淡色の空

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虎と読書と

昔懐かしい現代文の教科書に載っていた教材を一つネタに。
当時使った現代文の教科書ではかなり好きな小説だったんですが、
よくよく考えたら出版社ごとに教科書の内容ってかなり違うんですよね……。

ネタになった小説を全く知らなくても大丈夫だとは思いますが、
もっと詳しく!という方はWikipedia先生で聞いてみるとある程度補完出来ますです。

さて、それではいつもの如く以下より~。

(霖之助、星)


からんからん、とカウベルが軽快に来客を告げた。
この香霖堂のベルを揺らすのは、この店の店主の妹分たちであることが殆どだ。
故に大した期待もせずに、霖之助はその視線をドアへと向ける。
――そうして気だるそうに向けた視線の先にいたのは、よく見知った二つの顔ではなかった。

「こんにちは、店主さん」
「ああ、君か。いらっしゃい、星君」

呼びかけられた声に、小さな包みを片手に持った星は、ニコニコと機嫌が良さそうに微笑んだ。
と言っても彼女の場合、大抵はこういうふうに微笑を浮かべているので、別段機嫌がいいわけではないのだろう。
少なくとも霖之助と顔を合わせている時は、いつもこんな感じだ。
まぁ、機嫌が悪い顔を見るよりは遥かにマシであるのは、言うまでもないのだが。

「今日はどうかしたのかい? 確か、寺で使う日用品を買っていったのはつい最近だったと思うんだが」
「あ、えぇっと、今日はお買い物ではないんです。先日お借りした本をお返ししようかと思って」
「ああ、その件か。まあ適当に座るといい。今、お茶を持って来よう」
「はい、ありがとうございます」

星に席を促して、霖之助は流しへと踵を返す。
いくつかある来客用の湯呑みの一つを取って、沸いた湯を急須に七分目くらいまで注ぎ、残りには水を加えて少しだけ温めのお茶を淹れる。
間違っても猫舌である星には、普段霖之助が飲むような熱いお茶を出してはいけない。
それを忘れて熱いまま出したとしても、彼女の場合は大抵はきちんと冷ましてから口にしてくれるのだが、ごくごくたまにそれすらも忘れることがある。
そうしたならば、後はもう酷い有様だ。
星が湯呑みを放り投げずに悶絶するだけだったなら、その時点で霖之助は幸運である。
最悪の場合、滝行とはまた違った意味で衝撃を受ける液体を頭から被ることになるのだ。
なので、これはどちらかと言えば気遣いではなく、自衛であると言えるだろう。
君子危うきに近寄らず。賢人は出来るだけ危険からは離れる行動をとるものなのだ。
――そんな事を考えながらお茶を淹れ、お茶請けの煎餅をとって、霖之助は店へと戻る。
星はいつものように、来客用の椅子に座り、ちょこんとカウンター前へと座っていた。

「ほら、お茶だよ。お茶請けは適当にとって貰って構わないから」
「あ、ありがとうございます。それと、こちらの本、ありがとうございました」
「ああ、こちらこそ」

す、と持っていた包みを、星はカウンターへと乗せる。
それを受け取って開くと、霖之助にも見覚えのある三冊の本が出てきた。
どれも外の世界からの本であるが、その全てが小説である。
いずれも霖之助の蔵書から見繕って、星へと貸していたものだ。
――決して頻度は多くないが、星は今回のように、たまに霖之助から本を借りる事がある。
星は毘沙門天の代理とは言え、四六時中気を張りっぱなしというわけではない。
無論、真面目な彼女は空き時間にも修行をしたり、毘沙門天の代理としての仕事をしたりと多忙ではあるものの、幾ばくかの余暇はある。
その少ない余暇を有意義に過ごすために、ということで、霖之助が読書を勧めたのはもう大分前だ。
その時にどんな本が良いか、と問うた霖之助に、星は霖之助のお薦めを欲しい、と返してきたために、こうしていくつか見繕った本を渡すようになっていた。
前回渡したのは、故事を元に構成された伝奇小説から選んだものだった。

