に遭遇すると、伝言ゲームの難しさがよく分かるね。次に同じような事がないよう、よく注意してくれ」
「分かったわぁ。……それはそうと、霖之助さんに聞きたいことがあるんだけれど」

にやり。
もし表情に擬音がつくなら、今幽々子が浮かべている笑顔には、そんな擬音がついたことだろう。
そんな、どこか紫のそれにも通じる不吉な予感のする笑みを、幽々子は浮かべていた。

「……何だい?」
「霖之助さんからすれば、私も『子供』なのかしら?」

悪戯っぽく笑ったまま、幽々子はそう尋ねた。
――笑いながら尋ねてくるという事は、幽々子も霖之助から返ってくる答えを予想しつつ、からかい半分で訊いているか、或いは返答に困るこちらの様子を愉しむつもりで訊いているのかのどちらか、ということだろう。
悪戯っぽい、と言えばまだ聞こえはいいかもしれないが、幽々子や紫くらいの人物が相手となると意味合いは大分変わってくる。
何を考えているのか分かりづらいこともあって、馬鹿正直にその悪戯に付き合った場合の顛末にいい予感が全然しない。
構えば構うだけ、向こうが喜んでこちらが損をするのが目に見えている。
そんな相手への対処は、適当に答えて話を切り上げるのが最善であることを、霖之助は不本意ながら既に多くの相手によって経験済みだ。
故に、霖之助は隠しもせず溜息を交えながら、薬箱を片手に適当な答えを放り投げた。

「……君みたいな人物がそれで子供なら、随分と末恐ろしいとしか言いようがないね。一体君のどの辺りが子供なのか、寧ろこっちが訊きたいくらいだがね」
「あらあら。随分と酷い言い草ねぇ。まだ体も気持ちも若いのよー?」
「……そうかい」

余裕に満ちた表情や、押してもまるで手ごたえがない態度、そして老獪さすらも窺えるやり取り。
それらを意図的に行いつつ、その上で相手を喰ったように振舞える相手を、どうして子供などと呼べようか。
似たようなカテゴリーに分類される存在としてナズーリンがいるが、幽々子の場合は彼女とはまた違った意味で相手にしづらい。
話を聞けば、幽々子は千年近く冥界にいるということからも、見た目どうこうはともかく子供などと可愛らしい呼称で呼べる存在でないことは間違いない。
幽々子もそれを自覚しているからこそ、あんな分かりきったことを聞いてくるのだろう。
その証拠に、幽々子は霖之助の投げた答えに、実に機嫌が良さそうに笑っていた。

「――」
「――」
「――」

――その一方で、幽々子の声に隠れるように、何故か三人分の息を飲む声が聞こえた気がした。
つい、と半ば反射的にそちらへと目をやると、三人とも一様にじぃ、と霖之助を見やっていて。
そこからゆっくりと、まるでカラクリ人形か何かのように幽々子へと視線が向き。
そして、最後に目線が自分の胸元へ下りて。

「……うぅ」
「……ふん」
「……はぁ」

何故か、三人揃ってがっくりと頭を垂れた。
特に言葉を交わしてもいないはずの三人が、まるで打ち合わせでもしたかのように同じ挙動をしている様は、傍から見て不気味以外の何者でもなかった。
何を見てああもがっくりとしたのかが、まるで不明だが――その割には、どこか羨ましそうにちらりと幽々子へ目を向けるところを見れば、まさかこの三人は将来、幽々子のような存在を目指しているとでも言うのだろうか。
――少し想像して、途端に胃が痛くなった。
なれるなれないは別として、この三人は出来ることなら普通の大人になって欲しいものだ。
今ですらそこそこ面倒なのに、これ以上の面倒はお呼びでない。
ただただ霖之助は、今もこれからも、平穏な生活を願うだけなのだ。

「……さて、と」

いつも置かれている場所に薬箱を戻し、霖之助は再びカウンターの所定の位置に座る。
そのままつい、と視線を上げれば、先程よりもにこにこと機嫌が良さそうに微笑む幽々子が目に入った。
――どうしてそうも機嫌がいいのかは分からないが、しかしこれは売上を得るチャンスでもないだろうか。
人は、機嫌がいいと財布の紐も緩くなるものだ。商人としてその機を逃すほど、霖之助も莫迦ではない。
少しばかり、霖之助の店主としての顔が、覗いた。

「しかし、理由はどうあれ、君が直々に白玉楼から来たんだ。せっかくだからゆっくりしていくついでに、店を見ていかないか?」
「あら。霖之助さんからお茶のお誘いなんて珍しいわ~。……ふふ、そうね。せっかくだから、お邪魔していくとするわ」
「ああ、是非そうしていくといい。……ふむ、少し湯が冷めてしまったか。すぐ沸かしてくるから、適当にかけるといい」
「ええ、分かったわ」

手元の土瓶を持ち、奥へと向かう霖之助の背を見やりながら、幽々子は軽やかな足取りで近くの椅子に腰掛ける。
――その主の機嫌が、いつものそれよりも随分と良いものであることに気付くのは、長年仕えてきた妖夢からすれば然程難しいことではなかった。
尤も、どうしてそう機嫌がいいのかを想像するのは、余り気分のいいことではなかったが。


――うぅ……。やっぱり店主さんも、幽々子様くらいあった方が――。
――いやいや、香霖に限ってそんなわけ……いや、でもなぁ――。
――割とどうでもいいけど……なんか気に食わないわね、幽々子の奴――。


こそり、こそり。
店内の隅に集まっていた三人の、どこか微笑ましく、どこか恐ろしい極秘のやり取りがあったことは、霖之助は知らない。
それもそうだ。
今現在、この場に霖之助はいないし、いたとしても小声のそれは聞こえなかったことだろう。
たとえ何かを話していることに気付いても、少女たちのする内緒話に大の大人がいちいち聞き耳を立てては格好が悪いと、いちいちそれを問いただす事もなかったことだろう。
故に、この三人の話は三人の間だけの極秘である。
他の誰かに向けられたものではないので、それも当然だ。

「――うふふ」

そんな三人に視線を向けることもなく、意味深に幽々子は微笑んで。
ぱちん、と音を立てて、開いていた扇を閉じた。

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コメントコメント


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よく創作ものでは胸の大きさをめぐって争いになるが、
そんなに大きいのにあこがれるものなんだろうかな

渋の小説でacceraさんの霊霖がすごすぎるので興味があったら見てみたらいかがでしょうか

猟奇王 | URL | 2011/06/25 (Sat) 22:14 [編集]


この後幽々子様は妖夢をからかうために霖之助さんに胸を押し付けて、
顔を真っ赤にして慌てふためく魔理沙と妖夢、
そして無関心を装いつつも気が気じゃない霊夢を幻視余裕でした。深夜だからこんな考えが出てくるのぜ

胸は好きな人に揉んでもらえば大きくなるよ。うん。

ほのぼのしてて2828できました。
これからもゆっくりと自分のペースで色々な作品を書き上げてください~。
具体的には森近一家とか……イエナンデモナイデス

唯 | URL | 2011/06/25 (Sat) 23:18 [編集]


 
 

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