「今回の本はどうだったかな? 前に薦めた冒険ものとは被らないようなものを渡したつもりだったんだが」
「そうですね、どれも面白かったですよ。何だか懐かしい出来事を題材にしたものもありましたから」
「ほう。そうか、それは何よりだ。薦めた側としても、やはり楽しんでもらえた方がほっとするからね」

星からの色よい返事に、ひとまず霖之助は安堵する。
こういう本にしろ商品にしろ、自らが薦めたものに喜んでくれるだけで嬉しいものだ。
それに星は、本当につまらなかった場合でも率直にそれを口にすることはまずない。
薦めてもらったという事があるからからだろうが、そういう時はあくまで遠回しな言い方に終始するのが常だった。
尤も彼女の場合、そういう感情は特に顔に出やすいので、霖之助からすれば筒抜けではあるし、余計な世辞は余り好まないものではあるが、気を遣ってくれるという心遣いがあるだけマシだろう。
霖之助の知り合いには、『慎み』や『淑やか』という言葉が辞書に載っていない者が余りにも多すぎるのが、まず頭痛の種なのだ。

「特に面白かったのはこれでしたね。『山月記』、ですか」
「ああ、なるほど。確かに星君なら、それに興味を惹かれるのも無理ないかもしれないな」
「はい。私も一応虎の妖怪ですから、尚更かもしれませんね」

にこにこと、実に機嫌が良さそうに微笑む星が示した本――『山月記』とは、恐らく博麗大結界が出来てから書かれた、比較的新しい外の世界の小説である。
大陸に伝わっている逸話である『人虎伝』を元にした、李徴という一人の人間が紆余曲折を経て虎へと変貌してしまう物語だ。
題材が虎に関することであり、尚且つ星も虎の妖怪であることから、この李徴に親近感が湧いたのだろう。
何にせよ、書物を楽しんで読めたということは、物語という道具の役割を十二分に発揮させ、そして堪能できたということだ。
星にとっても本にとっても、実に喜ばしいことに違いはない。

だが、この物語は単なる伝奇物ではないという一面も、実はある。
内容そのものは原作があることもあり、よくある伝奇物の域を出ない。
しかしこの物語の特筆すべき点は、人間なら誰もが持っている激烈な性情――自尊心や傲慢、羞恥、矜持といった感情をここでは指す――を持て余し、その上で中途半端に己の才を信じる道を突き進み、更にはその進む道においてすら、自己の研鑽を行わなかったがために虎へと成り果てた、というくだりであろう。
自尊心や傲慢、羞恥や矜持という感情は、多くは負の感情としてイメージされるものではあるが、それは余りにも事象の表層しか捉えていない判断である。
自尊心や矜持を全く持たない人間は人間である必要はないし、傲慢は自信と表裏一体であり、羞恥は謙遜と根源が同じだ。
いずれも人間なら全く欠いてはならないものであり、単に表層に現れてくる形が違うだけだ。
そういった、道徳的に重要な命題も含まれているのだが――まぁ、それに気付いたかどうかを星に問いかけるのも、些か無粋というものだろうか。
物語に含まれる学術的な命題を考察するのも重要だが、物語は物語として楽しむのも、正しい用途に何ら変わりはない。

「人から虎になる、か。ちょうど星君とは逆になるんだな」
「ええ、そうですね。……でも、このお話自体は過去の伝説かもしれませんが、案外虎もいいものだと思いますよ。店主さんも一度どうでしょうか?」
「……それは、遠回しに僕を李徴だと言っているのかい?」
「え、あ、いえ。そういうわけではありませんけど」

つい、と星の視線が分かりやすいほど泳いだ。
――なるほど、つまりは『そういうこと』らしい。

「……そうか。今まで色々な連中に『慳貪』だの『偏屈』だの『変人』だの言われてきたが、まさか星君にまでそんなふうに見られていたとはね」
「え!? い、いえ、その、そんなつもりじゃ……」
「……ふむ。しかし僕が李徴か。まぁ、ひとかどの商人として野心は持っていたつもりだったが……これでも僕は日々読書をしたり、考察したりする事によって研鑽を積んでいるんだ。残念だけど、彼とは違って僕は虎にはならないと思うよ」
「……えぇっと……え、ええ、そうですよね」

つい今までわたわたと慌てた素振りをしていた星だったが、どういうわけか今度は霖之助のその言葉に、何とも言えない微妙な苦笑が返ってきた。
――どことなく、その苦笑が『しょうがないなこの人は』とでも言いたそうに見えるのは、霖之助がそう曲解しているせいか、あるいは本当に星がそう考えているのか、どっちなのだろうか。
そう一旦考えて、すぐに恐らく後者だろうと結論付けた。
星は嘘を好まない正直者なのは既に把握済みだ。それは言葉は勿論、表情にも適応される。
ということは、星が本当にそう思っているのだということなのだろう。

――しかし、あの言葉はあくまで霖之助自身としての事実を述べただけで、特に何か間違った嘘やでたらめを言っていたわけではない。
確かに『商売人ではなく趣味人』だとか、『商売ではなく道楽』だとか言われることはあるが、決して李徴のように己の研鑽を怠ったりしているわけではない。
日々、どうやって幻想郷一の店になるかを考えていたり、外の世界の知識を学んだり、この幻想郷の歴史を書き留めたりすることで非常に忙しいのだ。
なので、そんな複雑な表情をされる謂れはないはずなのだが――まぁいい。

「……しかし、仮に虎になるにしても、李徴が成ったのは獰猛な人食い虎だ。しかも人間の意識がどんどん動物のそれに侵蝕されていくという、想像しただけで怖気を覚えるオマケ付きでね。そこまで考えると、星君には悪いがそれになりたいとは思わないな」
「そうですか……。まぁ、確かにあのお話の虎はそうでしたから、店主さんがそう思うのも無理ないかもしれませんね」

残念です、と星はほんの少しだけ表情を曇らせる。
別に霖之助が虎になろうがなるまいが、肉食の妖獣から妖怪に成った星には然程関係ないと思うのだが、やはり虎という存在そのものにどこか繋がりを感じさせるのだろうか。
――まぁ、分からないでもない。
この幻想郷に兎や猫、犬や鳥や鼠は大勢いるが、虎ほど強力な肉食の獣はいない。
それ故に、もし身近に元の自分と似たような仲間が現れたら、懐かしさと共に親近感を抱くのも無理ない話だ。
仮定的な話ではあるが、霖之助がもし自分以外の後天的でない半人半妖と出会ったなら――赤の他人よりは、幾分か近しい感覚を覚えるのかもしれない。あくまで仮定の域を抜けない話、ではあるが。

「……まぁ、ああいう不可逆で、しかも元の人格すら喪失させてしまう変化には興味がないが……元に戻れて、一日だけ姿が変わるくらいのものだったなら、違う視点の世界を体験してみるのもいいかもしれないがね」

森近霖之助としての自我と理性を失わず、その上で一日の間のみ、姿だけが変化する。
そんな都合のいい機会が訪れるとは毛程も期待してはいないが、何が起きるか分からないのがこの幻想郷でもある。
それに、可能性の一つとして考察するだけならば、別に無駄でもないだろう。
――そんな霖之助の言葉に、星はぱっと顔を輝かせた。

「あ。じゃあもし店主さんが虎になったら……その時は、一緒にお散歩しませんか? 多分、とても気持ちいいお散歩になると思うんですよ」
「ふむ。……まぁ、せっかく自分以外の存在に変わっているわけだから、そのくらいはいいかもしれないか。あくまでその時になったら、の話でしかないがね」
「あはは。まぁ、その通りですね」

普段の霖之助では体験も出来ない速さで野を駆ける感覚は、確かに爽快なものとなることだろう。
体を動かすのは相変わらず億劫であることに違いないが、一度限りの体験が貴重なものである事には変わりがない。
その時くらいは、野を駆け山を駆け、くらいは行動してみてもいいだろう。
どうせ実現するかも分からない想像なのだから。

「……その時は、ですから」
「ああ。その時は、だね」

お互いに頷き合って、どちらともなくお茶を一口啜った。
そう言えば話しっぱなしで、せっかく出したのにお茶を口にするのを、二人とも忘れていた。

――この、妙に時間を忘れる感覚は……面白い小説を読んでいる時の感覚に似ているなぁ……。

ちょうどよく温くなったお茶を飲み込んで一息吐きながら、ふと星は思う。
物語の中に己を投影させ、まるで自分が体験しているかのように感じる、あの時の感覚だ。
尤も、今は見ての通り、本を読んでいるわけではない。
ただ、読んだ本の内容や感想を語り合い、その物語にはなかった独自の続きを、二人で考えているだけだ。

――山月記の結末は、その物語の流れと同じでもの悲しい。
人食いの虎に成り果て、しかし僅かな時間だけ人の意識を取り戻した李徴と、彼が人間だった頃の数少ない親友だった袁慘が、淡く光る月の下で語り合う。
そしてまた獣の意識が現れる前に、かつての親友を食い殺す事のないよう、二度と自分と顔を合わせたいと思わせないように、恐ろしい虎へと変化した己の姿を煌々と輝く月の下に晒して消える、というものである。

しかし、星と霖之助の思い浮かべた続きは、違う。
二匹の虎が、二匹並んで色々な場所を自由に駆けるのだ。
野でも、山でも、好きな場所を自由に、二人一緒に、だ。
袁慘がとることの出来なかった李徴の手を、星はとるつもりでいるのが、最大の違いだろう。
――本の内容をそのまま楽しむのもそうだが、こういうふうに読んだ本の内容を踏まえて、自分たちならどうするか、と想像するのもまた、面白い。
それに、最近は。

「……ふむ。じゃあ、次に渡す本はどういうものにするかな……」
「あ。じゃあ、今回は私からリクエストでもいいですか?」
「ん? ああ、構わないよ。僕としても、そっちの方が楽で手間がかからないからね。何がいいんだい?」
「えっとですね……」

――借りた本を読み終わり、返却する際に霖之助と感想を語り合い、二人でその続きを考え合う。
それが楽しくて、嬉しくて仕方がないのだ。
今回の伝奇小説や、その前の冒険活劇でもそうだったのだから――きっと、次はもっと、もっと楽しくなるだろう。

「――恋愛小説って、ありますか?」

今日一番の笑顔を浮かべて、星はそう、霖之助へと注文した。

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コメントコメント


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山月記思い出しました。 懐かしいです。
確かに星なら感慨に浸ることでしょう。

恋愛小説を借りた後は霖之助と星とで、その恋愛小説の再現しそうです。
(星に迫られる形でww)

Thompson | URL | 2011/05/23 (Mon) 00:35 [編集]


山月記今現在学校で習ってましたw(テストに出て終わったからこの言い方は正しい筈)
だから凄い楽しめました。山月記はいい作品ですよね。
霖之助さんはこの詩の凄い所を述べてますが、虎が明確に喋ってる描写が無いのも特筆すべき所だと思いまするー。

閑話休題。

星ちゃんが恋愛小説読んだら何か自分の中の気持ちが大きくなって勢いで告っちゃって、
それから慌てて小説の台詞ですって顔真っ赤で誤魔化す星ちゃんが見えたんですが、気のせいですね。ハイ。

すらすらと読めてよかったです。
次回も楽しみにしております。マイペースに頑張って下さい!

唯 | URL | 2011/05/23 (Mon) 12:18 [編集]


最近俺の文章がキモイ気がするので今回は普通に
懐かしいですね、学校で習ったのは今でははるかに昔
戻れるなら戻りたいね
こういう小説は子供のときと大人になってからでは感じ方が違うから面白い、昔の教科書を読み返すのも新鮮な感覚があっていいかも

恋愛小説?なら「赤い実はじけた」をお勧めするぜ

猟奇王 | URL | 2011/05/24 (Tue) 23:41 [編集]


山月記を知らないのは私だ……け!?

月下で語り合った二人がそのまま同じ姿になり手に手を取るというのは素敵ですね。

星ちゃんはこの恋愛小説を読み終えた後に自ら筆を執りそうな勢いを感じます。
そして途中で真っ赤になって原稿用紙を投げる、と。うふふw

らぷこ | URL | 2011/05/25 (Wed) 22:38 [編集]


 
 

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